「御曹司」と書いて「みぞうし」。「え? “おんぞうし”でしょ?」と思ったあなた、それも正解です! 今回のテーマは「御曹司」。「みぞうし」と読む「御曹司」は、吉高由里子さん主演で平安時代の雅な世界を描いた話題のNHK大河ドラマ『光る君へ』では、一条天皇が出家した中宮・定子を内裏近くへ呼び戻した場所、「識御曹司」として登場しました。そう、「御曹司」は。「おんぞうし」と読めば人を指しますが、「みどうし」と読むと場所となるのです。おもしろいですね。これを読めば、ドラマと古典の理解がもっと深まって楽しくなる「大人の語彙力強化塾」(古語編)をお送りします。

【目次】

「御曹司」を「みぞうし」と読むと、貴人が目下の者に与える「場所」を指します。
「御曹司」を「みぞうし」と読むと、貴人が目下の者に与える「場所」を指します。

【NHK大河ドラマにも出てきました!「職御曹司(しきのみぞうし)」とは?】

「識御曹司」は、「しきのみぞうし」と読みます。「御」は名詞の前について敬意を表す接頭語です。「識御曹司」を理解するために、まずは「曹司」の意味を解説します。

「曹司(ぞうし)」とは?

「曹司」は「部屋」を意味する言葉ですが、詳しくは4つの意味があります。
1)宮中に設けられた、役人や女官のための部屋。「局(つぼね)」とも。
2)貴族や上流武家の邸内に設けられた、その子弟や従者などのための部屋。
3)貴族や高級武士の子弟で、まだ独立せず部屋住みをしている者。
4)平安時代の大学寮の教室・勉強室。東曹・西曹などと分け、菅原・大江両氏がそれぞれで教えていた。

■「御曹司(みぞうし)」とは?

平安時代に用いられた「曹司」は、貴人が目下の者に与える「場所」、「仕える者が使用する部屋・場所」を指します。では、なぜ経緯を表す「御」が付いているのか…。読み進めるとわかりますよ!

■「職御曹司(しきのみぞうし)」とは?

「識御曹司」の「識」は「役所」のこと。つまり「識御曹司」を直訳すればは「役所で働く者の場所」の敬語表現、ということになります。さらに詳しく言うと、皇后・皇太后・太皇太后に関する事務を取り扱っている中務省(なかつかさしょう)の中宮職(ちゅうぐうしき)という役所の庁舎です。場所は、大内裏(だいだいり:内裏と諸官庁の集まる区域)の中で内裏(天皇の住居)の東北方、通りを隔てた真向かいにありました。通常、ここは大臣や公卿の控え所となっていましたが、しばしば皇后・中宮の仮の御座所ともなり、内裏火災のときなどには天皇の渡御(とぎょ:天皇・皇后などがおでましになること)もあったそうです。

「識曹司(しきのぞうし)」と「御」を付けずに用いられることもありましたが、大臣や公卿、または皇后や中宮もお使いになる場所でもあったため、基本的には敬意を表す接頭語「御」を付けます。


【「曹司」や「職御曹司」にまつわる雑学】

■平安時代の「曹司(部屋)」ってどんな感じ?

「曹司」は「部屋」を意味するとはいえ、寝殿造りは建物自体が開放的。なので、廂(ひさし)や渡殿(わたどの)*を屏風(びょうぶ)や几帳(きちょう)で仕切っただけのスペースです。プライバシーという概念そのものが存在しない時代ですから、通ってくる男性との語らいなども含めて、言動は常に隣に筒抜け。同僚と相住み(あいずみ:同居)することもありました。

*「渡殿」とは建物と建物をつなぐ、屋根のある渡り廊下のこと。素通しの「透渡殿(すきわだどの)」のほか、壁があるタイプの渡殿もあり、こちらは几帳や屏風で仕切って局(つぼね:部屋)として、主に上房(侍女)など使用人の居住スペースとして使われました。

■清少納言の『枕草子』にも「識御曹司」の描写がある

平安時代、中宮であった藤原定子に仕えた女房の清少納言は随筆『枕草子』のなかで「識の御曹司に(中宮さまが)おはしますころ」という出だしで、「識御曹司」について書いています。当時、「識御曹司」は木立が茂り、鬼の噂があった建物だったようです。つまり、本来であれば「物の怪がいる」と忌避されるべき場所。にもかかわらず、ここにいるしかなかった中宮・定子の苦しい立場が推測できます。とはいえ、「すずろにおかし(なんとなく素敵)」と、中宮の素晴らしさ、華やかな生活だけにスポットを当て、明るくさらっと書き記しているのは、推しである中宮を心からリスペクトする、清少納言らしい表現とも言えそうです。

■中宮・定子が「識御曹司」に移る意味は?

大河ドラマ『光る君へ』では、「識御曹司」は一条天皇が出家した中宮・定子を内裏近くへ呼び戻した場所として登場しました。これにはどんな意味があったのでしょう。

いちばんの問題は、中宮が「出家」した身であったということです。「出家」とは俗世を捨てて、仏道修行の生活に入ることです。具体的には、男女の関わりや肉食・飲酒・殺生を禁じられる身、ということ。ですから、内裏に戻そうものなら、公卿(上級貴族)たちからの大反発は必至。結果的に政(まつりごと)に悪影響を及ぼすことも明らかでした。ですから、中宮を内裏の外にある(とはいえ、隣接している)「識御曹司」に移したのは、どうしても中宮を内裏に呼び戻したい一条天皇の望みを叶えるために考えられた、苦肉の策だったのです。裏を返せば、中宮の行く場所は、職御曹司しかなかったとも言えます。


【現在の「御曹司」の意味は?】

「意味」は?

「御曹司」は、現在では「おんぞうし」と読むことがほどんどですね。これは武士の時代になってから、前述した「曹司」の意味3.から派生したもの。武家の子弟は独立前に「部屋住み」だったことから、「血統正しい若武者」という意味が生まれたのです。特に源氏嫡流(ちゃくりゅう:本家の系統)の部屋住みの子息や平家の公達(きんだち:子弟子女)に対して用いられ、なかでも源義経伝説のなかで「御曹司(おんぞうし)」と言えば、「若き日の義経」一択。現在では、ここからさらに派生して、「名門の家の子息」という意味で使われています。

■歌舞伎の世界では?

歌舞伎の世界では、大幹部の子息のこと「御曹司」と言います。現在とは異なり、歌舞伎役者は歴史的に見て、社会的には低い位置にあった時代がありました。とはいえ、名門となれば大名にも匹敵するような豪奢な生活をしていた者も少なくなく、その家柄と家の芸と名跡(みょうせき)は長男によって守られるのが原則であることから、すべてにおいて別格の待遇を受けて大切に育てられます。つまり、歌舞伎界の「御曹司」は、生まれながらに大幹部を約束された役者なのです。

■「類語」「言い換え表現」

「名門の家の子息」という意味で「御曹司」を言い変えてみましょう。

・ご令息

・若様

・若旦那

・お坊ちゃん

・良家の子女

・ぼんぼん(関西地方の言葉)

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 大河ドラマ『光る君へ』では、内裏のすぐ側にある「識御曹司」へと向かうために、一条天皇が輿(天皇・皇后などが乗る乗り物)に乗って移動する姿が描かれていました。月明かりを頼りにお忍びで中宮・定子に会いにいったことが見て取れますが、演出上の理由もありましょうが、かなり目立ちます。これでは公卿たちも「帝はまた中宮のもとへ行かれた」と、すぐにわかったのではないでしょうか。それでも内裏には戻せない…。公然の秘密をいくつも抱えながら時代は成り立っていく、という表現だったのかもしれません。

この記事の執筆者
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参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『全文全訳古語辞典』(小学館) /『角川類語新辞典』(角川書店)/『平安 もの こと ひと 事典』(朝日新聞出版) :