多彩なジャンルや業態の飲食店が無数に存在し、世界的に見てもエキサイティングな東京のフードシーン。そのなかでも、この連載ではニューオープンを中心に「今」行きたい、大切な「人」を連れていきたい、“大人のためのレストラン”にフォーカス。今回は、オープンから1年強を迎える西麻布の「タクミ」をご紹介します。

経営学部卒、日本での修業経験なし、28才でオープン

冒頭から箇条書き風の見出しで恐縮ですが、「タクミ」をご紹介するのなら、自身の名前を店名に冠したオーナーシェフ、大槻卓伺さんの“これまで”を詳しくお伝えしないわけにいきません。

「フランスで修業したのちに28才で独立」と聞くと、料理人として最短ルートのように思えるかもしれませんが、何事にも表面的な情報からは読み取れないことがあるもの。物心ついたころからすでに料理人を志していた大槻さんの道は、小学生時代まで遡ります。料理人一家ではないものの、食べるのもつくるのも好きな両親のもとに育ち、幼いころから料理をつくっていたという大槻さん。中学生時代は土日にひたすら料理をつくり、3年間で友だちと遊んだのはたったの3回(!)。和洋中さまざまなジャンルの料理をつくるうち、週末の2日間じっくり取り組めるフランス料理に惹かれはじめます。

店内の様子
照明をはじめ、内装にも細かな部分まで大槻さんの料理哲学に基づいた必然性があります。料理に集中してもらうため、店内は装飾を省いたモダンな仕上がり。照明は太陽光に限りなく近いものを選び、料理が引き立つ明るさを採用しています。

となれば、学ぶべき場所は本場・フランス。帰国後の目標はオーナーシェフ。心に決めた大槻さんは、渡仏に向けて綿密な計画をスタートします。大学卒業と同時に渡仏することを目標として、在学中に力を入れたのは、経営学、フランス語、貯金、そして料理。経営者になるべく神戸大学経営学部で学びながら、大阪の有名フレンチでアルバイトをし、フランス人講師にフランス語を学び、家庭教師をして貯金し……想像するだけで遊ぶ時間の一切ない、渡仏のための4年間です。晴れて卒業直後に渡仏し、マルセイユの三ツ星レストラン「ル プティ ニース」など5軒の星付きレストランで3年3か月、修業の日々を送ります。

名レストランを食べ歩き、「ここ」と思う店のシェフに直談判した大槻さんですが、やみくもに5軒を選んだのではありません。「この店では魚の扱い、あの店ではデザートと、自分に足りない要素をしっかり学べる場所を選んで各店で働いたので、それぞれに収穫がありました。辛いこともたくさんありましたが、結果として当初から考えていた計画をほぼ遂行することができました」(大槻さん)。

個室の様子
グレーとモノトーンが活きるメインダイニングに対して、ライトベージュを基調にした個室はよりやわらかな雰囲気。

「おいしい」に加え、「なるほど」と言ってもらえる料理を目指して

「タクミ」のコンセプトは“組み合わせの妙を正確に理解し、楽しめるレストラン”。「おしゃれな雰囲気でおいしかったけれど、あのお店で何を食べたかが思い出せない……」なんてことはありませんか?  大槻さんが目指すのは、料理を構成する要素やつくり手の思い入れがしっかり伝わり、きちんと“記憶に残る”料理。そのためのプレゼンテーションもユニークです。

ランチ、ディナーともにコース1本で、料理ひと皿につき解説カードが1枚。カードには①料理の具体的な要素、②使ったスパイスやハーブ、③シェフの思い入れの3点が記されています。

「あえてジャンル分けするならば、フレンチをベースにした創作料理。ここでしか食べられない料理を目指しています。そのぶんお伝えしたいことがたくさんあるのですが(笑)、口頭で長々説明するとお客様の会話の妨げになりますし、料理も冷めます。説明が強制的になるのを避けたいので、カードにまとめることにしました。伝えたい気持ちはありますが、その料理をどれだけ知りたいかはお客様次第。気になったときに読んでいただければ」(大槻さん)。

なるほど、ナイスアイディア! さらに、前述②のスパイスやハーブはひと皿ごとに小瓶で登場します。

ディナーの小瓶
ディナーの「ローズマリー風味の焼きリゾット」に添えた小瓶たち。左からローズマリー、黒にんにく、ルッコラ、ピンクペッパー。

ゲストは小瓶を通して料理のキーになるハーブやスパイスなどを、目と香りで体感することができるというわけです。体感した情報をカードで確認して、料理へと進めば楽しさは倍増。会話も自然に弾むこと必至です。「それぞれの料理について、“なんとなく”選んだ食材はひとつもありません。旬や色、産地、文化など必ず組み合わせた理由があります。理由を知れば、料理との距離がぐっと近くなります。おいしいのは当然。そのうえで、“なるほど”と納得していただける料理をご提供したいですね」(大槻さん)。

「なるほど」の先にあるのは、圧巻のフィナーレ

食材を文字通りそのまま活かした料理なら、多くの説明はいらないかもしれません。例えば、生の野菜をそのままサラダに、またはシンプルにグリルなど。「うちは食材そのものを楽しみたい方には向いていないかもしれません(笑)。ほかで食べられない、その食材に潜む魅力を引き出したいと考えています。それゆえに、ここで提供するのは王道のフレンチではなくオリジナルの創作料理なんです」。

「食材の潜在的な魅力をどう引き出すか始終考え抜いて、手間暇をかけてつくった料理なので、余すところなく楽しんでいただきたい。カードや小瓶はそのための1ツールです」と語る大槻さん。その根底には、金額以上のプライスレスな価値を感じてほしいという思いがあります。そうして感じる金額以上の価値は、「おいしい」+「なるほど」という感想にとどまらず、その後に訪れる驚きや発見、体験となってゲストを包みます。

メインディッシュ
取材時のディナーのメイン料理はこちら。左上から時計回りに「仔羊のロース肉のロティ」、「シェーブルチーズ風味のジャガイモピューレ」、「キノアとカシューナッツのサラダ」、「レモンのピューレ」、「ナツメヤシの実」。シェーブルチーズや甘酸っぱい付け合わせなど、仔羊と相性のよい食材や要素を凝縮したひと皿です。
デザート
大槻さんが大学時代に初めてオリジナルレシピでつくった「バラのソースを添えたブランマンジェ」などの定番に加え、旬のフルーツを使ったデザートが並びます。お腹いっぱいなんて言っている場合じゃありません、ぜひ奮って完食を! ひと口サイズなので意外に“別腹”なはず。

めくるめく料理を楽しんだあと、最後に登場するのは圧巻のデザート11品! 小瓶も合わせればテーブルのうえには20種類ほどの器や容器がずらり。甘いものをつくるのも食べるのも大好きというシェフが“ケーキ屋さんで大人買い”をコンセプトに考案した、「タクミ」名物といえるフィナーレです。

「デザートでも表現したいことがたくさんありますが、通常のコースだと1皿、2皿でしか表現ができません。つまり、そのデザートがもたらす感動も1、2回。量を2〜3口にとどめて、種類を多くすれば、感動の瞬間も増えるのではないかと考案しました」(大槻さん)。

取材中に何度頷いたかわかりませんが、最後にもやはり「なるほど」! 料理、プレゼンテーション、内装、すべての要素に必然性がある「タクミ」。そのすべては「おいしさ」(味)+「なるほど」(理解)、そしてここでしかできない体験のために存在します。

「エンターテイメントを楽しむような感覚でいらしていただきですね」(大槻さん)。

幼年時代から“料理人道”を綿密かつ大胆に爆走するシェフが目指すのは、ひと目で「タクミ」とわかる料理を増やしていくこと。プレゼンテーションとデザートに加え、これからどう“らしさ”をより強く打ち出していくのか。それはもしかしたら季節の折々に味わいたくなる、一生もののエンターテイメントになるかもしれません。

「タクミ」ワールドを作るスタッフ、全員集合!
「タクミ」ワールドをつくるスタッフ、全員集合! ジャスト20歳も在籍するフレッシュなメンバーです。左から2人目がオーナーシェフの大槻卓伺さん。マネージャー兼ソムリエとしてフロアで確固たる存在感を放つのが、右から2人目の生谷義清さん。ワインは料理に合わせて生谷さんがフランス産を中心にセレクト。なかでもブルゴーニュとシャンパーニュが充実しています。

問い合わせ先

  • タクミ 
  • 営業時間/11:30〜15:00、18:30〜23:30
    定休日/日曜、月曜
    ランチ¥6,500、ディナー¥12,500のコースのみで、完全予約制
    (メニューの重複を避けるため、再訪の際は予約時にその旨を伝えいただきたいとのこと)
    全22席(個室あり、2〜4名まで対応。個室料なし)
    TEL:03-6804-6468
    住所/東京都港区西麻布1-11-10 ビルマーサ1F

この記事の執筆者
早稲田大学卒業後、アシェット(現ハースト)婦人画報社に入社。『エル・ジャポン』、『エル・ガール』、「エル・オンライン」編集部を経て独立。現在はフリーランスのエディター、ライターとして紙/Webの両媒体を中心に、主にファッション、フード、ライフスタイルのジャンルで活動。セレクトショップ「ドローイングナンバーズ」ではワイン&フードのセレクトも担当。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
PHOTO :
平松唯加子
EDIT&WRITING :
門前直子