今回取り上げる言葉「御局」の「局」とは、宮殿や貴人の邸宅で、そこに仕える女性の居室として仕切った「部屋」を表す言葉です。これに敬意を示す接頭語の「御」を付けたのが「御局(みつぼね)」。「あれ、“おつぼね”じゃないの?」と思った人は、ぜひこの記事を最後まで読んで「御局」の意味を正しく理解してくださいね。ビジネスシーンで交わされる雑談の小ネタとして、きっと役に立つはずです!

【目次】

宮中における「個室」や、それを与えられた女官を敬って表現した言葉です。
「みつぼね」と読む場合、キャリアの長さを盾に権力をふるう女性社員の揶揄に使われる「お局さま」の由来…とは違うんです。

【大河ドラマ『光る君へ』に登場した「御局」とは?「読み方」「意味」】

■「読み方」

「御局」は「みつぼね」あるいは「おつぼね」と読みます。

■「意味」

「御局」の「御」は敬意を示す接頭語です。まずは「局」の解説から。

寝殿造りにおける「局(つぼね)」は、屏風(びょうぶ)や几帳で仕切って設けた空間(個室)を指し、部屋として使用人などに与えられました。「曹司(ぞうし)」と似た意味ですが、女性について使われることが多く、そこに住む女房(侍女)や女官を指すこともあります。そして「御局(みつぼね)」は、「局」の敬称で、平安京内裏(宮中)で局(個室)を与えられた女官を指して使われることもあります。

『紫式部日記』には、紫式部が女房として中宮・彰子に仕えていたとき、同僚から「日本紀の御局」と揶揄されていたことが書かれています。これは、一条天皇が『源氏物語』を読まれた際に、「作者は日本紀(=日本書紀)を読んでいるに違いない。たいそう学識がある」と話したことから、左衛門の内侍という女房が、「紫式部は学識を鼻にかけている」との皮肉を込めて「日本紀の御局」とあだ名を付け、宮中で言いふらしたためです。


【『源氏物語』「御局は桐壺なり」は、何を意味している?】

「御局(みつぼね)」は、后、女御、更衣など、天皇の配偶者が住まいとした局(部屋)を指すこともあります。『源氏物語』の「桐壺」には、光源氏の母・桐壺更衣(きりつぼのこうい)についての記述として、「御局は桐壺なり」と書かれています。桐壺とは、後宮(天皇と皇太子の后妃らが住んだ場所)の建物のひとつである淑景舎(しげいしゃ)の別称で、庭に桐の木が植えられていたことがその名の由来です。内裏の東北の隅にあり、天皇のいる清涼殿からは最も遠かったため、勢力の弱い妃や皇太子妃に与えられていました。つまり「御局は桐壺なり(宮中でのお部屋は桐壺です)」と書くことで、桐壺更衣がうしろ盾のない、立場の弱い妃だったことを表しているのです。

これに対して、上御局(うえのみつぼね)は、天皇の后妃である中宮・女御・更衣などが、平常の部屋である局のほかに、特に天皇のお側(そば)近くに与えられた御寝所を指す敬称です。特に清涼殿(せいりょうでん)には、「藤壺(ふじつぼ)」と「弘徽殿(こきでん)」というふたつの上御局があり、后妃らの住まいとなっていました。

この、「藤壺」と「弘徽殿」という名称は、後宮にある建物の名前で、天皇の住まいである清涼殿に近く、勢力の強い后妃の住まいとなっていました。NHK大河ドラマ『光る君へ』では、 見上愛さん演じる藤原道長の娘・彰子中宮が藤壺(正式名称「飛香舎(ひきょうしゃ)」)をその住まいとしています。ドラマでの藤壺の庭には、豪華に垂れ下がった花房の藤が植えられ、藤原道長の権力を象徴するかのような表現がされています。


【現代の「お局さま」とは?「意味」「由来」】

さて、ここまで「御局(みつぼね)」について説明してきましたが、私たちにとって「御局」と言えば、「おつぼね」という読み方のほうがなじみがあるのではないでしょうか。

■意味

現在、一般に「御局(おつぼね)」、あるいは「お局さま」として使われている言葉は、「職場で、勤続年数が長く、特に同性の同僚に対して力をもった女性」を指します。簡単に言えば、「職場を取り仕切る(少々口うるさく意地悪な)先輩OL」のこと。あまりいい意味で使われている印象はありませんね。それにしても「OL(オフィスレディ)とは、懐かしいと言うか、ほとんど死語ですよね。今回も先輩社員、とするか悩みましたが、あえて、この言葉を使ってみました。その理由は以下を読んでもらえばわかっていただけるはずです。

■「由来」

そもそも、「御局」という言葉には、今まで説明してきた「宮中で局(個室)を与えられた女官」という意味のほかに、もうひとつ「江戸時代、将軍家・大名家で局を与えられた奥女中の敬称。また、その奥女中を取り締まった老女の敬称」という意味があります(小学館『デジタル大辞泉』より)。これが転じて、「お局」は「プライドが高く、何かと仕切りたがる先輩女性」を意味するようになりました。多くの場合「お局」と陰口を叩かれてしまう人は性格的に「こじらせた」女性であることも多く、尊敬する先輩に対して使われることはほとんどありません。

■「お局さま」はいつから使われるようになった?

「お局」が「プライドが高く、何かと仕切りたがる先輩女性」を揶揄する意味で広く使われるようになったのは、1989年に放送されたNHK大河ドラマ『春日局』がきっかけといわれています。大原麗子さんが演じた徳川家光の乳母、春日局が当時のOLの間で口うるさい先輩女性社員と結びつき、流行語となりました。1989年と言えば、平成が始まった年。1986年の「男女雇用機会均等法」施行から日も浅く、結婚せずに働き続ける女性社員に向けられる視線は、今からは想像もつかないほど、シビアなものでした。「12月25日を過ぎて店頭に並ぶクリスマスケーキは売れ残り」という現象を女性の結婚適齢期にたとえ、「25歳までに結婚しない女性は売れ残り」とする「クリスマス理論」まであったほど! 大河ドラマ『春日局』より少し前の1988年に出版されたエッセイ『部長さんがサンタクロース』(羽生さくる著)でも、先輩風を吹かした嫌味な「お局さま」が描かれています。

とはいえ実際には、大河ドラマ『春日局』で描かれた「お局さま」は、大奥の女中取り締まりにあたる人。「奥女中年寄」といった役職の敬称で、大奥の万事を差配する地位にあり、大きな権限と広い部屋を与えられていました。その部屋のことを「局」と言い、その主を「〇〇の局」、あるいは「お局さま」と呼んだのです。特に年配の女性に対して使われたわけではありませんし、江戸時代には20代の「奥女中年寄(お局さま)」も一般的でした。


【「御局」を「おんきょく」と読むと何になる?】

ビジネスシーンで使われる敬語として、「御社(おんしゃ)」「貴社(きしゃ)」といった言葉はご存知ですよね。一般に、話し言葉では「御」、書き言葉のときは「貴」を使用して、相手の会社を敬う気持ちを表します。ただし、一般企業以外では、組織にあった敬称を使う必要があります。

例えば、銀行や病院、組合、協会、学校など。それぞれ「御行(貴行)」「御院(貴院)」、「御組合(貴組合)」、「御会(貴会)」、「御校(貴校)」という表現になります。そして相手が「官公庁(国と地方公共団体の役所)」の場合は…もうおわかりですね? 「御局(おんきょく)」「貴局(ききょく)」となるのです。当然のことながら、「御局(おんきょく)」には「個室」や「口うるさい先輩」といった意味合いはまったく含まれていません。ご注意を。

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「局(つぼね)」はもともと「屏風や几帳で仕切って設けた空間(個室)」を意味する言葉でした。とはいえ、寝殿造りは建物自体が非常に開放的。プライバシーという概念そのものも存在しない時代ですから、通ってくる男性との語らいなども含めて、言動は常に隣に筒抜け。同僚の女房と相住み(あいずみ:同居)することもあったようです。大河ドラマ『光る君へ』では、女房たちの局をドローンで真上から撮影した映像が話題となりました。籐式部(とうしきぶ)という名前を与えられた主人公、吉高由里子さん演じるまひろは、夜遅くまで執筆をし、女房たちが眠る局で床に就きますが、大きないびきをかく女房もいて寝つけず、翌朝は寝坊してしまいます。寝不足と気疲れで思うように筆が進まないまひろは、出仕から数日で、「実家に戻って物語を書きたい」と道長に頼みます。確かに、寝息までが聞こえる局での生活は、慣れるまでかなりの神経を使いそうですね。

この記事の執筆者
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参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /NHK大河ドラマ・ガイド『光る君へ 後編』(NHK出版) /『平安 もの こと ひと 事典』(朝日新聞出版) :