NHK大河ドラマ『光る君へ』第41回では、中宮・彰子(藤原道長の娘)の住む藤壺で、和歌の会が催されている様子が描かれていましたね。出席していたのは、まひろ(紫式部:吉高由里子さん)と「赤染衛門」(あかぞめえもん:凰稀かなめさん)、あかね(和泉式部:泉里香さん)、頼道(渡邊圭祐さん)、頼宗(村上海成さん)のほか、藤壺の女房たち。そして、そこにやって来たのが、ききょう(清少納言:ファーストサマーウイカさん)でした。平安時代を代表する4人の女流文学者が揃い踏みした豪華な場面に、古典ファンからは歓声があがったようですが、その場面でききょうが敦康親王から彰子への届け物として持参していたのが、「椿餅」でした。「椿餅」といえば、1月から2月頃に店頭に並ぶ、季節のお菓子。すでに平安時代にあったとは、驚きですよね! 今回は「椿餅」について、詳しく解説します。ビジネス雑談の小ネタとして、ご活用ください。
【目次】
【大河ドラマ『光る君へ』にも登場した「椿餅」とは?「読み方」「意味」】
■「読み方」
「椿餅」は「つばきもち」と読みます。音変化したものに、「つばいもち」あるいは「つばいもちい」と呼ばれることも。
■「意味」
「椿餅」は、餅菓子の一種です。一般的に、道明寺 (どうみょうじ) 粉を蒸して漉し餡 (こしあん) を包み、2枚のツバキの葉で挟んだ和菓子を「椿餅」と称します。
実は「椿餅」は、日本最古の餠菓子とも言われ、『源氏物語』や『うつほ物語』にも、「つばいもちひ」として登場しています。上流貴族の間では饗応用として人気が高く、蹴鞠 (けまり) の宴会で用意される定番のスイーツでもありました。なぜ椿の葉が使われたのかについては、はっきりとわかっていませんが、椿は日本原産の花。古くから常緑の葉と紅白の花が邪気を払うと言われ、特に平安時代には、招福・長寿・吉兆の木とされてきました。また、椿の葉には油分が多く含まれているため、餅に密着させやすいそうです。餅菓子に椿の葉を使うようになったのは、こんなところに理由があるのかもしれませんね。
【椿餅の「季節」と「発祥の地」】
■「季節」はいつ?
現在では、椿の花の開花時期に合わせてか、1月から2月ごろの季節菓子として、店頭に並ぶことが多いですね。お茶席でも、冬から初春にかけて供されます。多くの花が冬枯れとなった頃に盛りを迎える椿の花と艶やかな常緑の葉は、新緑の季節を待ちわびる気持ちを表現しているそうです。
また、俳句の世界で「椿餅」は春の季語です。日本最古の和歌集「万葉集」には、椿を歌った歌が9首あるそうです。
■「発祥の地」
明確にはわかっていませんが、「椿餅」は中国伝来のお菓子「唐(から)菓子」に由来するという説が有力です。「唐菓子」は奈良時代に、唐から伝わった穀粉菓子。もち米やうるち米、麦、大豆、小豆などの粉を甘葛(あまずら)*の液や塩を加えてこね、ゴマ油で揚げた菓子の総称です。当時、日本では果物を菓子と言っていたため、区別して、「唐果物(からくだもの)」と呼んだとか。これらの製法に影響を受け、今日の椿餅の原型がつくられたのではと考えられています。
*甘葛とは、諸説ありますが、アマチャヅルと呼ばれるつる草からできる液を煮詰めてつくった古来からの甘味料です。平安時代には、削り氷(けつりひ。現在のかき氷ですね)などにもかけて食されていました。
【ビジネス雑談に役立つ「椿餅」と「椿」にまつわる「雑学」】
■平安時代の「椿餅」ってどんなお菓子だったの?
南北朝時代に書かれた源氏物語の注釈書『河海抄(かかいしょう』(14世紀中ごろに成立)によれば、「椿餅」は「椿の葉を合わせて餅(もちい)の粉に甘葛をかけて包みたるもの」と説明されています。つまり、餅の粉に甘葛をかけて丸く固め、それを椿の葉2枚で包んだお菓子を「椿餅」と呼んだのです。当時はまだ甘い小豆餡はなく、餅粉からつくる生地に甘葛を加えていましたので、現在の「椿餅」とは、違う味だったと考えられます。とはいえ、餅を椿の葉に挟んだデザインは、ほぼ当時のままだそうです。
■「椿餅」のレシピは?
現在の「椿餅」は、基本的には蒸した道明寺粉でこし餡を包み、それを2枚の椿の葉で挟んでつくられています。このように砂糖や餡が使われ、現在とほぼ同じ形になったのは江戸中期以降とされています。レシピを簡単にご紹介しましょう。
(1)まずは餅生地をつくる。道明寺粉に水を加えて混ぜ、10分ほど浸す。道明寺粉がしっかり吸水したら、蒸し器で10分ほど蒸し、砂糖、塩を加えてよく混ぜ合わせる。手水をつけて生地をのばし、適当な大きさに分ける。
(2)用意しておいた餡を(1)の餅生地で包む。餡が見えないようつまんで閉じ、丸くかたちを整える。
(3)椿の葉2枚で挟めば出来上がり。
■源氏物語の椿餅の登場シーンは?
『源氏物語』の「若菜上」の帖にある有名な蹴鞠の場面では、蹴鞠を終えた若者たちが「椿餅」を食べる場面が出てきます。
「簀(す)の子に圓座(わらふだ)めして、わざとなく、椿もちひ・梨・柑子やうの物ども、さまざまに、箱の蓋どもに取りまぜつゝあるを、若き人々、そぼれ取り食ふ」
(簀子に円座を召して、気楽に、椿餅、梨、柑子のようなものが、いろいろないくつもの箱の蓋の上に盛り合わせてあるのを、若い人々がはしゃぎながら取って食べている)
蹴鞠は、鞠を蹴り上げて遊ぶ遊戯です。4人から8人くらいのチームで輪になり、鹿革製の鞠を蹴り上げて、いかに長く蹴り続けていられるかを競います。前述の場面を今風に言うならば、サッカーで汗をかいたあとにひと息ついて、皆でわいわいと椿餅や梨、柑橘類などを食べている感じでしょうか。このように、椿餅は蹴鞠のあとにいただく、スイーツの定番でもありました。
■「椿」は日本原産の花
日本や台湾、中国を原産とする椿は、古くから人々に愛されてきた花のひとつです。現在、数千も存在する品種のなかには、葵の上、藤壺、光源氏など、『源氏物語』に関連した名前の花もあります。
18世紀にヨーロッパに渡ると、端正な美しさから貴婦人たちに愛され、日本の固有種である藪椿(ヤブツバキ)や雪椿(ユキツバキ)をもとに多くの園芸品種が誕生しました。花言葉である「控えめな素晴らしさ」は、花に香りがないことに由来するといわれています。英名は[Camellia(カメリア)]。『シャネル』の創業者でありデザイナーのココ・シャネルがカメリアをこよなく愛し、ブランドのアイコンとして用いていたのはご承知の通り。人を傷つけるような棘をもたず、控えめに咲く白い椿の佇まいの美しさ、そして幾何学的で整然としたカーブの優美さが、彼女の心を捉えたと言われています。
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現代を生きる私たちが、雅な蹴鞠の宴に出席することは叶いませんが、大河ドラマ『光る君へ』で『源氏物語』への思いを深くした方々は、ぜひ、当時の貴族になった気分で「椿餅」を味わってみてはいかがでしょうか。椿の葉で餠を挟んだ姿は、平安の昔からずっと変わっていないとか。なんとも風情を感じさせるお菓子ではありませんか。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /『平安 もの こと ひと 事典』(朝日新聞出版) /『はじめての王朝文化辞典』(角川文庫) /NHK大河ドラマ・ガイド『光る君へ 完結編』(NHK出版)/『ちいさな花言葉・花図鑑』(ユーキャン自由国民社) :