本間恵子さんと綴る、感性と造形が響き合う現在地|ラグジュアリーウォッチ「7つの潮流」とは──

2025年の新作に見る、ラグジュアリーウォッチの “美意識の変化”。専門家・本間恵子さんと共に、意匠や技術、価値観の転換点となる潮流をとらえて、その本質と未来を考察します。

本間恵子さん
ウォッチ&ジュエリージャーナリスト
(ほんま けいこ)ジュエリーデザイナーや宝飾専門誌編集者を経て独立。ハイジュエリーやスイス時計に精通し、国内外の工房やメゾンを綿密に取材。豊富な知見を基に多彩なメディアで執筆し、TV出演やトークイベント、講演活動などでも広く活躍している。

「時は、ただ刻まれるものではなく、物語るものへ──。レディスウォッチの世界では、そんな発想が静かに育まれている気がします」本間さんは、まずそんな全体感を語ってくれました。

高級時計_1
VAN CLEEF & ARPELS(ヴァン クリーフ& アーペル)『レディ アーペル ポン デ ザムルー オーブ ウォッチ』●ケース:RG×DIA ●ケース径:38mm ●ブレスレット:RG×ピンクサファイア×DIA ●自動巻き ¥66,660,000(ヴァン クリーフ&アーペル)

静かに始まるパリの夜明け。橋の上で出会う恋人たちの一瞬を、カラーグリザイユによる繊細な手彩色で色鮮やかに表現。詩のように美しい情景が、精緻な機構によって優雅に動きだす。


ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ2025(以下W&WG)で存在感を放っていたのも、そんな「詩的時間」を体現する「ヴァン クリーフ&アーペル」の『レディ アーペル ポン デ ザムルー オーブ ウォッチ』です。恋人たちが橋の上で出会い、キスを交わす──そんな詩的な瞬間を、ダブルレトログラードとオンデマンドアニメーションという高度な機構で表現した名作です。

「まさに時間を “知る” ためではなく、“感じる” ために存在するタイムピース。ときめきや記憶に寄り添う存在へと変わりつつありますね」

「時を止める」がコンセプトの「エルメス」の『エルメス カット タンシュスポンデュ』も、哲学的な問いを内包する時計として印象的でした。

「近年、ジュエリーとウォッチの境界がどんどん溶け合ってきているのも大きな傾向。もはや “計時機能付きのジュエリー” と表現したほうがしっくりくるモデルも多いですね」

高級時計_2
CARTIER(カルティエ)『トレサージュ ドゥ カルティエ』●ケース:YG ●ケースサイズ:縦56.2×横25.7mm ●ブレスレット:YG×カーフ ●クオーツ ¥6,336,000[予価、9月発売予定](カルティエ)Antoine Pividori (C)Cartier

柔らかな螺旋を描くゴールドのモチーフが、ジュエリーと時計の境界をなめらかに超える。軽やかさと重厚感を備えた構造が、つけ心地のよさと共に、動きに呼応するような彫刻的な存在感をもたらしている。


境界がゆるやかに交差するなか、「煌めきの彫刻」という表現が思い浮かぶのが、「カルティエ」の『トレサージュ ドゥ カルティエ』。それは螺旋状のイエローゴールドとカーフレザーの質感が溶け合う、まさにジュエリーのような時計です。

ほかにも風防やダイヤルに宝石を使った数々のハイエンドピースも登場。

「イエローゴールドが “懐かしいのに新しい” 素材として復権してきているのもポイントです。ヴィンテージ感のある華やかな印象が、今の気分に合っているんだと思います」

高級時計_3
エルメス『マイヨン リーブル ブローチ』●ケース:WG×DIA ●ケースサイズ:縦35×横23mm ●クオーツ ¥12,078,000[予価](エルメスジャポン)(C)Joël Von Allmen

アンカーチェーンを再解釈したフォルムにブローチ、ペンダント、時計という3つの顔を秘めたタイムピース。ダイヤモンドとトルマリンが技巧の粋を引き立て、装いに応じて姿を変える。クラフツマンシップと遊び心が交差する、美しさの自由を象った一本。


一方で、装着スタイルそのものへの新たな視点も注目を集めています。「腕時計=手首に巻くもの、という概念から自由になる動き。そこに現代的な “遊び心” を感じます」

そんなテーマを具現化したのが、「エルメス」の『マイヨン リーブル ブローチ』。ブローチであり、ウォッチでもあり、クロシェットに装着すればペンダントでもある。その多様性にこそ、「構造美という選択」というテーマの本質が宿ります。

高級時計_4
ROLEX(ロレックス)『ランドドゥエラー 36』●ケース:エバーローズゴールド×DIA ●ケース径:36mm ●ブレスレット:エバーローズゴールド ●自動巻き ¥13,346,300[予価、今夏発売予定](日本ロレックス)

ハニカムパターンのダイヤルが、光を受けて立体的な陰影を生み出す。36mm径のケースとフラットなジュビリーブレスレットが、一体感ある装着性を実現。気品をまとうフォルムが手元に洗練を添える。


フォルムの革新──すなわち「新しいかたち」も、2025年の注目トレンド。「シンプルなラウンド形に留まらない、多面的でアーティスティックなかたちが目立ちました」と本間さん。「ブルガリ」の『セルペンティ エテルナ』の彫刻のような曲線。「ピアジェ」『シックスティ』の独創的なフォルム。そして、「ロレックス」『ランドドゥエラー 36』のケースとブレスレットの一体型スタイルなど。本間さんの言葉を借りれば、“かたち”を通して、ブランドが語るストーリーがより濃密になってきているようです。

高級時計_5
VACHERON CONSTANTIN(ヴァシュロン・コンスタンタン)『レ・キャビノティエ - トゥール・ド・リルへ敬意を表して - フィギュラティブ・ギヨシェ&グラン・フー・ ミニアチュール・エナメル』●ケース:PT ●ケース径:40mm ●ストラップ:アリゲーター ●自動巻き 価格要問い合わせ(ヴァシュロン・コンスタンタン)

ジュネーブの時計塔をギョウシェで線画に刻み、グラン・フー・エナメルで繊細に彩る。彫金と色彩が響き合い、静謐な美として結ばれる。


そして、W&WGで圧倒的な存在感を放っていたのが、ジュネーブの工房が誇る「伝統の工芸技法」です。「伝統的な装飾技術に、現代の審美眼と構成力が融合している。高級時計の原点がそこにある気がします」

その代表となるのが、「ヴァシュロン・コンスタンタン」の技術の粋を集めた『レ・キャビノティエ - トゥール・ド・リルへ敬意を表して』の3部作。ギョウシェ、エナメル、彫金、それぞれが主役となりうる職人技がダイヤルに凝縮されている。

A.ランゲ&ゾーネ
A.ランゲ&ゾーネ『1815』●ケース:WG ●ケース径:34mm ●ストラップ:アリゲーター ●手巻き ¥3,850,000(A.ランゲ&ゾーネ)

懐中時計の美意識を34mm径に凝縮。ブルーのダイヤルに映えるランセット針やレイルウェイ目盛りが、クラシックな表情を強調。厚さ6.4mmのスリムなケースに自社製ムーブメントを搭載。手巻きならではの静かな緊張感と共に、丁寧に時を重ねていく感覚をもたらす。


時計に込められた技術や芸術性が称えられる一方で、今、“誰のための時計か” という問いにも揺らぎが生まれている。そんな価値観の変化について、本間さんはこう語ります。「レディスというカテゴライズが意味を失いつつある気がします」

名作ウォッチをそのまま小径化した “A・ランゲ&ゾーネ” の『1815』にも心が動きます。大きすぎず、小さすぎない34mm径というサイズ感に、「ジェンダーフリー」の感覚が自然に重なるのです。「性別よりも、自分にとって心地よいかどうか。その視点が、時計選びの主軸になってきているんです」

高級時計_6
HUBLOT(ウブロ)『ビッグ・バン ワンクリック ミントグリーンセラミック ダイヤモンド』●ケース:セラミック×DIA ●ケース径:33mm ●ストラップ:ラバー ●自動巻き ¥2,398,000(LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ)

透明感あるミントグリーンのセラミックに、ダイヤモンドの煌めきが穏やかに調和。澄んだ色調が、心地よい抜け感と共に、軽やかでうららかなムードを湛える手元を演出する。


ラグジュアリーウォッチにおける素材の進化と多様化も見逃せない。「見た目の質感はもちろん、肌にのせたときの手触りや重さまで、素材の語る力が大きくなっている。まさに『響き合う素材』という視点です」

例えば、「ウブロ」の『ビッグ・バン ワンクリック ミントグリーンセラミック ダイヤモンド』。この軽やかで鮮烈な色調は、単なるカラーではなく、ライフスタイルの選択としての素材演出。「シャネル」の『J12 BLEU』も、ブルー セラミックという新しい表現で、日常に凛とした余韻をもたらします。

「背伸びして時計を買う時代から、自分のステージにふさわしい一本を丁寧に選ぶ時代へ移行しています」 本間さんとの対話から見えてきたのは、所有や誇示ではなく、心に寄り添う時計を丁寧に選ぶ姿勢。毎日身につけられる──それが時計です。「だからこそ、自分の価値観と響き合えるものを選ぶことが大切」と本間さん。

ラグジュアリーとは、そうした選び方の先にこそ宿る。各ブランドが自らの哲学に従い、独自のクリエイションを貫いた今年。その自由な美意識が、豊かな選択を生んだのです。

 

※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
※文中の表記は、RG=ホワイトゴールド、DIA=ダイヤモンド、YG=イエローゴールド、WG=ホワイトゴールド、PT=プラチナを表します。

問い合わせ先

関連記事

PHOTO :
池田 敦(CASK)
STYLIST :
関口真実
EDIT&WRITING :
安部 毅、安村 徹(Precious)