「え!?ゴッホってそんな画家だったの?」足跡を辿ってわかった人間・ゴッホの新たな魅力 

今年から来年にかけては、日本各地でゴッホ関連の展覧会が目白押しの “ゴッホ祭り”。みんな大好きゴッホ…ですが、長年ゴッホを研究している美術家のナカムラクニオさんによると、「これまでと違った視点で読み解くとよりおもしろくなるはず!」。 ぜひ教えてください!

ナカムラクニオさん
荻窪「6次元」主宰。美術家
『金継ぎ手帖』『描いてわかる西洋絵画の教科書』『こじらせ美術館』『大人が知っておきたい 図解 教養としての美術史』ほか著書多数。東京を拠点に、長野・諏訪と石川・能登で古民家を修復しながら漆を育てている。

【新注目ポイント:1】ゴリゴリの美術マニア!真っ当でまじめな画家

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フィンセント・ファン・ゴッホ 《種まく人》1888年11月 油彩・カンヴァス 32.5×40.3cm ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)※「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で展示。

ゴッホ作品には過去の画家や作品の研究発表の成果が表れている。上の《種まく人》では敬愛していたミレーの名作と、浮世絵の要素を盛り込んだ。下の《アザミの花》や、代表作《ひまわり》などの花の絵でも、構図がビシッと決まっている。

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フィンセント・ファン・ゴッホ  《アザミの花》1890年 油彩・カンヴァス 40.8×33.6cm ポーラ美術館 ※「ゴッホ・インパクト—生成する情熱」で展示。

【新注目ポイント:2】うねりも青も黄色も目の前にあった光景

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フィンセント・ファン・ゴッホ  《夜のカフェテラス(フォルム広場)》1888年9月16日頃 油彩・カンヴァス 80.7×65.3cm クレラー=ミュラー美術館(C)Collection Kröler-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink ※「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」で展示。
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ナカムラさん撮影による数年前のフォルム広場(加工なし)。

青と黄の補色の組み合わせはゴッホの大きな特徴で、「幻想的」といわれるが、光溢れるアルルでは現実に存在する。アルル時代の作品は、耳切り事件を起こした通称「黄色い家」があった周辺の、狭い範囲の風景を描いたものがほとんど。

【新注目ポイント:3】家族に支えられてきっと幸せだった

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フィンセント・ファン&・ゴッホ  《画家としての自画像》1887年12月〜1888年2月 油彩・カンヴァス 65.1×50cm ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)※「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で展示。

テオは画商としての厳しい目をもって兄の作品を評価したからこそ、軽々に売ることはしなかった。テオの没後コレクションを引き継いだ妻ヨーとその息子ウィレムも、ゴッホの評価を高めることに尽力。ゴッホは孤独ではなかったはず。

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ゴッホ終焉の地にある、ゴッホとテオの墓。ナカムラさん撮影。

数年前から画家ゆかりの場所を訪ねることを続けています。ゴッホについては、一昨年と昨年に、パリからアルル、終焉の地となったオーヴェール=シュル=オワーズまで行ってきました。各地を巡って感じたのは、「社会になじめず独学で絵を描き始め、貧乏で家族に無心を繰り返し、突然耳を削ぎ落とすなどして精神病院に入院した後、拳銃自殺した悲劇の天才画家」というよくあるゴッホ像への素朴な疑問です。 

まずゴッホは、もともと美術に非常に詳しかった。ゴッホの弟テオが美術商だったことは有名ですが、ゴッホも一時期、同じ職場で画商として働いていました。「グーピル商会」という大手美術商で、ゴッホはオランダのハーグ支店、パリ本店、ロンドン支店でも働いています。熱心な浮世絵のコレクターだったことも、アートマーケットの近くにいたことの証明でしょう。500枚以上を所有していて、テオと共に、パリのカフェ「ル・タンブラン」で自身の浮世絵コレクション展まで開催しています。想像するに、テオとゴッホは、人気画商とその兄、美術界のイケてる兄弟として、それなりの知名度があったんじゃないかと。ゴーギャンやロートレックも彼らと親交を深めようとしているわけですからね。 

ゴッホは生涯で16都市に住み、30回も引っ越しをしています。そしてなんと5か国語を話せた。国際感覚を身につけた勉強家だったんです。不祥事で解雇されたり、破滅的な恋を繰り返したりと、まあちょっとめんどくさい人であったのは確かでしょうが(笑)、決して暗いだけの人生ではなかった。 

そのことは、実際にアルルを訪れて、より強く感じられるようになりました。なんとなく南仏の田舎町をイメージしていたんですが、実際はスペインとイタリアの雰囲気を併せもつ、明るく華やかな都会なんです。光もすごく強くてコントラストがはっきりしているから、写真を撮ると、風景が平面のように写る。ゴッホ作品はよく「幻想的」と表現されますが、むしろ「見たまま」だったんじゃないかと。真っ青な夜の空も、黄色で埋め尽くされた畑も、すべて目の前にあった。超現場主義者だったんですよ、ゴッホは。 

熱心に美術を研究し、生命力溢れるアルルで精力的に絵を描いたゴッホは、「自分の絵は売れる」という自信をもっていたと思うんです。そして、目利きの画商だったテオも、それを確信していたからこそ、惜しみなく金銭を援助した。個人的には、最期は自殺ではなく事故だったと思います。いずれにせよ、短く激しく、謎の多い人生は、多くの人を惹きつけて止みません。 

なにより、ゴッホの絵には、特別な力強さがある。ぜひ、たくさんの作品に合いに出かけてほしいですね。(談)

【Information】 ゴッホの名作に出合えます!

ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

会期:開催中〜12月21日 
会場:東京都美術館
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト: https://gogh2025-26.jp/

テオの死後、その妻ヨーはゴッホの膨大なコレクションを管理、義兄の作品を世に出すことに人生を捧げた。ファン・ゴッホ家のコレクションに焦点を当てた日本初の展覧会。土日祝、12月16日以降は日時指定予約制。当日空きがあれば入場可。

ゴッホ・インパクト―生成する情熱

会期:開催中〜11月30日 
会場:ポーラ美術館
TEL:0460-84-2111
展覧会公式サイト: https://www.polamuseum.or.jp/sp/vangogh2025/

収蔵する3点のゴッホ作品を出発点に、ゴッホがその後の美術界に与えた「インパクト」を検証。モーリス・ド・ヴラマンクや岸田劉生をはじめ、森村泰昌、福田美蘭、フィオナ・タンら、現代の作家にまで受け継がれるゴッホの情熱を紹介する。

大ゴッホ展 夜のカフェテラス

会期:開催中〜2026年2月1日 
会場:神戸市立博物館
展覧会公式サイト: https://www.ktv.jp/event/vangogh/

世界屈指のゴッホコレクションを誇るオランダのクレラー=ミュラー美術館から名品が多数集結。オランダの国宝とされる《夜のカフェテラス(フォルム広場)》は20年ぶりの来日となる。福島県立美術館、東京・上野の森美術館へ巡回。

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EDIT&WRITING :
剣持亜弥、喜多容子(Precious)