世界トップクラスのパティシエ、ショコラティエとして日本でも愛されているフレデリック・カッセルさん。パティシエコンクールの最高峰「クープ・デュ・モンド」では、フランス代表監督としてチームを優勝に導き、その実力はお墨付き。そして世界100か国のパティシエが加盟するパティシエ集団ルレ・デセールに30歳の若さでメンバー入りし、その後、若くして会長に抜擢。現在、会長3期目を務めています。
世界のパティシエ集団、ルレ・デセール
このルレ・デセールという組織は、「最高のお菓子づくり」を目的とした、パティシエ同士の積極的な意見交換のためにつくられたもの。現会長はフレデリック・カッセルさん、副会長はピエール・エルメさんが務めています。入会するには、既存メンバー2名の推薦が必要で、誰でも入れるものではありません。日本人でメンバー入りしているのは、青木定治さん、寺井則彦さんをはじめ数名のパティシエみです。
そんな誰しもが認めるパティシエ界の巨匠、フレデリック・カッセルさん。その素顔に迫るインタビューです。
フレデリック・カッセルさん(以下、カッセル) 最初から、海外出店の成功のカギは日本にあるという考えを持っていました。ピエール・エルメさんのもとで修業していたときに、彼が最初に行き、自分も一緒に日本へ行って働く中で、日本で店を持つお誘いがあったのです。そういった師匠と弟子や、そこで出会った人とのつながりには非常に感謝しています。パティシエに関してはピエール・エルメ、ショコラに関してはジャンポール・エヴァンが僕の師なんですが、ふたりの下で働けたのはとてもラッキーでした。僕も超優秀な生徒でしたけどね(笑)。
カッセル ビジネス的にいい場所というのは重要ではあるんですが、それ以前に、自分がその国が好きかどうかがもっとも重要なことです。個人的には美しい国が好きなんです。あとはフランスのパティスリーを代表して出店するので、デザート(デセール)文化があるかどうかも重要です。例えば、ニューヨークにはドーナツはありますが、食後のデザートとはまた別のもので、デザートの文化は根付いていない印象を持っています。フランスのパティスリーが成功したという話もあまり聞きませんしね。自己満足で好きな場所に出店することはできますが、その土地に住んでいる人に喜んでもらうことをゴールと考えているので、下地としてデザート文化のない場所は難しいですね。
カッセル 私は商品のインスピレーションを、ファッションのように色から得ることが多く、最初、日本に来たときに、ショートケーキやロールケーキを見て、そこから着想を得て「白」というテーマで展開したこともあります。今年は「赤」ですね、赤いフルーツ…いちごやフランボワーズ(ラズベリー)、ブルーベリー、赤すぐりなどを使っていけたらなと。いちごは、自家農園で3月から収穫を始め、6,7月までは確実に、気候によっては9月まで収穫できるときもあります。いろいろな時期に収穫できるように、いちごだけで7種類くらいを育てているんですよ。
カカオフォレストってどんな運動?
カカオ農家が素晴らしいカカオを実らせる木よりも、目先の収入のために、遺伝子組換えにより大量生産が可能なカカオの木に植え替えてしまうことを問題視。カカオ フォレストでは、「カカオの木を守る」ために、現地での労働環境の改善、また、カカオ農地を使って、フルーツなどの栽培を指導し、ホテルなどに卸すことで安定した収入を得れるような仕組みづくりも考えています。
カッセル 自分にできることを考えたときに、パティスリーを各国に届けること、よい商品をお客さんに届けること、若いパティシエによい商品を理解してもらい、つくり方を教えることだと思っています。つくり方を教えるといってもレシピの話ではなく、次の世代を担う人たち素材の豊かさや、それはどこで、誰によってどのようににつくられ、なんのためにその素材を仕入れなければならないのか、包括的に伝えています。
カッセル そうです。例えば、私は日本に来るときには、1年に1度は自分のところの若いスタッフをアシスタントとして必ず連れてきます。日本との文化の違い、店舗の現状など、肌で感じてもらうためです。次世代に伝えていくことは、自分の使命だと思っています。
カッセル 健康志向ですね。この数年取り組んできていることですが、今年はもっと加速すると思います。
カッセル 世界的に肥満など成人病などが社会的な問題になっています。かつては、フランスのお菓子づくりでは、まずクレームアングレーズをつくることが基本とされていて、たくさんの卵やバター、お砂糖を使っていました。その理由は「なめらか」なテクスチャーを表現するには、その方法しかないとされていたからです。しかし時代が変わり、技術の進歩や研究を重ねた結果、例えばチョコレートに生クリームを直接注ぐなど「なめらか」なテクスチャーを表現する幅を広げ、クレームアングレーズのみの選択肢ではなくなりました。
カッセル いくら健康志向でも、やはり風味を損なってはパティスリーとして本末転倒です。例えば無塩バターを使用するとか、量をほんの少し減らすとかの微調整を重ねています。おいしく健康に配慮したお菓子には、単に減らすことだけでなく、素材の出どころを明確にすることも重要だと考えています。
カッセル 例えば、着色料など色づけするものが何からつくられているのか、バターや牛乳がどこから来ているのか、仕入先に情報開示を求めています。この素材がよくてこの素材がだめ、ということではなく、自分たちが何を使っているのか明確化ことが目的です。それを見て、各パティシエがいいと思ったものを採用すればいいのです。お客さまは感じていないと思いますが、私たちはお客さまの健康をしっかり意識して、微調整を重ねて改良を続けています。
カッセル そうです。良質な素材の価値観が共通化されることで、守るべきものがわかってきます。パティスリー業界だと、近年ではアーモンドや風味のよいバニラが手に入りにくく高騰しています。私たちが大切にしている素材が消えていってしまうことがあるのなら、それは意識的に守らなければならない。そういったことは長い取り組みになるので、次世代にも伝えていく義務があることだと思っています。毎朝目が覚めたときに、カカオ フォレストのことが頭をよぎります。次世代に残さなければならないことは何か、毎日向き合って考え続けています。
カッセル 仕入先も商売ですから、何を用意したら買ってもらえるかということには、いい意味で非常に貪欲です。例えば、日本に来たときに、ホールケーキ持ち帰り用の切込みの入った箱を見て、なんといいアイデアだと思いました。こういうときも、自分の店のためだけに箱を生産する機械をつくってもらうことはできませんが、ルレ・デセールには80人の会員がいるので、用意した商品を売り込むチャンスがあります。素材に関しても同じことがいえて、組織があることで作る側も採用する側にも可能性が広がるので、ルレ・デセールはいろんなものがよい方向に向かう架け橋として存在意義があります。ひとりの力は小さくても、みんなで力を合わせてできることも多いです。
カッセル みんなが違う都市にいるのも、ルレ・デセールの優れた点ですね。その土地ならではの情報があるのはもちろん、お互いが競争にならないんです。それにレシピなどの情報を交換したところで、例えば私はピエール・エルメのお菓子をつくるわけではないし、ジャンポール・エヴァンのチョコレートをつくるわけでもない。それぞれが自分の商品を作るので、そこには何の心配もないんです。
自らの成功だけではなく、次世代へパティスリー文化をよりよい形で伝えていくために、人材の育成から生産者の確保、お客さまへの健康配慮まで、本当の意味で包括的な活動をしているフレデリック・カッセルさん。パティシエとしての腕も一流なのに、職人の枠を超えて文化のために精力的に活動される姿は、長きにわたり、ルレ・デセールの会長として支持されているのも納得です。私たちが愛する、小さくて贅沢なお菓子たちが、こんな真摯な考えのもとに研究を重ねられているとは、ますます心して味わいたくなりました。
問い合わせ先
- フレデリック・カッセル銀座三越店 TEL:03-3562-1111
- 営業時間/10:30~20:00
- 住所/東京都中央区銀座4-6-16 B2F
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- クレジット :
- 構成/安念美和子