作者の恩田 陸さんの、“言葉による「音」の表現”に脱帽したという、翻訳家・エッセイストの鴻巣友季子さんが、作品の魅力について語ってくださいました。
形のない「音」を言葉で表現する作者に脱帽!
2015年、5年に1度の国際ショパンピアノコンクールと、4年に1度のチャイコフスキーピアノコンクール、3年に1度の浜松国際ピアノコンクールが重なったせいか、このところ日本では、宮下名都の『羊と鋼の森』など、ピアノ小説が人気です。なかでも私のイチオシは、恩田 陸の『蜜蜂と遠雷』。浜松国際のコンクー ル現場を長年取材した作者が、コンテスタント4人の人生を音楽によって描きだす群像劇の傑作です。
4人をざっと紹介すると...異能の野生児・風間塵、16歳。養蜂家の父とともにフランスで暮らし、その天衣無縫の演奏は恐怖すら呼び起こします。
天然ボケタイプの栄伝亜夜、20歳。天才少女として華々しくデビューしながら深い挫折を経験。
そして、サラリーマン音楽家・高島明石は同コンペの上限年齢28歳、一児の父。
最後にジュリアード音楽院の優等生で日系ペルー人のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール、19歳。日本在住時代には壮絶ないじめにあっている。
芸術に点数や勝ち負けを決めることはできるのか? というのが、本作のテーマのひとつでもあります。また、音楽のみに生きる者だけが尊敬に値するのか? といった、音楽だけでなく文学や美術に言い換えられるテーマも。実際、作者はしばしば音楽界と文学界をさりげなくだぶらせる書き方もしています。どちらもコンテストばかり乱立していて、食べていける人はほんのひと握り...とか。
さまざまな主題やモチーフが有機的につながり合い、まさに壮大な組曲のように展開していきますが、なにしろ脱帽したのは、「音」という形の見えないものを言葉で描き切ろうとする作者の決意です。 予備予選からグランドファイナルまで、ぐらいの曲が出てきますが、一曲の省略もなく語られています。とくに、フランツ・リスト のピアノ・ソナタ ロ短調は物語仕立てで進み、リストの短編小説を恩田 陸の翻訳で読んだ気持ちになりますよ。
音楽と文学が美しく睦んだ小説です。
■歌手、ピアニスト、役者たちを描くとき、恩田 陸の筆は冴えわたる。今回は、国際ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、さらに音楽の旋律まで描き尽くす。2017年第156回直木賞受賞作!
『蜜蜂と遠雷』 著=恩田 陸、幻冬舎 ¥1,800(税抜)
※この情報は2017年2月7日時点のものになります。
- TEXT :
- 鴻巣友季子さん 翻訳家・エッセイスト
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- クレジット :
- 撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/鴻巣友季子