紫綬褒章を受章し、原作を手がけたNHK大河ドラマ『西郷どん』がクライマックスを迎え、男女の官能美を描いた新聞の連載小説『愉楽にて』が大きな話題となるなど、2018年に目覚ましい活躍を続けている小説家の林 真理子さん。

その林さんが、小学館の雑誌『和樂』誌上で、2008年より6年間をかけて連載していた”小説版の源氏物語”が、この12月に最終章『小説源氏物語 STORY OF UJI』の文庫化によって、完結するのをご存知でしょうか?

平安時代中期、約1000年前に紫式部によって描かれた、世界最古の恋愛小説『源氏物語』。

活版印刷を生んだヨーロッパですら、まだ”小説”という文化がなかった頃に描かれた、この全54帖の物語が、2008年に誕生から1000年を迎えるにあたり、林真理子さんが挑んだのが”源氏物語の小説化”です。

小説家・林真理子さん
小説家・林真理子さん

『小説源氏物語』誕生秘話。翻訳や現代語訳ではなく、小説を小説化?

なぜ、現代人に読みやすくなる翻訳ではなく、小説化だったのでしょうか。この源氏物語に関する大型連載がスタートしたのは、2008年のこと。

日本文化の見どころを発信し続ける雑誌『和樂』の編集長(当時)が、1000年を迎える源氏物語の「現代語訳ができるのは、ひょっとしたら今回が最後の機会かもしれない」ということで、林真理子さんに現代語訳を依頼したそうです。

谷崎潤一郎さん、与謝野晶子さん、円地文子さん、瀬戸内寂聴さん、田辺聖子さん…。

これまで、何人もの名だたる文豪が手がけてきた、『源氏物語』の現代語訳。そのとき、林真理子さんは、このように考えられたそうです。

これまで、偉大なる文豪たちがやっている。自分がやるなら、”訳”ではない。

自分なりの解釈をした、小説にしたい。若い人たちが、文字離れの中で、そういう世代にこそ、読んでほしい。

現代人からすると、まどろっこしかったり、わかりづらい部分は思い切って割愛。現代人としても心が浮き立つところは、より丹念に描く。自然描写も加え、心情描写も綿密に。読みやすく、楽しみやすく。

林真理子さんが自分なりの解釈を込めて描いた「源氏物語」が、スタートすることになりました。

挿絵は世界的に活躍する日本画家・千住 博さんが担当!

『小説源氏物語 STORY OF UJI』は、この林真理子版『源氏物語』の完結版ということで、表紙に千住 博さんの『源氏物語』57点のなかから、宇治十帖のひとつの帖「宿木(やどりぎ)」が用いられています。装丁はモダンながら、『源氏物語』を感じさせるそのビジュアルには、古典文学に関心のある人、ない人、どちらにも関心を抱いてほしいという、願いが込められています。2018年12月5日発売、¥670(税抜)、小学館刊
『小説源氏物語 STORY OF UJI』は、この林真理子版『源氏物語』の完結版ということで、表紙に千住 博さんの『源氏物語』57点のなかから、宇治十帖のひとつの帖「宿木(やどりぎ)」が用いられています。装丁はモダンながら、『源氏物語』を感じさせるそのビジュアルには、古典文学に関心のある人、ない人、どちらにも関心を抱いてほしいという、願いが込められています。2018年12月5日発売、¥670(税抜)、小学館刊

日本を代表する作家が、日本を代表する作品の小説化に挑む。そのためには、挿入されるビジュアルも、日本を代表するものでなければならない。これまでの源氏物語は『源氏物語絵巻』や、いわゆる”源氏絵”といわれる日本美術作品の画像を使用していることが多かった。

そうではなく、日本を代表する画家に、描き下ろしを新しく依頼しよう!ということで、和樂の編集部をあげた、超大型連載プロジェクトとなっていったのです。

挿絵を依頼したのは、日本画家・千住 博さん。

ヴェネチア・ビエンナーレで東洋人で初めて絵画部門栄誉賞を受賞したり、最近ではイタリアのラグジュアリーブランド「ブルガリ」との時計のコラボレーションが行われるなど、日本にとどまらず、世界的な日本画家として活躍されています。

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その千住さんが源氏物語を描く!ということでも、アートファンに大きな話題となりました。

ちなみに、千住 博さんはこのプロジェクトのために、54帖に及ぶ『源氏物語』を1帖ずつ描き、独自に3つの解釈を加えた、57作品を描きおろしました。そして、その作品は小学館より”90部限定”の豪華限定版として、2012年に出版もされました。

源氏物語54帖のうち、前半44帖と後半10帖の2回に分けて小説化

光源氏を主人公とする『源氏物語』の前半44帖と、光源氏の子・薫を主人公とする後半10帖で構成される、壮大な大河ドラマ『源氏物語』。与謝野晶子さんの現代語訳版でも1300ページにも及ぶこの大作を、林さんはまず前半44帖、光源氏の出生から亡くなるまでの物語を小説化しました。それが『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ) 源氏がたり』です。

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光源氏が浮名を流した女性の一人「六条御息所」が語り部となって、光源氏の一生を追ってゆく、非常に読みやすい内容となっています。

別荘地で起こる「愛欲」、男同士の微妙な「友情」、複雑な「反目」の物語

そして続編である、光源氏が死んだ後の10帖、通称”宇治十帖”を小説化したのが、このたび文庫本になる『小説源氏物語 STORY OF UJI』。『小説源氏物語 STORY OF UJI』は後編でありながら、前編である『六条御息所 源氏がたり』とは異なる小説化の手法が取られています。

前編が1人の女性の語りだったのに対し、後編は「3人称」でのストーリー展開。

主要人物5名の心情描写を鮮やかに描き上げるため、この手法が採られたのだとか。林さん曰く、「キャラクターを自分なりに解釈し、人物描写を丹念に書き込めた」のだそうです。

京都観光などで宇治に足を運んだ方はおわかりになると思いますが、物語の主要な舞台となる宇治は、京都市内から少し離れた場所にあります。平安時代では、片道で半日かかってしまう距離だったとか。

そのため、林さんはこの”宇治十帖”を「別荘小説」として見立て、フランスの別荘地を舞台にした恋愛小説のように仕立て上げたい、という思いで始められました。

『小説源氏物語 STORY OF UJI』が読みやすい2つのポイント

『小説源氏物語 STORY OF UJI』書影
『小説源氏物語 STORY OF UJI』書影

■1:主要な登場人物が5人と少なく、関係性も明快なのでわかりやすい

物語は、1人のクールで真面目な美男子と、1人の情熱的で高貴な男性と、2人の間で揺れ動く女性たちにスポットが当てられています。対比的な男性2名が、女性を巡って恋愛模様と友情とを繰り広げる…まるで現代のテレビの連ドラのような構図になっているのです。

主人公は光源氏の息子であるがゆえに、京の都では非常に人気が高い「薫」。性格は父とは異なり実直、仏教の研究をし、女性に対してはガードが堅い。生真面目で、「時間がある時は、もう少し歌のお稽古をなさったらいかがですか」などと女性に言ってしまう性格。自分の出生に、ある疑念を抱いている。

もうひとりの主人公は、光源氏の孫(光源氏の娘と帝の間に生まれた子)、匂宮(におうのみや)。帝の子という生まれのため、将来天皇になる可能性がありうる。女好きで情熱家、女性に対しては優しく、マメ。

性格に大きな差がありながら、同年代のふたりは仲はよく、叔父と甥の関係(薫が叔父、匂宮は甥)ながら、将来的に甥の匂宮が帝になった場合、薫はその臣下になるという、不思議な関係です。

この2人が、宇治に住む姉妹とそれぞれ関係をもとうとするところから、友情と騙しあい、愛欲の物語が加速していきます。物語はこのふたりの姉妹と、さらにもうひとり登場する3人の女性、合計5人に焦点が当てられているため、登場人物が多い古典が原作でありながら、非常に関係性が明快なのも、”林版小説”の魅力です。

■2:現代の恋愛ドラマと同じように読める

「1人の男に愛されながら、もう1人の男に惹かれていく女性の、愛欲描写が素晴らしい! ドキドキする。薫と関係を持っていながら、情熱家の匂宮に惹かれていってしまうところが、あるある!と共感できます」とは、文庫版担当編集者の談。恋愛ドラマの元祖が、恋愛ドラマの名手の手にかかったら…そのハラハラドキドキ感はきっとたまらないものになっていることでしょう。

以上、林真理子版『源氏物語』最終章についてご紹介してきました。この年末年始、じっくりとこの、読みやすい愛欲の物語に溺れてみてはいかがでしょうか?

文庫版『小説源氏物語 STORY OF UJI』

この記事の執筆者
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