賢く、美しく、学び続ける人生
報道番組に登場してからすでに40年近く。60歳を迎えた今も現役のジャーナリストとして、キャスターとして、番組を牽引し続ける安藤優子さん。稀有な存在として、激動のテレビ界を生き抜き、つねに凛とした輝きを失わない、そのぶれない生き方とは……。
安藤優子さんが語る、しなやかに働くということ
静まりかえったスタジオに、安藤優子さんの第一声が響き渡ります。平日、13時45分、生放送番組『直撃LIVE グッディ!』がスタート。番組を担当して4年。情報番組をもったのは初めてでした。
「ずっと報道番組を続けてきた私が、なぜ情報番組に関わったのか。理由は新たなチャレンジができる、これはひとつのチャンスだと思ったからなんです。ニュースに優劣はない、というのがこの仕事を始めてからの私の考え方でした。
時事ネタも芸能人の離婚も同列。視聴者が見たいと思っていることをやりたい、伝えたいという姿勢でやってきて、新たに始めるかぎりは報道、情報と線引きを越えた、さらに活きのいい、ここでしか見られない番組をつくりたいと。胸が高鳴りました」
そう快活に語る安藤さんからは、真っ直ぐで熱血な人柄が伝わってきます。
報道だけでは伝わらない人間の、生々しい営み、体温を届けたい
「報道は昔から5W1Hといった四角四面なことしか放送しないことが多いんです。でも私はそこからこぼれ落ちる、人間の、もっと生々しい営みのような部分をいつも捉えたかった。単なるニュースではなく人間そのものをクローズアップしたい、体温を伝えたいと思って長年、現場を踏んできたんです」
その原点を尋ねると、おかしそうにして「究極の野次馬根性なんですよ、きっと。でも野次馬って人間が好きだってことなんだと思うんです」と答えた。
「高尚なジャーナリストの志とかではなくて、自分の目でだれよりも最前列で見たい! 1ミリでも近づきたい。その驚きとか、真実を真っ先に伝えたい気持ち。今でもパトカーなどを見かけると、息せき切って警察官に『何かあったんですか!』と尋ねてしまう(笑)。きっとおせっかいな性分なんですね。
この間、中学校の“還暦同窓会”なるものがあったのですが、私がおせっかいだったよという話が出て、どうやら昔からそうだったみたいです(笑)」
思えば長い闘いを続けてきたそう。大学時代からテレビ業界に関わることとなり、まず“男性中心の社会”から強烈な洗礼を受けました。華のある若い女性レポーターの登場に、局の男性スタッフらは態度は辛辣。「女を売り物にしたってすぐに消える」。
「派手で生意気だと批判の嵐でした。でもある意味、男性社会の真っ当なアレルギー反応を引き出してしまったんですね。これまで先輩の女性アナは、男性が安心する枠の中で闘わざるをえなかった。私自身も、ときに自分が悪いのかと責めもしたんです。もうだめだ、辞めようと思ったこともある。でも、できないで辞めるのは不様だと思ったんです。
とにかく目の前にある現実を掘削して、自分の居場所をつくるしかない。(男性の)あなたが寝袋に寝るなら、私は地べたに寝てやる! 結果を出すしかないと。でも結局はあのころ罵倒されたのがよかったのかもしれません。違う場所で勝負すると覚悟できたから」
思い込むと「真っしぐら。ほかが見えなくなる性格」だという。体当たりの取材が始まり、国内外で多忙を極め、休学せざるをえなくなったそう。
「今、本音を聞きたい、伝えたい、それだけでした」。そうやって、安藤優子という“場所”を確立していった。そしてそれを先に支持したのは同性の女性たちだった。やがて安藤さんに大きな転機が訪れる。フィリピン政変を追い、ギャラクシー賞個人奨励賞(1986年)を受賞したときだ。
「初志貫徹したと思いました。でもひと息ついたとき、本当にこの仕事が好きなのか、意地でやってきただけではないか、と自問自答が始まったんです」
導き出した結論は「大学に戻って学びたい。一回、テレビから離れたい」という選択。28歳になっていた。「仕事を始める前は、国際関係論や戦争論などを学んでも机上の空論でしたが、歴史的現場に取材に行かせてもらったことで、教科書に書かれたことが急激に立体として立ち上がった、自分が何を見て何を体験してきたのかがわかったんです。そして、これまでのあらゆる出会いに感謝の念が湧いて出ました」
「復学中、ある意味、人生がリセットされたのでしょう、いい時間でした。あの日々がなかったら、今の自分はなかったかもしれない。皆さんにもおすすめしたい、1回キャリアを辞めてみること。生きていくなかでそんな柔軟性もあっていいと思うんです」
卒業し、テレビに復帰後は、前にも増して精力的に現場へと飛んだ。アパルトヘイトが解かれた南アフリカの緊張下で、SPに囲まれた白人大統領に駆け寄ってマイクを向けた。危険な戦地を巡り「水のない場所」での逗留では、髪をバッサリと短く切った。「ただ目の前にある現実と向き合った」年月。安藤さんのなかで、再び学びへの意欲がつのっていきました。
47歳のとき、母校の大学院に入学。仕事をしながら通い続ける。「昔から、つねに何かを学んでいないと不安になってしまうんですよ」
今に安住せず、さらに高みを目指し、アップデートしていく。この真摯さこそが安藤さんなのでしょう。その軸はぶれることがありません。3年で修士号を取得、その後5年で博士課程を修めて、現在博士論文を執筆中。
その信念を貫くために緩急の時間をもつ。家では“素”に還り、愛の泉に浸る
そしてもうひとつ、大切にしているのが私生活。「テレビの世界は、ある種、現実とかけ離れている場所です。ニュースや情報を伝えている人間が、社会と密着していなかったら真実を伝えられない。テレビって正直で、その人間の一瞬の素を映すんですよ。嘘は見抜かれるんです。私はごく普通に暮らす生活者のひとりですし、仕事を離れたらつねにフラットでいようと心がけています。まったくの名無しのごんべえでいる時間が必要なんです」
例えば、大好きだという、フレンチブルドッグの愛犬と過ごすかけがえのない時間。「この存在にどれだけ癒やされることか」。2匹について話すときは目尻が下がり、仕事現場で見る彼女の姿はありません。
心と体を解放するかけがえのない時間。また明日、カメラの前に立つために
「料理も好きで、家にいる時間のほとんどはキッチンで過ごしています。たくさんの野菜をひたすら集中してきれいに切る。そういう地味な作業をすることで、忙しい仕事との、精神的なバランスがとれるというのでしょうか。常備菜として冷蔵庫にしまうときは、もはや自己陶酔するくらい幸せ(笑)」
読書も好きで、みずから「活字中毒です」というほど本は欠かしません。「夜は眠るぎりぎりまで読みますね」
メディアという戦場に生きてつねに自分に課しているのは正直であれということ
社会の前線で、分刻みの人生を送り続ける。辿ってきたキャリアを、今あらためてどう思うのかを尋ねました。
「そうですね、キャリアって、初めからこの道で行く! という人は少なくて、とにかくやり続けているうちに積まれて自分のキャリアになる、いつのまにか生業(なりわい)になっていたと気づく、地味なものではないでしょうか。
ただ振り返ってひとつ残念に思うのは、働き方です。テレビの世界では年齢を重ねたキャスターの女性が画面に出る機会はない。このジェンダー格差の問題を、私は女性性を封印するやり方で、男に負けじと突貫小僧のようにして、自分の居場所をこじあけてきた。でもそのやり方が後進の女性にとってどうだったろうかということは、率直に反省しています。これはあらゆる職業でも同じでは。もう負のレガシーは引き継がず、女性が女性らしく堂々といられる働き方を見出していってほしいですね」
そして、とこうつけ加えました。
「テレビジャーナリズムは、体制や世間の評価を気にしすぎて迎合するべきではない、おもねるべきではないという信念はこれからもずっと変わりません。成熟した媒体として成立していてほしい。私は自分の言葉に責任をもって伝え続けていくだけです」
アメリカに、ダイアン・ソイヤーという名キャスターがいる。戦地をはじめ数々の現場をリポートし、60代後半までABCワールドニュースのアンカーを務めた彼女を「とても好きです」と言う。安藤さんもまた、わが国の女性キャスターの第一人者として、これからも未踏の地に立ち続けることでしょう。
安藤優子さんの頭の中をのぞいてみると? 今、私たちが知っておくべき、5つのQ&A
社会を見つめ、暮らしを見つめる安藤さんが、今こそ注目しているヒト、モノ、コトはいったい何なのでしょうか。読みたい本から、見つめるべきニュースまで、5つの質問に答えていただきました。
■Q1:働く女性におすすめの本を教えてください
「忙しく働く女性たちに、時事についての小難しい本をすすめるなんて野暮ですよね。ここで挙げたのは、疲れた頭を休め、違う視点をもたらす3冊です。
『歩道の終るところ』は、おおらかに、自分らしく生きるための示唆に富んだ詩集。眠る前に一篇読めば、心のコリがほぐれるはずです。『壊された夜に』は、美女が野蛮な男と恋に落ちるどんでん返しサスペンス。あまりにベタな展開に、頭は完全オフモード。どっぷりと女に浸れるので、パートナーのいない時間にぜひ一気読みを(笑)。『フェイクの…』は、政治家と精神科医の対談ですが、難しい話はひとつもなし。“なんか変だな”をひもときながら、今の政治を解説してくれる、とっておきの良書なんです」
『壊された夜に』 著=サンドラ・ブラウン
場末の酒場で発生した射殺事件。美しい女性経営者を殺すため、顔に傷のある殺し屋が差し向けられたはずが、彼は彼女を拉致して姿をくらます…。正体不明の男の目的は?一気読み必至のサスペンス。
『歩道の終るところ』 詩・絵=シルヴァスタイン 訳=倉橋由美子
『ぼくを探しに』『おおきな木』で知られる作家による詩集。安藤さんのおすすめは、25ページの「落としもの」と27ページの「いけません」。読む人の自由な解釈で豊かな想像が広がっていく名著。
『フェイクの時代に隠されていること』 著=福山哲郎、斎藤 環
当初のタイトル案は、『なぜ政治家は馬鹿になるか』。嘘をつきシラを切り通す人々が国会を騒がせ、貧困と格差が広がる社会で、なぜ安倍政権の支持率は高いのか。“フェイクの時代”のすべてを解き明かす。
■Q2:今、気になっている人物はだれですか?
「今、私が注目しているのが、高齢を迎えた女性。特に90歳を越えた女性たちが発信する言葉に魅力を感じていて。例えば佐藤愛子さんによる痛快なエッセイ『九十歳。何がめでたい』はベストセラーにもなりました。その昔、高齢女性といえば忍ぶことが美しく、“かわいいおばあちゃん”になることがよしとされました。それが今や毒舌ぶりを含めてその存在がリスペクトされ、支持する人々が増えている。これはすごいことだと思うんですよね。
だから今こそ、高齢の女性をかたっぱしから訪ね、じっくりと話を聞いてみたい。今の時代の変化とはまた違う、激動のうねりのなかで何を感じ、どう生き抜いてきたのか。その貴重なストーリーに耳を傾けたいんです」
■Q3:どんな社会貢献に関わっていますか?
「私自身、体を動かすことで不安が和らいだ経験があり、2012年に立ち上げたのが、『みんなで同じ風にあたろうプロジェクト』。うつ病など精神障害をもつ人と、医師、スタッフが一緒に走るランイベントで、昨年は自立支援活動の賞もいただきました。ほかにも世界の子供にワクチンを届けるNPO法人『JVC』にも関わっています。
さらに考えているのが、我が国における子供の貧困問題。食材があふれるこの日本で、ご飯が食べられない子供たちが多くいる。この事実に私たち世代が責任をとるべきだと思っているんです。今の社会は自己責任論が過剰で、気軽に『助けて』が言えなくなっている。その風潮や意識含め、状況を変えていきたいと考えています」
■Q4:2019年、私たちが注目すべきニュースは?
「これは、ずばり『改元』でしょう。今、“平成最後の…”などとコピーをつけたフレーズがあふれていますが、そんな軽い話ではありません。同じ時代に生きる我々全員が平等に体験する、あまりに大きな節目なんです。元号が変わるということは何を意味するのか。生前退位なさるという決意がどれだけ重大なものなのか。さらに天皇とは、皇室とはどうあるべきなのか。それらについてもっと一人ひとりがしっかり考えるべきなんです。
2019年4月30日、そして5月1日。この2日間は単純に月をまたいだ当日と翌日ではありません。そこにはくっきりと太い境界線がある。今からでも遅くありません。改元について、じっくりと思いを巡らせてみませんか」
■Q5:2019年、安藤さんが気にかけているニュースは?
「私が個人的に気になっているのが、トランプの独走をどこまで許すのか、ということ。彼が事あるごとに主張する『自国第一主義』を皆が押し通したら、世界はどうなってしまうのか。崩壊してしまうのではないかと感じています。
それは=(イコール)戦争。今、この言葉をいちばん身近に感じているのはヨーロッパ、それもドイツの人々です。’05年からドイツ首相を務めてきたメルケル氏が、’21年の満期で職を退き、党首選にも出馬しないことを明らかにしました。旧東ドイツ出身で、戦争の悲惨さを身をもって知るメルケル氏がいなくなる。その恐ろしさとは…。安倍政権に慣れきった私たちこそ、真剣に考えるべきです。戦争は決して遠い話ではないのですから」
※掲載した商品はすべて税抜です。
※本記事は2019年1月7日時点での情報です。
- TEXT :
- 安藤優子さん キャスター・ジャーナリスト
- BY :
- 『Precious2月号』小学館、2019年
- PHOTO :
- 浅井佳代子(人物)、唐澤光也(静物)
- STYLIST :
- 押田比呂美(人物)
- HAIR MAKE :
- 水落万里子(山田かつら)、重見幸江(gem)
- WRITING :
- 水田静子
- EDIT :
- 本庄真穂、喜多容子(Precious)
- 衣装協力 :
- Theory luxe(リンク・セオリー・ジャパン)、ウノアエレ ジャパン、アノア(リビアナ・コンティ)、アルテミス・ジョイエリ、トラデュイール