ここは銀座でも名門とされているバー。俺
はバー慣れしたいと思い、時々無理して通っ
ている。頼むのは安いものばかりで今日はウ
イスキーだ。
 カウンターの奥にひとり座る男はバーでは
珍しい着物姿だ。年齢六〇代だろうか、ぴん
と伸びた背、顔は上げるでなく、うつむくで
なく、左手は軽くウイスキーグラスに添え、
右手はぴたりと横置きした扇子に触れるか触
れないか。端然たるたたずまいは絵になり、
その円熟した気品は、誰しも隣に座るのをた
めらうだろう。
 俺はバーテンダーに、どういう方かそっと
聞いた。
「歌舞伎の○○○○丈です」
 ああ、あの人。先日の新聞に、十代目を息
子に譲り、自分は上の大名跡を襲名したと出
ていた。絵になるはずだ。
「飲んでいるのは?」
「グレンモーレンジィ シグネット」
 いつもこれを一杯ゆっくり味わい、待たせ
た車で帰られるそうだ。
「飲んでみますか?」「高いんだろ」「高い
です」
 普通の三倍はする。しかし彼は言った。安
いのを三杯お代わりするのと同じ。若い時は
それでよいが、高級な一杯を時間をかけてじ
っくり味わうのもウイスキーの愉しみと。
「特別に半分もできます」と言われ、これも
勉強と注文して置かれたグラスがすばらしい。
「最高級のバカラです」
 おそるおそる口もとに運ぶと、すでに香り
が全然ちがう。安ウイスキーの刺すようなツ
ンではなく、微かにチョコレートを感じると
ろ味のある香りをそっと含むと、シナモン香、
乾いた果実香、モカコーヒーのような苦味も
やや。絹の舌触りに含む味を探ってゆく時間
の長さ。
 俺は初めて葉巻を吸った時を思いだした。
それは紙巻煙草とは全く別物だった。「アロマ」
とはこういうものか。
 そして翻然と気づいた。奥に座る歌舞伎役
者と同じだ。名門に生まれて否応なく芸を叩
き込まれ、先代と比較される重圧に耐えなが
ら年月をかさねてきた人だけが辿りついた深
い気品と色気だ。
 その方にこのウイスキーはまことにふさわ
しく思えた。 


グレンモーレンジィが堪能できる、今宵のおすすめバー

グレンモーレンジィ シグネット

 1843年、スコットランド・ハイランド地方の海岸沿いの小さな町、テインで生まれたグレンモーレンジィ シングルモルト・スコッチウイスキー。スコットランド産の大麦のみを使用。最高級のオーク樽で熟成、“テインの男たち”と呼ばれる熟練の職人たちの技で丁寧に仕上げられた 「完璧すぎる(Unnecessarily Well Made)」ウイスキーは、伝統と最新技術を融合させるパイオニアとして高い評価を受けている。そんなグレンモーレンジィの特徴であるフルーティーでフローラルな風味は、スコットランドで最も背の高いポットスチルで生まれている。 

 さて、今宵の一杯は、完璧なバランスでウイスキー初心者から愛好家まで多くの人に愛されているグレンモーレンジィのラインナップから、最高傑作との誉れも高い、シグネットを。 

 長年の研究から産み出された、チョコレートモルトを使用するなどの独自の製法は、さながらベルベットのような、柔らかいアロマと舌触り、時間を追うごとに芳醇に変化していく味わいが特徴だ。この唯一のフレーバーを持つウイスキーを、あえてオン・ザ・ロックで愉しむ贅沢を、銀座の名バーで経験したい。

 日本のオーセンティック・バーは、現在、質・量共に世界最高峰のレベルに達していて、その名声を聞いた諸外国からの訪問客も後を絶たない。分けても東京・銀座は、いずれ劣らぬオーセンティック・バーの激戦区である。その中で、ザ・ハミルトングループとして3店舗を構え、新世代の銀座を代表する1軒が、THE HAMILTON 龍神だ。 

 銘醸ウイスキーのほどんどが揃うこの店にあっても、やはり、グレンモーレンジィの人気は高く、その最高峰、グレンモーレンジィ シグネットの指名率も高い。 

 これほどのウイスキーをストレートで飲むのも、もちろん良いのだが、銀座のバーはモルトウイスキー談義をするためにだけあるのではない。大人の鷹揚をもって、オン・ザ・ロックを手元に置き、柔らかく花開くアロマに一時を忘れる。そんな余裕こそ相応しい。  

THE HAMILTON 龍神

 銀座に3店舗を構えるザ・ハミルトングループの3号店。和のテイストでデザインされたインテリアが、日本の、そして銀座の奥座敷という無二の風情を醸し出す。名バーの競う銀座では、供される酒のレベルは当然の前提。賓客を迎える店の格はVIPの審美眼に晒される。 

 また、この店はフードが充実しているのも嬉しい。最高級のバーでありながら、きちんとした厨房をしつらえ専任のシェフを置く。定番のかみこみ豚のカツサンドを始め、夜の遅い銀座族にもうれしい一品料理が揃う。 
鍛えられた「一流」の佇まいの中に身を置き、グレンモーレンジィ シグネットのオン・ザ・ロックを片手に、陶然とした時間を過ごされたい。 

~ tonight’s bar ~

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この記事の執筆者
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家。著書『日本のバーをゆく』『銀座の酒場を歩く』『みんな酒場で大きくなった』『居酒屋百名山』など多数。最新刊『酒と人生の一人作法』(亜紀書房)
PHOTO :
西山輝彦