作品のテーマの根底にあるのは「青い地球との調和と平和」と語るのは、国内外で書家として、アーティストとして活躍する岡西佑奈さん。現在、彼女が幼いころから個人的に続けてきた活動「海の豊かさを守っていくこと」をテーマにした「岡西佑奈アートプロジェクト‘真言’〜Return to True Blue〜」が、東京・日本橋三井タワー1Fアトリウムで開催されています。そこで、今回のプロジェクトへの思いを伺いました。
海洋汚染をアートで伝える、「海の豊かさを守っていくこと」がテーマの展覧会
——この企画展はいつごろから計画されていたのですか。
昨年の秋くらいからです。幼いころから私が大事にしてきた「海の豊かさを守っていくこと」という思いが強く、皆様と一緒に考えられる場があったらと思っていました。
今回は海をテーマに、人間の行き過ぎてしまった欲望をもう一度思い起こすべきだ、というメッセージを伝えたくて、“真実の言葉”を書いた上に人の行き過ぎた欲望を書いた「真言」という新作を創りました。
海の青さをベースに、「般若心経」の一番最後の「羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)波羅羯諦(はらぎゃてい)波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)菩提薩婆訶(ぼじそわか)」という言葉を延々と繰り返し書いています。
この最後の一文は般若心経のなかでもとても大切な一文です。訳すと言葉としての力が弱まってしまうため訳さずに唱えます。私は幼いころからお守りのように唱え、書いていました。
——なぜその言葉を書きたいと思ったんですか。
人間の心の奥底に眠っている心象を描きたいと思い、般若心経の一部を書いているという感じです。
私が幼いころからずっと感じていたことなんですが、人はオギャーと生まれて数年間はものすごく純粋に素直に物事を受け入れたり、自分の言葉を発したりしているのに、次第に見栄やプライド、自分をこう見せたいといった変な欲のようなものが出てきて、自分のうちにある本当の言葉がどんどん見えなくなっていくような、塞いでいってしまうような感覚がありました。
そのすごく不思議な感覚を書きたいと思いました。
——真言モニュメントの般若心経の上に載っている文字は何と書いてあるのですか。
「生」きるです。それは人それぞれの生き方であり、それが真実の言葉を見えなくしてしまっている、ということを伝えたいと思いました。
テーマの海への思いは子供のころからありました。私は子供のころアトピーがひどく、世の中に売っているものが体に合わなかったそうです。そのためお酢でリンスをするとか、歯磨きは茄子を焦がしたものでするとか、とにかく自然なものしか使えませんでした。
母は私のためにアトピー関連について独学でものすごく勉強し、到達したことは、人間の体にとってマイナスなことはすべて海とつながっている、海を汚さないことが人間の体にも良いことなんだということでした。そのため小さなころから私は母から「海を汚さないようにしようね、今はこういうことが起こっているんだよ」といったことをずっと教えてもらっていたんです。
そんななか、中学3年生のときに初めて見た、頭はふたつで体がひとつのイルカの写真に衝撃を受けました。人間の行き過ぎてしまった欲望が海をどんどん汚染してしまっているという証拠に見えました。当時は今ほど海洋汚染が騒がれていませんでしたが、そのとき、私はすごく責任を感じてしまったんですね。そこから個人的にエコバッグを持つといったことを始めました。
——般若心経の最後の一文「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」は18文字。作品の文字は同じ大きさで、しかもまっすぐに書かれています。定規などを使うわけでもないのにどうやって書いているのですか?
これは本当に鍛錬なんです。書道は書くときにそこだけを見ているのではなく、書きながら全体を俯瞰しながら見ている。つまり、2点で見ているんです。書道の練習を「臨書」といいますが、古典作品のお手本を見ながら技術を習得したり、真似て書くことによって作品の本質を感じ取ったり。
例えば、6文字を和紙の中にどう書くか。1文字を見ている自分と、和紙の中に入り込んで一線一線を見ている自分の両方がいるんです。何文字くらいでどんな字体で書くか、全部体に染み付いている2点の感覚で書いています。
——作品の1行に入る文字の数は全部同じなのですか。
数は数えていませんが、まっすぐの感覚や文字の大きさ、バランスはこだわっています。18文字を繰り返し書いていますが、同じ文字は書いていません。意識的に文字に違いを与えているんです。
特に、行間の前後左右の近いところは変化をつけるようにしています。それは書の約束事でもあります。例えば、「之是」という文字は古書でよく使われますが、さまざまな書を見ても「同じ字?」と思うくらい書体を変えています。展覧会などで書を見る機会があれば、そういうところを見ていただくと面白いかと思います。
——円筒のモニュメントとなった真言作品の制作はどのように行われたのですか。
ベースの青は、和紙の上に色絵の具を何種類かつくっておいて、自分なりに考えていた海の色を即興で刷毛で塗っていきました。和紙はキャンパスと違って、絵の具を滲ませることができるので、塗って乾かして2度塗りするなどしながら1枚5時間くらいで制作しました。文字は1行にかかった時間は7分くらい。2時間弱くらいで一気に書きました。
言葉をゴールドにしたのは、生まれて一番純粋なときにもっていたキラキラした感覚をゴールドで書きたいという思いがあったからです。
——文字を間違えることはないのですか。
ないですね(笑)。キャンバスに書くようになってからは1発で書かなきゃいけませんから、すごい集中力と緊張感はあります。文字を書いているときは何も考えず「無」で集中しています。実は、「今この瞬間に生きる」ということも今回の伝えたいテーマでもあるんですよ。
水墨画を始めたことが、アーティストとしての飛躍の契機に!
——22歳で書家になろうと決心し、キャリアを積んできた岡西さん。書をアートにしていく新しい試みをしていきたいと思うようになったのは30代に入ってからだそうですね。
2012年ごろから水墨画を始めたのですが、そのときに書の枠を飛び越えた感覚になりました。
書の世界は2度書きをしませんが、水墨画は滲みの部分など上から墨を足していく。濃淡を出すのに上から重ねる。そこに書の枠を飛び越えた衝撃的な感覚がありました。それまで自分の思いを伝えることを重視していたんですが、書は文字そのものが完成されているので、例えば「美しい」という字を書けばそれだけでメッセージになります。水墨画を学んだことで、そうでないところで自分の思いをより乗せた作品にしていくことができるのではないか、と思ったことが私にとって書をアートにする始まりだった気がします。
こうして書をアートにして発信していくと、より漢字圏の境界なく、海外の方からダイレクトに反響をいただけるのも面白いです。
——今後の目標を教えてください。
私の作品のテーマの根底にあるのは「青い地球との調和と平和」です。作品を通じて一歩でも平和に繋がることを伝えることができればと思っていますし、それがミッションだと思っています。だから、作品を通じて思いを発信していくことが一番大事なことだと思っています。
結果アーティストとして、国境を越えて海外でも活動していければ、青い地球を守り、世界平和に一歩近づくように思えるので頑張りたいです。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター