(前回のおさらい)ひとり娘の中学受験が無事に終わり、そろそろ老後資金づくりを始めようと思っているアケミさん夫婦。マスメディアの報道によって公的年金に不信感を持っていたアケミさんですが、社会保険労務士の井戸美枝さんは「制度的にも、財政的にも、年金破綻の心配はまずない」といいます。

年金問題の本質は、年金そのものが破綻することではなく、これまでよりも支給額が減額していくこと。今後は、不足する老後資金を自分で補っていくことが求められますが、その時に最適なのが個人型確定拠出年金(iDeCo/イデコ)なのです」(井戸さん)

確定拠出年金は老後資金をつくるための私的年金で、今もっとも注目を集めている金融商品です。利用すれば税制優遇を受けながら老後資金を増やせる可能性もありますが、アケミさん夫婦はまだまだ住宅ローンや子どもの教育費も支払っていかなければなりません。日々の暮らしに必要なお金を確保しながら、老後資金も準備していくにはどうすればいいのでしょうか。

【前編】今さら聞けない「老後資金」の新しいつくり方

支給額が減額する年金。そのときあなたは?
支給額が減額する年金。そのときあなたは?

個人型確定拠出年金のポイントは5つ

個人型確定拠出年金(iDeCo/イデコ)は、毎月決まった掛け金を60歳まで積み立てて、そのお金を60歳以降に年金や一時金として受け取る制度です。

もともと国民年金に加入している自営業者、厚生年金に加入している民間企業の会社員が、公的年金にプラスして老後資金を増やすためにつくられましたが、法改正されて2017年1月から対象者が公務員や専業主婦などに拡大。日本で暮らすほぼすべての現役世代の人が、加入できるようになりました。

将来もらえる年金額があらかじめ決まっている「確定給付型」とは異なり、「確定拠出型」は毎月支払う掛け金の運用先は加入者自らが選び、運用成績しだいで将来の年金額が変わってくるのが特徴です。自分が選んだ金融商品が値上がりすれば、より多くの年金を受け取れる可能性が出てきます。制度の概要は次のようになっています。

 

【制度の概要】
1:利用できるのは日本で暮らす20歳から60歳未満の人。会社員や公務員で厚生年金加入していれば20歳未満でも加入できる(勤務先で企業型確定拠出年金に加入している人は、規約で個人型との同時加入が認められている場合のみ利用可能)。

2:原則的に最低10年の加入期間が必要。ただし、10年に満たない場合は、受給開始年齢を60歳以降にずらすことができる。

3:自分で掛け金を支払い、投資信託や定期預金などの運用先を選び、その運用益をもとに老後に年金給付を受ける。

4:掛け金の限度額は職業によって異なる。毎月の限度額は、自営業者(国民年金加入者)が6万8000円、会社員(企業年金なしの場合)が2万3000円、公務員が1万2000円、専業主婦(夫が会社員、公務員の場合)が2万3000円。※2018年から掛け金の限度額は、月単位から年単位に変更される。

5:掛け金の支払い時、年金の受け取り時などに税制優遇を受けられる。

 

あくまでも公的年金に自分で上乗せする私的年金という位置づけなので、加入するかどうかは個人の自由です。ただ、老後資金づくりを国が支援してくれる制度なので、ほかの金融商品より有利に運用することできるのです。

井戸さんは「確定拠出年金の最大のメリットは、①掛け金を納めるとき、②運用している間、③年金を受け取るとき、の3つの場面で税制優遇を受けられること」だといいます。

個人型確定拠出年金には3つの「税制優遇」がある

1:掛け金を支払うとき

加入期間中ずっと掛け金の全額が所得控除の対象になるので、そのぶん、所得税や住民税が安くなります。ただし、専業主婦で所得のない人はもともと税金を納めていないので、所得控除はありません。仮に夫が専業主婦の妻の掛け金を支払う場合も、夫の収入から所得控除をすることはできません。とはいえ、下記②、③の税制優遇は受けられるので利用する価値はあります。

2:運用している間

通常の投資では、運用して得た値上がり益や配当に対して一律20%の税金(プラス復興特別税0.315%)がかかります。確定拠出年金は、運用期間中に発生した運用益に対する税金が非課税になるので、その分も運用に回せて、より多くの老後資金をつくることが可能になります。

3:年金を受け取るとき

確定拠出年金は「退職所得控除」「公的年金等控除制度」の対象となるので、老後に年金や一時金を受け取るときにも税制優遇を受けられます。ちなみに、生命保険会社などで販売されている個人年金保険は、この制度の対象になっていません。

では、実際にどのくらいの税制優遇を受けられるのか、アケミさんとケンジさん夫婦が「60歳までの15年間掛け続けたケース」で試算してみましょう。

「夫婦で60歳までの15年間掛け続けたケース」

夫婦で確定拠出年金を運用すると?
夫婦で確定拠出年金を運用すると?

●アケミさん(45歳)/会社員(勤務先に確定拠出年金がない)・年収500万円(課税所得233万円)

・掛け金の限度額:月2万3000円

・15年間の積立金総額:414万円。

・運用益(3%で運用できた場合):108万372円

・積立中に節税できる税金:1年では5万5200円、15年では82万8000円

・運用益の非課税効果:15年間で21万6074円

 

●ケンジさん(45歳)/公務員・年収700万円(課税所得367万円)

・掛け金の限度額:月1万2000円

・15年間の積立金総額:216万円

・運用益(3%で運用できた場合):56万3672円

・積立中に節税できる税金:1年では4万3200円、15年では64万8000円

・運用益の非課税効果:15年間で11万2734円

※日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社(JIS&T)が提供するiDeCo〈イデコ〉(個人型確定拠出年金)のまるわかりサイトの節税メリットシミュレーションより。

 

アケミさんとケンジさんが確定拠出年金に加入した場合、15年で約180万円の税金を節約できて、約794万円の老後資金をつくることができるのです(3%で運用できた場合)。

「住民税は課税所得に対して一律10%ですが、所得税は累進課税なので所得が高いほど税率が高くなり、納める税金も高くなります。確定拠出年金は、収入の多い富裕層ほど節税効果も大きくなるので、利用しない手はありません」(井戸さん)

確定拠出年金には税制優遇のほかにも、次のようなメリットがあります。

個人型確定拠出年金の「税制優遇以外のメリット」とは

A:運用コストが安い

通常、投資信託を購入すると、預けたお金から購入手数料、運用期間中に信託財産から支払う信託報酬などの運用コストが差し引かれます。ところが、確定拠出年金で取り扱っている投資信託の場合、購入手数料はかからず、信託報酬も低く設定されています。その分のお金を運用に回せるので、一般的な投資信託を利用するよりも老後資金を増やせる可能性が出てきます。

B:勤務先が倒産しても減額されない

企業がまとめてお金を運用する確定給付型の企業年金などは、勤務先の会社が倒産すると大幅減額される可能性があります。一方、確定拠出年金の場合は、加入者が支払った掛け金を個人の口座で運用するので、企業の業績などに影響を受けることがありません。

C:転職しても続けられる

老後資金づくりは、少しずつ長く続けることが大切です。2017年1月以降に加入した確定拠出年金は、転職や退職したり、公務員や専業主婦になっても加入し続け、運用を継続することできます。

会社がなくなっても、転職しても続けられる
会社がなくなっても、転職しても続けられる

口座管理手数料、信託報酬をチェック。運用コストの安い金融機関を選ぶ

確定拠出年金には元本保証の商品も用意されています。ただ、ここ数年続いている超低金利のもとでは定期預金の利息は期待できません。確定拠出年金には管理コストがかかるので、元本保証ではなくてもリターンの期待できる投資商品を利用しなければ、利用する価値が半減してしまいます。

そこで、考えたいのが有利に運用するための金融機関の選び方です。ポイントは、①運用商品の品ぞろえ、②運用管理コスト、③口座管理手数料の3つです。

「運用商品の品ぞろえの面では、自分が利用したい投資信託を取り扱っている金融機関を選ぶのが大原則です。とはいえ、投資の初心者だと、そもそも何に投資をすればいいのか見当もつかないこともあるでしょう。品ぞろえは多いほうが選択肢は増えますが、多すぎると選ぶのも難しくなります。日本と世界の株式や債券、不動産、コモディティなど、異なる資産クラスに投資する複数のインデックスファンド、複数の資産クラスを組み合わせて運用するバランス型ファンドが用意されていれば大丈夫。取扱商品がわかりやすい金融機関を選ぶようにしましょう」(井戸さん)

運用期間中にかかる信託報酬などのコストの安い投資信託のほうが、そのぶん、運用に回すお金を増やせます。また、確定拠出年金は、銀行、証券会社、保険会社などが『運用管理機関』として運用の代行をしています。口座管理手数料は、口座を維持するのにかかる経費で金融機関ごとに差があります。月々の運用商品の買い付けは、月間の口座管理手数料を差し引いた残金で行われるので、これが安いほど買い付けられる口数が増えて有利に運用できます。

その他のライフイベントも考慮し、無理のない範囲でコツコツ続ける

老後資金づくりにさまざまなメリットがある確定拠出年金ですが、利用にはいくつか注意点もあります。

確定拠出年金は、公的年金では不足する老後資金をつくるために国が支援する制度です。だからこそ、大きな非課税制度も設けられています。そのため、利用できるのは公的年金を100%支払っている人だけです。会社員や公務員は勤務先で保険料が天引きされていますが、自営業者の人で国民年金保険料を滞納していたり、免除を受けたりしていると利用できないので、確定拠出年金に加入したいなら、まずは国民年金を支払う必要があります。

また、積み立てたお金は60歳になるまで引き出すことができず、途中でやめることはできません。たとえ積み立てを中止していても、その間の口座管理手数料や信託報酬などの運用コストもかかります。とはいえ、確定拠出年金はもともと老後資金をつくるためのもの。簡単に引き出せないもののほうが、貯める目的にはあっています。

「たとえ、途中で積み立てを中止することがあったとしても、その間は積み立てが増えないだけで、とくにペナルティはありません(口座管理手数料は必要)。反対に若いうちから確定拠出年金をはじめれば、時間を味方につけることができて、老後資金を増やすことができるのです」(井戸さん)

とはいえ、人生にはその時々のライフステージに応じて必要になるお金もあります。老後資金ばかりに貯蓄を割いてしまうと、教育費や住宅費などが足りなくなって、金利の高いローンを借りることにもなりかねません。

「アケミさん夫婦のように、子どもの教育費や住宅ローンの支払いなど、ほかに優先するお金がある場合は、収入と支出の割合をみながら確定拠出年金の積立額を決める必要があります。また、転職を控えていたり、自営業で収入が安定しないといった人も、毎月の掛け金は少し抑え目にしておいたほうが安心です」(井戸さん)

毎月の積立額は職業に応じて異なりますが、5000円以上、1000円単位で自由に決められ、年に1回変更できます。また、2018年からは掛け金の限度額の枠が、月単位から年単位(1月~12月までの暦年ベース)に変更されます。たとえば、企業年金のない会社員の場合、年間27万6000円が限度額になります。もちろん、毎月同じ額をかけてもかまいませんが、ボーナス月などに掛け金を多めにしほか他の月は少なめにしたり、ボーナスで一括払いできるようになります。

安定した現役世代のうちに
安定した現役世代のうちに

「国の年金が破綻することはまず考えられませんが、今後は公的年金だけで老後資金を賄えるかというと、それは難しいと言わざるを得ません。でも、安定した収入のある現役世代のうちに、少しずつ積み立てておけば、不足する老後資金は用意することが可能です。それには税制優遇を受けられる確定拠出年金の利用が最適です。その他に必要な教育費などの支出も考慮しながら、無理のない範囲で始めてみましょう」

井戸美枝さん
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー
(いど みえ)公的年金をはじめとする社会保険に精通し、厚生労働省の社会保障審議会企業年金部会の委員も務める。新聞や雑誌、ネットサイトでの連載、またテレビやラジオ出演、講演などを通じて社会保険制度や資産運用、ライフプランについてアドバイスしている。「難しいことでもわかりやすく」がモットー。『ズボラな人のための確定拠出年金入門』(プレジデント社)、『知ってトクする年金の疑問71』(集英社)など著書多数。近著の『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる』(集英社)が好評発売中。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。