一度は旅立った出身地・関西に戻り、家業を継ぐ決意をした女性。関西に魅せられ、移住することを選んだ女性。関西を拠点に、国内外で活躍する女性たちの生き方を綴る連載「~京都、大阪、神戸~ 彼女たちの三都物語」、3人目は大阪を拠点に活躍中の料理家、吉田麻子さんに話をうかがいました。

40歳を越えてから本格始動したスロースターター

2017年4月には著書『3日で2キロやせる おいしい塩なしレシピ』を発売。過去にはAKBのおせちを監修するなど、多岐にわたる活躍を見せる吉田麻子さんですが、実は本格的に料理家として活動を始めたのは、40歳をすぎてからだそう。

料理を学ぶのが楽しくて仕方がなかった20、30代

「父親がすごく厳しくて、大学時代は門眼もあり、バイトも禁止で。卒業後も、すぐお嫁に行くのだから就職はせず、お稽古事をやっていてたらいいと言われたんです。それで、そのころから食べることが好きだったので、いろんな料理教室に通うようになったんです。そうしているうちにもっと料理を深く勉強したいと思うようになり、当時、神戸・ハーバーランドにあったル・コルドンブルーで1年間、フランス料理を学びました。

卒業するころには、フランス料理を毎日食べるのはしんどいし、日本人なんだから日本料理を極めたいと思うようになり、日本料理だけを集中して学べる1年制の辻日本料理マスターカレッジに入学しました。そのときはいつか料理教室を開けたらいいな・・・と、漠然と思っているぐらいでした。なので、辻日本料理マスターカレッジ卒業後、一度は普通に会社務めをしてみたいと思って、2年ほど広告代理店で派遣社員として働きました。

その後は、ニューヨークやサンフランシスコに料理留学に行ったり、のんびり過ごしていました。32歳になり、調理師免許も欲しいし、もっと専門店的な知識や高い技術を学びたいと思って、再び辻調理師専門学校に入学しました。プロの料理人を目指す10代の若者と一緒に、朝から夕方まで実習や講習がみっちり! 今思うと、この1年間が人生で一番勉強した時間でしたね」。

レシピ本の出版を機に開けた料理家としての道

「辻調理師専門学校後、ここまで料理の勉強をやってきたんだし、せっかくだから・・・と思って、友人や知り合いに自宅で料理を教え始めたんです。それから口コミで生徒さんが少しづつ増えてきて。生徒さんの中にたまたま出版社勤務の方がいらして、そのご縁から、今から5年前に料理本を出すことに。それまでも料理教室を主宰していましたが、料理家としてやっていく自信や覚悟もなかったんです。でも、本を出すために、レシピやスタイリングを考えたり、撮影を進めるうちに、自分にスイッチが入りました。



東京のお知り合いの方からお声掛けいただき、東京教室もスタートすることになり、雑誌や新聞へのレシピ提供や企業の商品開発の依頼も増えてきました。2014年には大丸松阪屋から売り出す『AKBコラボおせち』の監修を任せられることになったんです。これは、関わる人の数も多く、ミーティングを何度も重ねたり、テレビでのプロモーションもあったり、勉強になりましたね」。

20代、30代に学んだことを糧に、40歳をこえてから、本格的に料理家としてスタートを切った吉田さん。次回は吉田さんの仕事に対する想いをうかがいます。

>>【第2回】知人への料理レッスンが「予約の取れない料理教室」になるまで

PROFILE
吉田麻子(よしだ・あさこ)さん
大阪生まれ、奈良・学園前在住。「吉田麻子料理教室」主宰であり、大阪、東京で日本料理の教室を行うほか、企業の商品・メニュー開発、雑誌・新聞、WEBへのレシピ提供、TV出演など、活動は多岐に渡る。
http://www.asakoyoshida.com/

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この記事の執筆者
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クレジット :
撮影/香西ジュン 文/天野準子