相続トラブルから家族を守るために、「遺言書」にたった一言書けばよい言葉とは?

「相続トラブルなんて、私には関係ない」。

ナツコさん(65歳)も、そう思っていたひとりでした。でも、今年のお正月明けに最愛の夫・ケンゴさん(享年・65歳)を亡くしたあと、これまでほとんど会ったことのない姪のワカナさんから遺産を請求されて、その「まさか」が起こったのです。

高校の同級生同士だったナツコさんとケンゴさんが結婚したのは40年前。いくつになっても恋人同士のような夫婦でした

ケンゴさんは、ナツコさんとふたりで暮らした家に加えて、預貯金3000万円ほどを残していましたが、これらは年金生活となったナツコさんの生活を支えるために必要なものです。何より、ナツコさんは、「姪とはいえ、ほとんど交流もなかったのに、突然、遺産を請求されるのは納得できない」と言います。

しかしながら、民法では、被相続人(亡くなった人)の遺産を相続する権利を法的に認めた相続人の範囲、優先的に相続できる順位、相続できる割合を定めています。

ナツコさんとケンゴさんの間に子どもはなく、ケンゴさんの両親も、年の離れた姉もすでに他界しています。こうしたケースでは、姉の子どもが法定相続人になると民法では定めています。そのため、遺産を相続する権利をもつ法定相続人全員で、遺産分割協議を行い、財産の分け方を話し合って決めなければいけません。

ケンゴさんの姪のワカナさんは、この民法上のルールを盾に、「自分にも相続権がある」と主張してきたというわけです。ワカナさんの主張を無視することはできず、ナツコさんは遺産分割協議に応じないわけにはいかないのです。

でも、ケンゴさんが「遺言書」を残していれば、ナツコさんはワカナさんの主張を退けることができました。

この後編では、前編(遺言、どうしていますか?)に引き続き、『自分でできる相続税申告』(自由国民社)などの著書があり、相続問題に詳しい税理士の福田真弓さんに、遺言書を書く時の注意点について伺いました。

法的効力のあるおもな遺言書は「自筆」「公正」「秘密」の3種類

公正証書遺言

遺言書は「人生の最終の意思表示」で、その人の死後に起こる財産の分配方法や権利関係などについて、生前に自らの意思を表明しておくもので、法的効力があります。

「故人が遺言書を残していなかった場合は、遺産分割協議を行って、法定相続人全員の合意のもとに相続財産を分ける必要がありますが、遺言書があれば、原則的にその内容に従って相続手続きが行われます。ナツコさんのように、子どもがいないご家庭は、ぜひ遺言書を書いておいてほしいと思います」(福田さん)

そこで注意したいのが、遺言書の作り方です。

遺言書は、民法で定められた方式に沿って書かれたものでなければ、法的効力がありません。ビデオや録音テープによるものは遺言として認められておらず、たとえ故人が残した映像や音声があっても、トラブルを解決するものにはなりません。必ず書面で残しておく必要がありますが、たんにメモ書きしたものや、押印がなかったりするものも無効です。

法的効力のある代表的な遺言書は、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言の3つで、それぞれに要件が決まっています。

■1:自筆証書遺言

遺言者(遺言を残す人)が、自筆で作成するもの。従来は、遺言の内容を記す全文、日付、氏名を、遺言者本人が手書きし、押印する必要がありましたが、2019年1月13日から、自筆証書遺言の作成要件が緩和されて、従来よりも作成の手間が省けるようになりました。

保管場所は自由で、公証人の関与も必要ありませんが、亡くなった後の相続手続きを行う際には、家庭裁判所の検認が必要になります(ただし、2020年7月から始まる法務局の保管制度を利用すれば、検認は不要になります。詳細は後述)。

■2:公正証書遺言

公証役場にいる公証人が、遺言者の望む遺言の内容を、法的に整理して正確な文章にまとめて作成するもので、証人2名の立ち合いが義務づけられています。公証人の手数料はかかりますが、方式の不備で遺言が無効になる恐れがなく、家庭裁判所の検認も不要です。原本は公証役場で保管されます。

■3:秘密証書遺言

遺言の内容を、誰にも知らせずに作成する遺言書。遺言者が署名押印した書面を封印し、自分の秘密証書遺言であることを、公証人と証人2名以上に確認してもらいます。保管は遺言者本人が行い、相続手続きを行うときには、自筆証書遺言と同様に、家庭裁判所の検認が必要です。遺言の内容を誰にも知られたくないけれど、自分の死後、確実に遺言の内容が実行されることを望む場合に選ばれます。ただし、ほとんど利用されることはありません。

民法で定められた方式に沿って書かれた遺言書だけが、法的効力を持ちます

「決められた方式に則って作成されたものであれば、どの遺言書でも法的効力をもちますが、遺言を確実に実行したいならなら、②の公正証書遺言が安心です」(福田さん)

遺言書を書く目的のひとつは、トラブルを未然に防ぐこと。そのためには、「誰に」「何を」相続させるのか、法的に効力を発揮するように書いておく必要がありますが、専門家でもない限り、遺言書は人生にそう何度も書くものではありません。

不慣れな人が書いた遺言書は、記載内容が不正確になりがちで、せっかく書いても法的効力が認められないことがあります。

たとえば、土地には一筆ごとに地番があり、建物には家屋番号がつけられています。遺言書に相続財産として自宅の土地・建物を記載するときは、この地番や家屋番号で特定しておくのが望ましい方法です。住所だけでは登記を特定できないこともあり、遺言書の記載が不十分だと、相続登記ができないこともあるからです。

その点、公証人が作成してくれる公正証書遺言なら、正確な文章を残すことができます。とくに、相続財産に権利関係の複雑な土地があったり、財産の種類が多かったりするケースでは、公正証書遺言で遺言書を作成しておくようにしたいもの。

ただし、民法の改正に伴い、今年から自筆証書遺言の作成要件が緩和され、専門家を介在させなくても、比較的簡単に遺言書が作れるようになっています。

法改正されて2019年1月から、自筆証書遺言の作成が簡単に

「自筆証書遺言は、これまで本文、財産目録、日付、署名を、すべて遺言者本人が手書きする必要がありました。これが、2019年1月13日から作成方式が緩和され、財産目録はパソコンで作成したり、土地の登記簿謄本や銀行通帳のコピーを添付したりする形でも認められるようになったのです」(福田さん)

遺言書の本文、日付、署名は、従来通り、手書きする必要があり、財産目録はそれぞれの用紙に署名、押印が必要ですが、すべてを手書きしなければならなかった以前の方式よりは、かなり手間が省けるようになりました。

2020年7月10日から、法務局が自筆証書遺言を保管してくれる制度も開始

また、2020年7月10日から、法務局が自筆証書遺言を保管してくれる制度も始まります。自筆証書遺言は、せっかく書いても紛失してしまったり、保管場所を伝えていなかったために見つけてもらえなかったりして、故人の意思を相続に反映できないことがあります。また、一部の相続人が自分の都合のいいように遺言書を改ざんしたり、破棄してしまったりすることもあり、相続トラブルの一因となっていました。

「新たに始まる保管制度では、法務局に遺言書の原本と画像データが保管されるので、相続開始後、遺言書があるかどうかを検索できるようになり、一部の相続人による改ざんや破棄はできなくなります。また、遺言書の閲覧請求があると、相続人のすべてに通知され、家庭裁判所での検認も必要なくなります」(福田さん)

遺言書は「遺留分」を侵害しないように残しておく

遺言書を書く際に、注意しておきたいのが「遺留分」です。

相続手続きは、原則的に遺言書の内容に従って遺産の分割などが行われますが、その内容が相続人にとって理不尽に感じるものもあります。そこで、作られているのが「遺留分」です。

これは、遺言書の内容に関係なく、相続人が最低限の取り分を請求できる権利です。たとえば、相続人が子ども2人(長男、次男)いるのに、遺言書に「すべての財産を長男に相続させる」と書かれていても、次男は長男に対して、遺留分の侵害額請求をすることが可能です。

法定相続分(相続人の順位によって決められている遺産を相続する割合)が決まっているように、遺留分の割合も、相続人の順位によって次のように決められています。

配偶者がいる場合の、それぞれの順位の「遺留分」

【表】配偶者がいる場合のそれぞれの順位の遺留分

遺言書の内容が遺留分を侵害していても、その遺言書は遺言書としては有効です。でも、遺留分を侵害された相続人は、その分を現金で請求する権利があるので、あとあと揉める可能性が出てきてしまいます。遺言書は相続を円満に進めるために書き残すのが目的なので、遺留分を侵害しない形で書いておくのが鉄則です。

兄弟姉妹、姪甥は「遺留分」なし。遺言書があれば全財産はナツコさんへ

「ただし、ナツコさんのケースでは、配偶者以外の法定相続人は、姪のワカナさんだけです。もともと兄弟姉妹、姪甥には、遺留分は認められていません。ですから、ケンゴさんが『すべての財産を、妻・ナツコに相続させる』といった遺言書を書いておけば、ナツコさんはワカナさんの主張を退けることができました」(福田さん)

遺言書がないと、法定相続分の遺産の請求に応じないといけないけれど、兄弟姉妹・姪甥には遺留分がないので、遺言書があれば、ケンゴさんの遺産をすべてナツコさんに渡すことが可能になるのです。

財産のすべてを配偶者に相続させたいなら、財産目録にひとつひとつ財産の種類を列記する必要はありません。遺言書の内容もシンプルなので、自筆証書遺言でも、失敗なく残せる可能性が高いのです。

子どものいない夫婦は、ぜひ遺言書を作っておくべき

この一言の遺言書がなかったために、ナツコさんは相続トラブルに巻き込まれることになってしまいました。「うちの親戚に限って、まさかトラブルなんて」と思っても、その「まさか」は、いつだれに起こるとも限りません。ナツコさんのように、子どもがいない夫婦は、ぜひとも遺言書を残しておきたいもの。

ほかにも、「法定相続人以外の人に財産を渡したい」「おひとりさまで法定相続人がいない」「自分が亡くなったあと、障害のある子どもの将来が心配」「夫婦が内縁関係」「事業のために、長男に財産を多く配分したい」といった場合は、遺言書を書いておくことで、トラブルを避けられる可能性があります。

遺言書は、何度でも書き換えることが可能ですが、何通も出てきた場合は、遺言の種類にかかわらず、日付の新しいものが有効になります。お金はあってもなくても、トラブルの火種になります。ある程度の年齢になったら、遺言書を書いておくことも、家族で相談しておきたいものです。

福田真弓さん
税理士
(ふくだ まゆみ)1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティングに入社し、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立。現在は、勤務税理士時代の資産税の経験をもとに、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、テレビ出演の実績も多数。共著の『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』(自由国民社)は、累計75万8000部を突破。相続税申告のポイントをわかりやすくまとめた『自分でできる相続税申告』(自由国民社)も1万1000部のベストセラーに。

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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。