名古屋駅から電車で約1時間半、日本の中央に位置する岐阜県美濃市。市の中央を縦断する長良川は、生活に密接に関わりあいながら、大切にその清流が保たれてきた、守り神のような存在です。
そんな美しい水とともに育まれてきたのが、美濃市が誇る、ユネスコ無形文化遺産である「本美濃紙」。
埼玉県小川町、東秩父村の「細川紙」や、島根県浜田市の「石州半紙」とともに、「和紙:日本の手漉和紙技術」として登録されています。
大切に守られてきた伝統工芸品、「本美濃紙」
1300年の歴史を持つ美濃和紙の中でも、原料は楮のみ、伝統的な製法と製紙用具によるなどの、厳しい要件を満たしたもののみが「本美濃紙」と呼ばれ、その生産量は美濃手漉き和紙全体の、1割ほど。
江戸時代には高級障子紙として用いられたほど、白く美しく、日に透かしたときの優雅な風合いが特徴です。
高度経済成長とともに、和紙を生産する家が減少。その状況を危惧した地元の有志が、本美濃紙の伝統技術を絶やさず継承するための保存会(現在の名称は本美濃紙保存会)を結成し、技術の保存・伝承を行ってきました。
現在は6軒8名が保存会の会員ですが、多くの方がかなりのご高齢。10名の研修生を大切に指導しています。
和紙を漉いて70年、それでも「まだまだ一年生」と語る職人、澤村さん
本美濃紙保存会の会長を務めるのが、澤村 正さん(89才)。15才から美濃和紙作りに携わり、はや70年強。京都の迎賓館の障子にも採用された、本美濃紙を生み出す工房を見せていただきました。
本美濃紙づくりに使用する楮は、茨城県大子町産の大子那須楮。色合いや繊維が絡まりあう質感は、この楮でないと出ないそう。
しかし、この楮の産地も廃業が相次ぎ、生産を続けてもらえるように、本美濃紙保存会から働きかけをするなど、材料の確保にも一苦労。
この貴重な楮を水に浸し、煮てやわらかくし、残っている皮やごみなどを取り除く作業に、何日もかけます。この作業を丁寧に行うことで、理想の白さに近づけることができるのだそう。
こちらは「トロロアオイ」という植物の根。根から抽出される粘液が楮の接着剤のような役割を果たします。
澤村さんによると「トロロアオイは楮だけを絡ませ、木の粉やほかの余計なものは、絡ませない特性がある」とのことで、美濃和紙づくりには欠かせない材料です。
圧巻!澤村さんによる「流し漉き」
本美濃紙でとられているのは、「流し漉き」と呼ばれる技法。
トロロアオイを加えた楮の紙料液を、「簀桁(すけた)」と呼ばれる枠のようなもので汲み上げ、揺らすことで繊維を絡ませ、余分な水を流すことを繰り返します。
縦と横に交互に繊維を流すことで、縦にも横にも繊維が絡み、薄くてもムラがなく、とても丈夫な和紙ができあがるのが特徴。
紙料の粘度や繊維の絡み方は日によって違ううえ、漉いていくごとに、紙料の中の楮の濃度は変化していきます。
作業をしながら、理想の厚み、絡み方になるまで繊維の層を緻密に積み重ねるという、重労働かつ気の遠くなるような作業です。
この仕事を70年続けてなお、「先祖の技術に感謝」「私はただ伝承しただけ」「いくつになっても一年生です」と話す澤村さん。
そんな澤村さんのもとで修行し、現在7年目になるのが、横浜出身の寺田幸代さん。
その熱意ある取り組みにより、澤村さんも「もう8割、9割はできている」と太鼓判を押す腕前。自らの工房も立ち上げながら、楽しそうに澤村さんのもとで学んでいました。
「仕事には陰と陽がある。それでも常に暖かい気持ちを添えることが大切」という、澤村さんの言葉の響きを耳に優しく残しながら、工房を後にしました。
美濃和紙について学ぶなら「美濃和紙の里会館」
美濃和紙の歴史や文化について楽しく学べる、美濃和紙の里会館。日本全国でつくられている和紙の展示や、美濃和紙の伝統的な工法が、ジオラマで再現された展示室、暮らしの中での和紙の取り入れ方を提案する展示室など、さまざまな切り口で美濃和紙にアプローチ。
体験コーナーでは、¥500で手漉きに挑戦することも可能! 実際に挑戦してみると、上記の澤村さんの流れるよな動作が、いかに修行の積み重ねによるものか、実感することができるはず。
また、素人ながらも、自分で漉いた和紙への愛着もひとしおです。
「和紙」という切り口で美濃の地を味わうのは、日本の伝統文化を知る素敵な体験でした。
問い合わせ先
- 美濃和紙の里会館
- TEL:0575-34-8111
開館時間/9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料/大人¥500、小中学生¥250
住所/岐阜県美濃市蕨生1851-3
http://www.city.mino.gifu.jp/minogami/
- TEXT :
- Precious.jp編集部