初めてづくしの現場で得た、大きな手応えと新たな一面

ある種の到達点へ達した映画監督は、次に何を撮るのか。

デビュー以来、自分や社会の正義を押しつけるのではなく、「それぞれの人間の背景に横たわっているものを想像する」ことを一貫して描いてきた。そんな是枝裕和監督の新作『真実』は女優の母と娘の物語。パリを舞台にした初の海外作品で、生々しい台詞の数々に笑ったりドキッとさせられたり。過去の作品とは一線を画す。

主演は映画史にその名を刻む大女優カトリーヌ・ドヌーヴ。娘役をジュリエット・ビノシュが演じる。フランスの映画人さえしり込みする2大女優を起用した(ふたりは初共演!)是枝監督の挑戦作だ。

インタビュー_1,キャリア_1
是枝裕和さん

本作は「老女優」を通して「女優とは、演じるとは何か」が大きなテーマになっている。きっかけとなったのが、2011年に行われたビノシュと是枝監督の対談だった。

「印象に残っているのは、彼女の『(女優にとって)演じることは嘘ではない』というひと言。これは大きかった。『役者は命のないところに命を生み出す仕事だ』という話もおもしろいなと思って聞いていました」

是枝作品への出演を望む彼女のために新作を考え始めた。思いついたのが16年前に書いた舞台用の脚本「こんな雨の日に」。老女優が主人公の、楽屋を舞台にした物語だった。

「老女優のキャラクターはそのまま、ビノシュを娘にして母と娘の話に変えて、と考えていったら、70代の大女優でその国の映画史を背負ったような存在で、しかも今も現役でご活躍中の方がひとりいらっしゃる! 2015年のことです」

是枝監督にとってドヌーヴは、「年齢こそ違え、オードリー・ヘプバーンやマリリン・モンローに近い」アイコン的存在だった。

「自分にとっては現実味のない役者ですが、やっぱり特別な存在。ドヌーヴ世代の女優であれだけ意欲的に多くの作品に出て、いろいろな監督と組んでいる人はいない。

今回彼女がこの役この物語にぴったりだったということはありますが、どうせ海外で撮るならいちばん自分にとって遠い相手と組んでみようと思いました。そのほうがドキドキするんじゃないかと思ったんです」

どんな職業も経験値が高まれば「慣れ」も生ずる。自身のクリエイティビティを高めるためには、「冒険心が必要」なのだ。

「僕は自分で脚本を書き、編集も演出もするので、どうしても書ける人間が似てくる。すると物語も世界観も似てくるから自分に飽きるんです。

例えば、福山雅治さんは僕が好きに書いている物語の中では登場してこないタイプの役者です。たまたま福山さんの側から何か一緒にやりませんかと言われて、福山さんで書いてみたら、全然違う風景が見えてくる。それがおもしろいんですよ」

今回その鍵となったのがドヌーヴだった。出演する前提で会っているはずなのにプロットを読んでいない。打ち合わせで来たのにタバコを吸って帰る。そんなことが何度となく繰り返され、「ようやくやる気なんだなと思えたのは、ロングインタビューを終え、脚本ができてから」だった。

「今までと変わらず、ゆずれないところはゆずりませんでした」

インタビュー_2,キャリア_2
是枝裕和さん

初めてづくしの現場で苦労が多かったのではと尋(たず)ねると、「ゆずれないものはひとつもゆずらなかったから大丈夫」と即答。若手育成のために毎回つけている監督助手も2名入れた。現場で直すことは最小限に止めるようにといわれた脚本も、結果的には日本と同じように差し込みを朝に配るやり方に。

1日8時間、土日休みという労働時間に慣れるには少々時間がかかったが、「現場でのやり方は日本と同じようにできたのでストレスがなかった」と言う。

「街なかで映画撮影をしていても、それがフランスでは日常だった」

「毎回ドヌーヴが遅刻してくるから撮影時間は実質6時間半〜7時間なんですが(笑)、カット数で見れば日本と同じくらい撮れていた。フランスは恐ろしく撮影部の準備が早い。よくも悪くもフランスでは映画を撮ることが日常的なことなんです。街なかで映画を撮るとなると日本では大騒ぎだし邪魔にされますが、フランスではそれがありません」

本作は今年のヴェネツィア国際映画祭のオープニングを飾り、大喝采を浴びた。話を聞いていても是枝監督の顔に満足感が漂う。

「場所も言葉も日本とは違う。役者も技術陣もみんな初めましてだったので、すごく新鮮でした。しかも20年近くやってきて、これだけ主演女優に振り回されるのは、さすがに子役くらいしかいない。

今回は大きな子供がひとり(笑)。これだけ振り回されながらでも、自分が納得できる映画になっているし、ドヌーヴの魅力も引き出せたと思う。自分の新鮮な面が出たのではと思っています」


是枝裕和さんの素顔に近づく3問!

■Q1:自分の才能はなんだと思いますか?

「体力ですね。トレーニングはまったくしていませんが、丈夫なんです。地頭ならぬ『地体力』があると思います。とはいえ、以前に比べてだいぶ落ちてきましたので、これからが大変ですね。60代はどうしようかな(笑)」

■Q2:生まれ変わったらどんな職業に就きたいですか?

「ボクサーです。子供のころからボクシングが大好き。観るだけですが、大場政夫という選手が好きでした。テレビ放送のあるボクシングの試合は全部観ていて、海外から戻ってきたときに撮りためた試合をどう見るかがもう大変」

■Q3:あなたにとっての贅沢とは?

「ホテルの部屋を散らかすだけ散らかしてダラダラしていること。映画祭などでホテルに宿泊するときは、部屋に入るととにかく散らかして、自分の居場所にします。そこで何もしないときが『わぁ、贅沢だなぁ』って思うんですよ」

是枝裕和さん
映画監督
(これえだ ひろかず)1962年、東京都生まれ。1995年に『幻の光』で映画監督デビュー。2004年の『誰も知らない』で主演の柳楽優弥(当時14歳)がカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を獲得。2018年の『万引き家族』でカンヌ国際映画祭最高賞受賞。最新作『真実』は10月11日(金)より公開。Photo L.Champoussin(c)3B-分福-Mi Movies-FR3

※本記事は2019年10月7日時点での情報です。

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PHOTO :
岡本 俊(まきうらオフィス)
EDIT :
剣持亜弥・宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)
取材・文 :
坂口さゆり