急速に若年層にもユーザー数を拡大している「アドビ」の戦略とは? アドビ バイスプレジデントの秋田夏実さんにアドビの現在の戦略を伺いました
Adobe(アドビ)
箱売りからサブスクリブションモデル化、モバイルフレンドリーなアプリの開発で事業を拡大
――Precious.jp編集部(以下同)アドビ製品というと、Adobe Illustrator や、Adobe Photoshopなど、映像やデザインのプロが使う、素人には難しいツールというイメージがありますが?
Macなどで製作を行うクリエイティブのプロの9割が、弊社のソフト「Adobe Photoshop」を使ってくださっています。元来、アドビでは、量販店などを通じたパッケージの売り切り型販売を主としてきましたが、2011年に「サブスクリプションモデル」への移行を発表しました。月や年単位契約でのライセンス型モデルです。
――現在、広い層から御社の製品が支持されていると伺っていますが、サブスクリプション化したことが大きな理由なのでしょうか?
もちろんそれもありますが、「モバイルフレンドリーなアプリ」の開発を推し進めてきたことも、理由として大きいと思います。現在のアドビは「Creativity for all:すべての人につくる力を」という考え方で、プロだけでなく誰でも使えるツールを、と考えて商品開発を展開しています。
「考えていることを形にしたい」という人たちにとって、そのクリエイティビティに「翼を与え、サポートする」のが我々のミッション、使命だと思っているからです。
――「誰でも使えるツール」ということは、PCがなくても使えるのでしょうか?
お若い方はパソコンをお持ちでない場合もあるので、アドビはモバイルフレンドリーなアプリケーションをどんどん出しているんです。
先日、日本でも開催した「Adobe MAX Japan 2019」というイベントでも披露させていただきましたが、手元のスマートフォンやタブレット上で動く製品を、次々に開発しています。
その結果、新しい層のお客様にお使いいただけるようになり、近年、急速に裾野が広がってきました。もう、ものすごい加速度的にお使いいただいているのを感じます。中高生から「神アプリ」と称されるアプリも存在します。
――アプリの認知のために、御社ではどのような取り組みをされているのでしょうか?
まず、ひとつはコラボレーションですね。2019年11月の終わりに発表させていただいた、ハローキティとのコラボレーション、「ハローキティといっしょにHello! SDGsクリエイティブアイディアコンテスト」もそのひとつです。
このコンテストは、SDGs(国連が採択した持続可能な開発目標)をテーマにした、小中高校・大学生向けのアイデア作品コンテストです。
無料で始めることができる「Adobe Premiere Rush」や、「Adobe Spark」を使って作品を作っていただき、子供たちの「創造的問題解決能力」の育成に寄与することを目指しています。
また、『左ききのエレン』という、先日までTBS系列で放送されていたドラマでも、コラボレーションさせていただきました。このドラマをきっかけに、初めてアドビを知ったという方もいらっしゃいました。
また、有名人によるSNSやマスメディアによる情報の発信は、影響が大きいですね。
「Adobe Lightroom」というアプリケーションがあるのですが、それを桑田真澄さんの息子さんである、Mattさんが愛用してくださっていて。その他、著名人の方々の情報発信の効果もあって、従来であれば、アドビをご存知ではなかった方も、検索してきてくれるようになっています。検索サイトから、直接アドビのHPに来ていただくボリュームが、急激に増えているなと思います。
「子供たちのクリエイティビティの翼を広げる」ために、年額492円プランの提供
――それでも、無料アプリの範囲内だと学生や中高生にとっては、利用の幅の制限がありますよね?
実は現在、学校向けのライセンス提供にも積極的に取り組んでいます。年額492円で、Adobe Creative Cloudのすべてのアプリを使うことができます。
超名門校などでも、教育の現場で少しずつ取り入れていただいています。ビジネスのために行っているわけではなくて、日本の子供たちに、クリエイティビティの可能性をもっと広げてもらいたいからです。
弊社で行った「クリエイティビティに関する意識調査」の結果によると、他国の人からは「日本はクリエイティブな国だ」、と認識されているのに、日本人自身はそう思っていないということが明らかになりました。日本人のクリエイティビティの「自信のなさ」の表れです。
日本の教育現場では、正解はひとつで、「それだけが正しい」という考え方が根強いように思います。子供たちが持つ、多様性に満ちたクリエイティビティを育むことができる教育が重要だと考えています。
本来、子供たちが待っているクリエイティビティを、もっともっとフルに発揮できる、そのお手伝いをアドビがしてあげたい。「TED」のようなプレゼン資料を、プロと同じレベルですぐつくれる。「YouTuber になりたい」 みたいなパッションを持っている子供たちが、簡単に動画をつくれるような環境づくりをサポートできたら、と思っています。
プロの動画クリエイターさんたちが、普通に使っているのと同じものなので、「クオリティが高いものを作りたい」と思ったら、どんなことでもできるんです。そうなっていくと、自分のクリエイティビティに自信を持って、日本の子供たちがもっともっと将来活躍できるようになりますよね。
AIにはできない、人間にしかできないことは「創造すること」!
――AI化が進んでいますが、アドビはAI化の中でどこに向かっているのでしょうか?
2018年の世界経済フォーラムで発表された未来レポートで、AIと人間が現在行っている作業の比率が、2018年は、3割くらいがAIなのですが、これが2025年だとも半分以上はAIになってしまう。
人間がやるべきことやれることは、半分くらいしか残らないんですよ。その残っている「人の仕事って何なの?」と言うと、人間ならではの「クリエイティビティをフルに発揮する」ことなんです。
答えがあるものとか、記憶でつっこめるものは、AIでいくらでもできてしまうけれど、AI が導き出せないその先のもの、「自分の創造力で導き出せる力」が必要です。そこを実現するためのソリューションツールを、幸いにも弊社は持っています。
例えば、「疾走する馬を切り抜く」というような作業は、ひと昔前だと、何時間もかけて、馬のたてがみの一本一本をくりぬくこと、を人の手でしていました。それって、とても時間がかかる作業で、「人がやらなくてもいいよね」という部分ですよね。それをAIが一瞬で終えてくれる。
アドビは、クリエイターさんに取って代わろう、みたいな事を全然考えているわけではなくて、「本来やりたいことに割く時間」を増やせる。作業はAIに任せて、「クリエイティブな部分に割く時間」を増やせるようになることで、彼、彼女たちのその才能を、もっと表現できるようになると思うんです。
「ITリテラシーが高くない人」にも優しい機能が搭載されている、アドビのアプリ
――ITリテラシーが高くない人でも使えるツールは多いですか?
エントリーモデルを沢山用意していますし、インストラクションも充実させるようにしています。
2019年12月初旬に日本で開催した「Adobe MAX Japan 2019」のイベントも、1日で5千名以上の方にご来場いただきました。その中には、プロのクリエイターや広告代理店などで働く方もいれば、制服を着た高校生たち、大学生も多くいました。
各ブースで実際にソフトやアプリに触っていただき、「こんなことができるんだ」「こうやればいいんだ」と学んでいただくことができました。おかげさまで、Twitterでも検索トレンド1位になったんです。ユーザー層の広がりを感じます。
また、毎週、木曜日の夜に「Creative Cloud道場」というストリーミング放送を独自でやっていて、そこの中でも、「新しく出てきたこのツールは、こうやると、こんなことできるよ」ということをライブで紹介しています。
30年以上の実績による他社との差別化
――今多くある、他の「神アプリ」と言われているものとの差別化は?
AIの経験値とデータ量、どれだけ食べさせて勉強させたか。多くの事を、Adobe senseiというAIが認識して、先読みしています。30年以上に及ぶ画像・映像処理をはじめとした各分野における情報量の蓄積、経験値が、そのAIの性能の高さを可能にしています。それが他のアプリとの差別化です。
――そのバックグラウンドの差は、何か決定的な差を生むのでしょうか?
他のアプリとの相互性、相関性ですね。ひとつのアプリにとどまることなく、他のアプリを介して、もっともっと創造性に幅が広がるのが、強味かなと思います。情報をアドビ内のアプリをまたいで共有できることが醍醐味ですね。
例えば「Adobe Photoshop」は2020年、30周年を迎えます。膨大な数のユーザー数と、今までの経験をもとに、弊社のアプリはイノベーションをくりかえし、その結果、ユーザーさまが使いやすいようなものになっています。
年代や性別に関係なく、「初心者にもやさしいモバイルフレンドリー」な製品を開発し、同時に、プロのクリエイターの皆さまの多様なニーズにも、さらに細かくお応えしていきたいと考えています。
ーーユーザーとの接点はどこでしょうか?
先ほど申し上げたような「Adobe MAX Japan 2019」などのようなイベントや、サードパーティーへのイベント出展を通して、ユーザーさまと直接の接点を持ち、ダイレクトなフィードバックをいたただくよう、心がけています。
箱売りのときと違い、サブスクリプションモデルに移行してからは、常に最新のアップデートが求められています。オンライン上で得た定量的なデータと定性的なフィードバックを併せて分析し、潜在的なニーズを把握して、新たなサービスをユーザーさまにご提供しています。
アドビは日本にも研究開発部門がありますので、それらのフィードバックが、日本のユーザー様のニーズに合わせた製品開発に活かされています。アメリカのアドビ創業のころから、日本はアドビにとって非常に重要な市場でした。特に印刷やフォント開発という部分で深い関わりがありました。
日本は早い時期にモバイルが成功している市場だった、というのも、関わりが深い理由のひとつです。日本のユーザさまが支えてくれたという意識を、本社が今でも持っているようです。
アドビは「Creativity for all:すべての人につくる力を」という理念のもと、これからも皆さんに愛される会社でありたいと考えています。
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- TEXT :
- 岡山由紀子さん エディター・ライター
公式サイト:OKAYAMAYUKIKO.COM
- EDIT&WRITING :
- 岡山由紀子