「病院が業務拡大することになって、医療事務ができる人を探しているの。前のように働いてもらえないかしら」

病院の受付
病院の受付

以前勤めていた病院の上司から、再就職の誘いを受けたカンナさん(37歳)。ちょうど、今年4月に息子のアサヒくん(6歳)が小学校に入学することもあり、とんとん拍子で話が進み、医療事務の仕事にパートで復帰することになりました。

仕事復帰するにあたって、気になったのが、ママ友から聞いた「パート収入の壁」のこと。

妻の働き方に影響を与えている、パート収入の6つの壁

 パート収入には、妻の働き方に影響を与えている100万円、103万円、106万円、130万円、150万円、201万円という6つの収入の節目があり、それぞれの金額を超えると、収入から税金が差し引かれるようになったり、夫の扶養から外れて妻が自分で社会保険料を負担しなければいけなくなったりします。

その結果、収入と手取りの逆転現象が起こって、たくさん働いても夫婦の手取りが減ってしまうことがあるのです。

 前編記事では、それぞれのパート収入の意味を理解したうえで、手取りを大きく減らすパート収入の壁は、税金よりも社会保険料にあることを確認しました。

【前編:「パート収入の壁ってなに?妻は年収いくらで働くのが正解ですか?」】

従業員が501人以上の企業で働く場合は106万円以上、500人以下の企業の場合は130万円以上になると、社会保険の扶養から外れて、妻自身の給与から厚生年金保険と健康保険の保険料が、天引きされるようになります。

 社会保険料は、収入に一定の割合をかけて計算しますが、個人の負担はおおむね15%が目安です。年収106万円なら保険料は約16万円、年収130万円なら保険料は約20万円が天引きされるので、社会保険料を負担していない収入の低い人よりも、手取りが減る逆転現象が起こってしまうのです。

 2018年の税制改正によって、夫が配偶者特別控除を受けられる妻の収入は、150万~201万円までに引き上げられましたが、その前に106万円、130万円の社会保険料の壁がそびえ立っています。

手取りを減らしたくないなら、現状ではカンナさんは年収106万円未満、もしくは130万円未満に抑えたほうがいいことになります。

 でも、社会保険料は収めた分だけメリットもあります。視点を、「今」から「将来」にずらしてみると、実は「パート収入の壁」にとらわれずに働いたほうが、老後の年金を増やせたり、病気やケガをして仕事を休んだときの保障を得られたりするなど、有利なことが多くなるのです。

 この後編では、社会保険に加入することのメリットを知り、将来を見据えた働き方について考えてみましょう。

自分で保険料を負担して社会保険に入ると、専業主婦にはない充実した保障が受けられる

医療事務の仕事を、自分で保険を負担して
カンナさんは医療事務の仕事を、自分で社会保険を負担して働いたほうがいい? 夫の保険の扶養の範囲内のほうがいい?

「国民皆保険・皆年金」の日本では、だれもが公的な健康保険と年金保険に加入し、同時に所得に応じた保険料を負担することが義務付けられています。

ただし、会社員や公務員などサラリーマンの夫に扶養されている妻で、パートなどの年収が一定以下なら保険料の負担なしで、夫の会社を通じて健康保険や国民年金に加入できることになっています。

夫の社会保険の扶養から外れるかどうかのラインは、従業員数500人以下の企業に勤めている人は年収130万円未満、501人以上は106万円未満です。このパート収入の壁を超えると、妻は夫の社会保険の扶養から外れて、自分の勤務先で健康保険料と、厚生年金保険料を支払わなければいけなくなります。

社会保険料は勤務先によって異なりますが、おおむね年収の15%が目安。年収130万円なら給与から約20万円が天引きされます。所得税と住民税も差し引くと、手取りは110万円前後になります。

社会保険料を支払わないように、年収を130万円未満に抑えている人よりも手取りが多くなるのは、年収150万円を超えるころからなので、年収130万~150万円の人が「働き損」ということになります。

 でも、社会保険は、ただ保険料をとられるだけではありません。保険料を支払った分、メリットもあるのです。自分で保険料を納めて勤務先の健康保険や厚生年金保険に加入している人には、専業主婦の人にはない保障が用意されています。

【健康保険】

厚生労働省の試算では、従業員数501人以上の企業で年収106万円(月収8万8000円)で働くと、月額4400円の健康保険料の本人負担が生じます。でも、その分、保障は充実しています。

夫の扶養に入っていて、自分で社会保険料を負担していない人が受けられる健康保険のおもな給付は、健康保険で医療機関を受診できる「療養の給付」、医療費が高額になったときに負担を抑えられる「高額療養費」、女性が出産したときの「出産育児一時金」ですが、自分で保険料を負担して勤務先の健康保険に加入している人は、「傷病手当金」「出産手当金」という保障も受けられるようになります。具体的な保障内容を見てみましょう。

●傷病手当金

病気やケガをして仕事を休んで、会社から給与をもらえなかったり、減額されたりしたときの給付。

・休業1日あたりの給付額:休職する前の12カ月間の標準報酬月額(月収)の平均額を、30日で割った金額に3分の2をかけた金額。会社から給与をもらっていても減額されて、この金額に満たない場合は差額を給付できます。

・給付期間:3日間連続して休んだあとの4日目から、最長1年6か月の間に実際に休業した日数(※1年6か月の間に、途中で出勤した日は支給対象にならず、1年6か月分の手当金を丸々もらえるわけではありません)。

●出産手当金

女性が妊娠・出産によって仕事を休んで、会社から給与をもらえなかったり、減額されたりしたときの給付。

・休業1日あたりの給付額:傷病手当金と同額

・出産前42日間(多胎児は98日間)と出産後56日間

 傷病手当金や出産手当金は、休業期間中の所得保障です。万一、病気やケガの治療が長引いて仕事を休んでも、その間は健康保険から給与の3分の2が給付されます。住宅ローンや子どもの教育費などの支払いに妻の収入が貢献している家庭では、妻の収入が途絶えると家計に打撃を与えます。そんなときも、傷病手当金や出産手当金をもらえれば安心です。

【厚生年金保険】

 会社員や公務員などのサラリーマンは、国民年金に加えて厚生年金にも加入しており、もらえる年金も「基礎年金」に加えて「厚生年金」が上乗せされる二階建て構造。公的な年金制度には、老齢、障害、遺族という3つ保障がありますが、そのいずれも、1階部分しかない自営業者や専業主婦の人よりも、給付額が多くなります。

 厚生年金に加入していない専業主婦の場合、老後にもらえる年金は月額約6万5000円。厚生労働省の試算では、従業員数501人以上の企業で年収106万円(月収8万8000円)で働くと、月額8000円の保険料負担はあるものの、厚生年金に20年間加入すると、老後の年金は月額9700円増額され、7万4700円もらえるようになります。

 病気やケガをして障害のある状態になったときにもらえる障害年金も、専業主婦の場合は障害基礎年金(1、2級)しかありませんが、厚生年金に加入している人には障害厚生年金(1、2、3級)が上乗せされます。とくに障害厚生年金の3級は、比較的軽い障害の状態でも給付される可能性があり、万一のときに安心です。

 また、厚生年金に加入していた妻が亡くなった場合は、夫は遺族基礎年金に加えて遺族厚生年金をもらうことが可能です。以前は、1階部分である遺族基礎年金がもらえるのは、「18歳未満の子どものいる妻、子ども本人」でしたが、2014年4月から「18歳未満の子どものいる配偶者、子ども本人」に改正され、父子家庭でももらえるようになっています。加えて、妻の死亡時に、55歳以上で、年収850万円未満の夫は、遺族厚生年金ももらえます。

社会保険に自分で加入すると、妻自身の年金を増やすことができる

社会保険に加入するメリットは?
社会保険に加入するメリットは?

 このように、夫の扶養を外れて、妻が自ら社会保険に加入すると、保険料の負担で当面の手取りは減少するものの、万一のときに充実した給付を受けられるのです。とくに心強いのが、老後の年金を増やせる点です。

高齢になって気力や体力が落ちてくると、どうしても現役世代のように働いて収入をたくさん得るのは難しくなります。その収入をカバーするために用意されている国の制度が「老齢年金」です。

 厚生労働省の「簡易生命表」によると、2018年の日本人の平均寿命は、男性が81.25歳、女性が87.32歳。現在、定年年齢は60歳が主流で、定年の引き上げや雇用継続、定年制の廃止などで、希望者すべてを65歳まで雇用することが企業には義務づけられています。

今後、定年年齢をさらに引き上げようという動きもありますが、現状の65歳で退職した場合、年金をもらいながら暮らす期間は、平均年齢と照らし合わせると、男性が約16年間、女性が約22年間。その間の暮らしを安定したものにするためには、若いうちから年金保険料を納めて、老後にもらえる年金を増やせるようにしておくことが重要です。

厚生年金加入者は、勤続年数が長く、在職中の給与が高いほど、もらえる年金額が多くなる仕組みになっているので、視点を「将来」に向けるなら、パート収入の壁にこだわらずに、できるだけたくさん働いておいたほうが、実は老後にはプラスになるのです。

 反対に、目先の手取りを減らしたくないからと、パート収入の壁に縛られて働き方を調整していると、今後、一家の手取りはどんどん減っていってしまう可能性が否定できません。

パート収入の壁に塗り替えられていく、こだわり過ぎると手取りが減る可能性も!

 現状では、年収が106万円以上(月収8万8000円、週の労働時間20時間以上)になると社会保険への加入が義務付けられるのは、従業員501人以上の企業だけで、500人以下の企業は130万円までは、社会保険の適用対象にはなりません。でも、このパート収入の壁は、今後、塗り替えられることがほぼ確定しています。

まず、2022年10月に、従業員数101人以上の企業の社会保険の適用が年収106万円のラインに引き下げられ、2024年には、51人以上の企業にも適用されることになっています。

国がこうした措置を行うのは、社会保険の支え手を増やすという目的もありますが、将来、生活に困窮する高齢者を減らしたいという思惑もあります。

 夫が会社員や公務員なら、妻は保険料の負担なしで健康保険と国民年金に加入できますが、パートやアルバイトで働いている人は、必ずしも夫に扶養されている女性だけではありません。労働構造が大きく変わった今、全労働者の3分の1が非正規雇用で、一家の大黒柱がパートやアルバイトで生計を立てている家庭も増えています。

そのような短時間労働者は、本当は社会保険に加入したくても、年収や労働時間の要件によって加入できないため、自分で保険料を支払って国民健康保険や国民年金に加入するしかありません。でも、国民健康保険には「傷病手当金」も「出産手当金」もありません。老後にもらえる年金は、月6万5000円の老齢基礎年金だけで、これだけで老後の生活を支えるのは難しいものがあります。

将来、生活に困窮する高齢者を減らすためには、若いうちから厚生年金に加入して老後の年金を増やせるようにしておく必要があるため、国は、今後も社会保険に適用する対象をどんどん拡大していくはずです。

つまりパート収入の壁は、現状の106万円、130万円といったラインから、今後は、もっと引き下げられていく可能性が高いのです。

そうなったときに、妻が社会保険料を負担したくないからと、パート収入の壁が引き下げられるたびに働き方を調整していると、一家の手取りはどんどん減っていってしまいます。同時に、老後の生活にも不安がでてきます。

ですから、今後は、目先の損得だけではなく、人生を長い目で見て、働くことを前向きにとらえてみましょう。自分がどんな働き方をしたいのかを考えたうえで、使える制度があれば使えばいいけれど、無理に制度に合わせる必要はありません。

カンナさんのように、「ブランクが長いし、子どもも小さいから、長時間働くのは難しい」という場合、当面はパート収入の壁を超えないように調整するのもひとつの手段ですが、その間に仕事に必要な資格をとるなど、キャリアアップできる準備はしておきたいもの。

そして、将来的には、社会保険料を負担しても、手取りがどんどん増えていくような働き方を目指しましょう。


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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。