【ケーススタディ】食品関係の専門商社で働いているマヤコさん(50歳)は、今、取り掛かっているプロジェクトが一段落する5年後をめどに、タイへの移住計画を立てています。海外移住するにあたって気になっているのが、これまで掛け続けてきた公的年金ことです。
短大卒業後に20歳で就職してから、シングルのまま仕事に打ち込んできたため、マヤコさんは30年間ずっと厚生年金に加入しています。10年前からは、勤務先で導入した確定拠出年金(iDeco/イデコ)でも老後資金づくりをしてきました。海外移住すると、これらの年金はどうなってしまうのでしょうか。
【前編:「海外移住」したら年金ってどうなる?損しないために知っておきたいこと】
結論からいうと、海外移住しても、日本の公的年金やiDecoを受け取ることは可能です。ただし、移住先で年金を受け取るためには、いくつか注意点があります。前編では、海外移住する人が老後の年金をもらうために65歳までにやっておくべきことを、『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる』(集英社)などの著書がある、社会保険労務士の井戸美枝さんに伺いました。
海外移住する人が「65歳までに」やっておくこと
・年金の加入記録をチェック
・加入期間が10年に満たない場合は任意加入して年金額をアップ
・任意加入の手続きは移住前に済ませ、保険料の引落口座を管理
・ねんきん定期便の転送届を提出
・確定拠出年金(iDeco)は掛け金の増額ができなくなるので注意
こうした準備が整ったら一安心ですが、海外移住先で年金を受け取るためには、日本とは異なる手続きが必要になります。この後編では、海外移住先で年金をもらうための手続き方法について見ていきます。
海外移住先で年金をもらうための「移住前」手続き&「移住後」手続き4大ポイント
■1:移住するときには市町村に「海外転出届」を提出しましょう
海外で老後の年金を受け取るために忘れずにやっておきたいのが、日本で最後に暮らしていた市町村へ「海外転出届」の提出です。
国民皆年金制度の日本では、この国で暮らす20~60歳になるまでのすべての人に、公的年金に加入することを義務づけています。言い換えると、たとえ日本国籍の人でも、日本で暮していなければ、加入義務はないのです。
「海外転出届」は年金受給に関係なく、海外移住する人が提出するものですが、これを届け出ておくと海外移住中は年金保険料を納めなくても「合算対象期間」となり、老後の年金を受け取るのに必要な「受給資格期間」としてカウントしてもらえます。
ただし、合算対象期間は年金額そのものには反映されないので、保険料を納めていなければ、老後にもらえる年金は増えません。老後の年金をもらいたいなら、前編で見たように「任意加入」をしておくことをお勧めします。
ちなみに、海外で働く場合は現地の社会保障制度に加入する必要があるため、日本企業に勤めている人が海外支店などに転勤する場合は、日本と海外の年金保険料を二重負担しなければならないケースが出てきます。年金は、その国の制度に一定期間加入していないと受け取れないので、こうしたケースでは保険料が掛け捨てになる可能性がありますが、保険料の二重払いを防ぎ、加入期間を通算するために導入されているのが「社会保障協定」です。
■2:日本と海外、保険料の二重払いを防ぐ制度「社会保障協定」を知っておこう
協定内容は国によって若干の違いがありますが、現在、日本は20か国と社会保障協定の署名をしており、そのうちアメリカ、フランス、カナダなど17か国と協定発効しています(※)。これらの国で働く人の社会保障制度については、保険料の負担が調整され、加入期間の通算もしてもらえます(一部の国を除く。2018年4月現在)。
海外で働いた経験のある人は、現地の社会保障制度に加入していたかどうかも含めて加入期間をチェックするようにしましょう。
■3:日本年金機構のホームページから必要書類をダウンロード
移住時に「海外転出届」を出し、前編で紹介した準備しておけば、老後の年金を受け取る権利は獲得できますが、受給資格ができれば国が自動的にお金を振り込んでくれるわけではありません。海外移住するしないにかかわらず、年金をもらうには「裁定請求」という請求手続きが必要になります。
日本の公的年金は原則的に、65歳の誕生日の前日になると、年金をもらえる受給資格が発生しますが、その3か月前になると、基礎年金番号や年金加入記録などが印字された「年金請求書(事前送付用)」や手続きの詳細が書かれた案内書などが、日本年金機構から送付されます。
日本で暮している人は、65歳の誕生日の翌日以降に年金請求書に必要事項を記入し、提出日から6か月以内に交付された戸籍謄本や住民票、年金を受け取る銀行口座の通帳のコピーなどを添付して、最寄りの年金事務所か街角年金相談センターに提出します。郵送でも受け付けてもらえますが、添付書類に不備があると返送されてきてしまいます。年金記録の確認をしてもらったほうがいいケースもあるので、年金の裁定請求は事務所に出向いて確認してもらうのが安心です。
「ただし、海外に移住した人への年金請求書の事前送付は行っていません。そのため、海外移住者専用の請求書類を日本年金機構のホームページからダウンロードして、自ら手続きをとる必要があるのです」(井戸さん)
この請求書類に必要事項を記入して、日本で最後に暮らしていた地域を管轄する年金事務所、もしくは街角年金相談センターに提出します。添付書類は、基本的には日本国内で裁定請求するときのものに加えて、「年金の支払を受ける者に関する事項」「租税条約に関する届出書」なども必要になります(いずれも日本年金機構のホームページからダウンロード可能)。
「年金の支払を受ける者に関する事項」は、住所変更と振込口座の届け出がひとつなったもので、海外送金先を確認するために必要な書類です。
また、「租税条約に関する届出書」は、二重課税を防止するためのものです。日本では、老齢年金に所得税が課税されて源泉徴収されているので、何も手続きしないと移住先でも課税されることになり、二重に課税されてしまいます。
「ただし、事前に『租税条約に関する届出書』を提出しておくと、日本での所得税が免除されるので忘れずに提出しておきましょう。所得税の免除を受けられるのは、日本が租税条約を結んでいる123か国と地域(※)に移住する場合で、それ以外の国では日本で課税されることになります」(井戸さん)
ただし、オーストラリア、カナダなど一部の国と地域は、日本と租税条約を結んでいても、年金条項がないといった理由で特例の適用は受けられません。マヤコさんが移住する予定のタイも、特例が認められていないので、その点は注意が必要です(2018年4月現在)。
■4:年金の支給が始まったら、年1回の「現況届」を忘れずに
海外での年金受給は、日本と同じでように2か月に1回。指定した銀行口座に2か月に振り込まれますが、忘れてならないのが「現況届」の提出です。
「現況届」は、不正受給などを防ぐために年金受給者の生存を確認するためのもので、年に1回送られてくるものです。これが届いたら、現地の領事館などで誕生月を含めた過去6か月以内に発行してもらった「在留証明書」を添えて、年金事務所に返送するようにしましょう。提出しないと大切な年金がストップしてしまうので、誕生月の末日までに忘れずに送るようにしてください。
書類に不備がなく裁定請求ができれば、老後に年金をもらいながら海外で生活することは可能になります。でも、これまで見てきたように、海外で日本の年金を受け取るためには、移住先からさまざまな書類を用意したり、戸籍謄本を取り寄せたりする必要があり、けっこう手間がかかるのも事実です。
そのため、委任状があれば、家族や親類などが代行手続きをすることができるようになっています。また、海外移住者向けの年金請求代行手続きを行う社会保険労務士事務所などもあります。自ら手続きするのが難しい場合は、代行申請も検討してみましょう。
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マヤコさんのように語学ができて、何度も現地を訪れている人でも、実際に暮らしてみると短期間の旅行では見えなかった、その国の姿に直面するものです。とくに病気やケガをして医療機関を受診するときなどは心細い思いをするかもしれません。また、国によっては、ビザの発給で苦労して思うように滞在できないといった話も耳にします。
「物価の安い国なら、日本の年金で十分暮していける」と思っても、日本と同じような暮らしをしようと思ったり、不動産を購入したりすると、それなりにお金がかかります。海外移住をするときは、憧れだけではなく、トラブルがあった時の対処方法なども考えながら実行に移したいもの。とくに年金に関しては、移住前に手続きに関してしっかり調べ、準備をするようにしてくださいね。
- TEXT :
- 早川幸子さん フリーランスライター