【ケーススタディ】英文学科出身のマヤコさん(50歳)は、短大卒業後に食品関係の専門商社に就職。以来30年間、シングルのまま仕事に打ち込み、今にいたっています。

帰国子女で、もともとネイティブ並みの英語力がありましたが、仕事でさまざまな国の人と接するうちにフランス語とタイ語も話せるようになり、海外にたくさんの友人・知人もできました。その友人たちと夏休みや冬休みをタイのリゾートで過ごすのが、マヤコさんの今いちばんの楽しみになっています。そして、彼らと時間をともにするうちに、徐々に「海外移住したい」と思うようになったのです。

55歳で早期退職してタイに住みたい。年金は現地でも受け取れるの?

タイのリゾートで過ごすのが楽しみ

「フランスの会社はバカンスが1か月もあって、休暇になると友人たちはゆったりと過ごすために、リゾートにやってきます。日本だと、休暇はあちこち忙しく動き回って、その分、お金もたくさん使うイメージが強いけれど、彼らはお金をたくさん使わなくても上手に休暇を楽しむ術をもっています。そんな彼らと一緒に過ごすうちに、私も自分の生き方を見直すために、早期退職してタイに移住して、ゆっくりと暮らしたいと思うようになったのです」

とはいえ、現在、マヤコさんは日本食を海外にプロデュースするプロジェクトを任されており、今すぐに退職するのは難しそうです。

「早期退職の時期は、今の仕事が一段落する5年後くらいを予定しています。移住先ではとくに勤めるつもりはありません。少し自由な時間をもったあとで、その後のことを決めたいと思っているのですが、ひとつ気になるのが公的年金のことです。20歳で就職してからずっと、お給料から厚生年金が天引きされていましたが、海外に移住したら年金はどうなるのでしょうか? 向こうでも年金を受け取ることはできますか?」

海外移住しても、日本の公的年金を継続し、受け取ることは可能

『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる』(集英社)などの著書がある社会保険労務士の井戸美枝さんは、「海外移住しても、日本の公的年金を継続して、将来、受け取ることは可能」だといいます。

「ただし、海外に住民票を移すと、加入義務や受取方法など、日本で暮している人とは異なる点がいくつか出てきます。とくに、確定拠出年金(iDeco/イデコ)に加入している人は、掛け金の追加ができなくなるので注意が必要になります」    

そこで今回は、海外移住にまつわる公的年金の注意点を確認していきたいと思います。まず、この前編では、移住先でもきちんと年金を受け取れるようにするために、受給権が発生する65歳までにやっておくべきこと、注意すべきことについて見ていきましょう。

国民年金に任意加入すると、老後の年金を増やすことができる

公的年金からもらえるのは「老齢年金」「遺族年金」「障害年金」の3種

国民皆年金制度をとっている日本では、誰でも20歳になると公的年金に加入義務が発生します。そして、原則的に60歳まで保険料を支払い、65歳になると老齢年金を受給できる仕組みになっています。

加入先は職業によって異なり、自営業者や学生は「国民年金」、会社員や公務員は「厚生年金」の2つに大別されます(2015年10月から被用者の年金が一元化され、公務員の共済年金は会社員の厚生年金に統合されました)。

このように職業によって加入先は異なりますが、国民年金は全国民共通の「基礎年金」と位置づけられているため、実は会社員や公務員は国民年金にも加入しています。自営業者や学生が加入するのは国民年金だけですが、会社員も公務員は国民年金(基礎年金)に加入したうえで厚生年金にも加入する、”2階建て構造”になっています。当然、納める保険料やもらえる年金にも違いがあり、厚生年金加入者のほうがもらえる年金額は多くなります。

公的年金からもらえるお金は、高齢期の生活費のための「老齢年金」、加入者に万一のことがあった場合に残された家族に支払われる「遺族年金」、病気やケガをして障害が残った場合の「障害年金」の3つがあります。このうち、年金給付全体なかで大きな割合を占めているのが、ひとつめの老齢年金です。

いずれの年金も、受け取るためには保険料の納付要件がありますが、老齢年金は国民年金への加入が義務付けられている20~60歳になるまでの40年間のうち、保険料の免除申請期間も含めて10年以上加入していることが条件になっています(以前は加入期間25年以上でしたが、法改正によって2017年8月から10年以上に短縮されました)。

この要件を満たすと受給資格が得られ、原則的に65歳になると、加入期間、その間の平均収入に応じた老齢年金がもらえます。

日本では、会社員や公務員は給与やボーナスから年金保険料が天引きされて、事業主負担分と合わせて勤務先が保険料を納付してくれています。60歳未満で会社を辞めて、再就職しない場合は、国民年金に加入して自分で保険料を納める必要が出てきます。

海外移住すると「公的年金」の加入義務はなくなるが「国民年金への任意加入」が重要

海外に移住すると60歳未満でも年金の加入義務がなくなる

ただし、海外に移住すると、60歳未満でも年金の加入義務がなくなります。年金の加入義務があるのは、日本国内に住んでいる20~60歳までの人です。

「外国人でも、引き続き日本に居住する人は、年金の加入義務があります。でも、海外に移住すると日本国籍でも強制加入の対象外になり、保険料の納付義務もなくなります。とはいえ、『海外移住しても、老後の年金はほしい』という人もいるので、海外に移住しても年金を続けられるように、国民年金には『任意加入』という制度が用意されています」(井戸さん)

たとえば、「9年間会社勤めをしたけれど、海外留学をすることになった」といった場合、このままでは老後の年金を受けとることができず、せっかく支払った保険料が無駄になってしまいます。このようなケースでは、留学中も国民年金を任意加入しておけば、老後の年金をもらえる権利を確保できて、万一のときに残された家族に支払われる遺族年金、病気やケガで障害が残った場合の障害年金も受け取ることができます。

国民年金を満額もらうためには退職する年齢に注意

20歳で就職したマヤコさんは、30年間ずっと勤務先を通じて年金保険料を納めてきたので、すでに老齢年金の受給資格は獲得しています。ただし、国民年金を満額もらえるのは40年間加入した場合です。5年後の55歳で退職して国民年金に加入しないと、国民年金を満額もらうことはできません。

「海外に移住すると、当面の生活費などを賄うためにお金もかかるでしょうから、年金どころではないかもしれません。でも、安定した収入のなくなる老後は「年金が収入の柱」になります。物価の安い海外暮らしがいいと思っていても、病気になったりすると母国が恋しくなって、日本に帰ってくることになるかもしれません。老後の年金は少しでも多くもらえる権利を獲得しておくと安心です。経済的に余裕があるなら、海外移住をしても任意加入しておくことをお勧めします」(井戸さん)

出国前に任意加入の手続きをする場合は、住所地のある市町村の国民年金課で行います。すでに海外に移住している人が任意加入を希望する場合は、手続きの窓口は日本国内での最後の住所地を管轄する年金事務所、もしくは市町村の国民年金課になります。

保険料の納付方法は、次のいずれかになります。

①日本国内にある銀行や郵便局などの口座から引き落としてもらう

②国内にいる親族などに代理で納めてもらう

保険料の納付を任せられる親族がいれば②の代理納付もいいけれど、払い忘れると未納になり、年金の受給に影響が出てきます。確実に保険料を納めるためには、①の方法で引落口座に忘れずにお金を入金しておくようにするのがおすすめです。自動的に引き落されて未納になる心配はありません。

ちなみに、大学生や大学院生などは、在学中の国民年金保険料の支払いを猶予してもらえる「学生納付特例制度」が利用できますが、海外の学校に留学する場合はこの制度は利用できません。留学中に年金の加入を続ける場合は、任意加入をする必要があります。

海外移住

会社で入った「確定拠出年金」は、移住するとどうなる?

もうひとつ年金で気をつけたいのが、「確定拠出年金(iDeco/イデコ)」の扱いです。

確定拠出年金は、老後資金をつくるための私的年金で、毎月決まった掛け金を60歳まで積み立てて、そのお金を60歳以降に年金や一時金として受け取る制度です。掛け金の全額が所得控除の対象になり、運用期間中も、年金を受け取るときにも税制優遇が受けられるのが特徴。老後資金づくりを有利にできる商品として、注目を浴びています。

2017年1月から加入対象者が公務員や専業主婦にも広がりましたが、もともとは国民年金に加入している自営業者や厚生年金に加入している会社員が、公的年金に老後資金をプラスするために始まったものです。

マヤコさんが勤める専門商社には企業年金はなく、早くから確定拠出年金を導入していたため、マヤコさんも掛け金を複数の投資信託に分散して、老後資金づくりをしてきました。

確定拠出年金は積み立てを中止しても、60歳までは引き出せない

確定拠出年金は会社を辞めたあとも、個人で掛け金の増額や運用を続けることができますが、あくまでも公的年金だけでは足りない老後資金を上乗せするために利用する商品なので、国民年金を滞納していたり、免除を受けたりしている人は利用できません。

「任意加入では確定拠出年金に加入できないので、海外移住するマヤコさんは掛け金の積み立てができなくなります。確定拠出年金は、途中で積み立てを中止しても60歳までは引き出して使うことはできないので、その間、掛け金の増額はできないものの、口座管理料はかかります。老後資金を減らさないためには、掛け金の増額ができなくても、運用成績を定期的にチェックすることを忘れないようにしてください」(井戸さん)

たとえ海外に移住しても現地で年金を受け取ることはできますが、それにはきちんと年金に加入して受給要件を満たしておくことが条件です。移住前には、これまでの自分の年金記録をチェックし、任意加入する場合は引き落とし口座の管理なども怠らないようにしましょう。また、将来の年金額などがわかる「ねんきん定期便」は海外への送付も可能なので、移住先の住所に送付してもらえるよう、こちらの手続きも忘れずに。

では、実際に海外で日本の年金を受け取るときには、どのような手続きが必要になるのでしょうか。後編では、65歳になって年金を受け取るときの注意点について、引き続き井戸さんに教えていただきます。

【まとめ】海外移住先で年金をもらうために65歳までにしておきたいこと

☑️年金の加入記録をチェック!
☑️加入期間が10年に満たない場合は任意加入を
☑️任意加入の手続きは移住前に済ませ、保険料の引落口座を管理
☑️ねんきん定期便の転送届を提出
☑️確定拠出年金(iDeco)は掛け金の増額ができなくなるので注意

井戸美枝さん
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー
(いど みえ)公的年金をはじめとする社会保険に精通し、厚生労働省の社会保障審議会企業年金部会の委員も務める。新聞や雑誌、ネットサイトでの連載、またテレビやラジオ出演、講演などを通じて社会保険制度や資産運用、ライフプランについてアドバイスしている。「難しいことでもわかりやすく」がモットー。『ズボラな人のための確定拠出年金入門』(プレジデント社)、『知ってトクする年金の疑問71』(集英社)など著書多数。近著の『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる』(集英社)が好評発売中。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。