ご主人の転職に伴い、小学生のお嬢さん二人と愛犬一匹と共に、2018年に米国・オレゴン州ポートランドに移住した、中西美恵さん(42歳)。
平日は学校のボランティア活動を積極的に行い、平時の週末は近所の森をトレッキングする生活を送っていました。趣味は手芸。渡米する前の日本在住時は、子どもの誕生日パーティーの企画運営から、大手企業主催のグランピングの内装などを手掛ける、パーティー企画会社を運営していました。
2月、3月は脅威が近づいてくる覚悟をしながらも、不安な日々を過ごす
感染者が30人という、早い段階でロックダウンを決めたオレゴン州
「ポートランドは西海岸北西部、パシフィックノースウェストに位置し、アメリカの都市で一番住みやすい街という定評があります。背伸びをしない生活を望む人が集まり、自然、文化、食がすべて楽しめる街です。森に囲まれ、雄大な山々を背景に清流が流れています。
2月28日、初めてポートランドでコロナの感染者が出ました。シアトルがあるワシントン州、ロサンゼルスのあるカリフォルニア州に挟まれていて、それらの州で先に感染者が出ていたので、ポートランドでも感染者は遅からず出るだろうと予測はしていました。
時間の問題だと思っていたので、心の準備ができていましたが、感染者が30人になったかなり早い段階で、オレゴン州はロックダウンになりました。
3月8日にオレゴン州は緊急事態宣言を発令、一定期間の準備と様子を見て、ロックダウンする旨のアナウンスが3月22日にあり、23日にロックダウンが始まりました。公立校は16日から休校になっていたので、長期戦を考えた買い物などの準備は、早めにしていましたね。
もともとシアトルやロサンゼルスなど、人口密度が高いところで感染症などが発生すると、中間にある自然豊かなオレゴン州に人が流れてくることが想定されていました。
あまり最近はリアルタイムでニュースを観ていないのですが、人口約420万人のオレゴン州の死者は80名前後、感染者数は2000人前後です(4月21日時点)。
ロックダウンにより、不安や恐怖感に悩まされた日々
「ロックダウンが始まったころは、まだ多少心に余裕があり、普段できないこと、例えばメロンパンを焼いたり、イチゴとルバーブのジャムをつくったり、生活を楽しもうと頑張っていました。同時に、子どもたちの勉強のサポートも、一生懸命でした。
オレゴン州の公立校は、ZOOMによる学校の全体ミーティングが週2回30分あり、それ以外は自由に自宅学習です。そのぶん、時間割の確認、パソコンのセットアップ、休み時間や運動の時間まで、すべてが親の責任になるので、各家庭で親の負担がとても大きいのが現状です。
普段から授業中にPCを使っているので、自宅学習になってからすぐ、パソコンは一人一台学校から貸し出ししてもらいました。
正直なところ、ロックダウンされてから、子どもたちの勉強のサポートを一生懸命しながらも、悲しみ、不安感、焦り、喪失感、恐怖感に襲われていました。
特に日本にいる高齢の両親と親戚の心配や、『もしアメリカで夫婦ともに発症したら、子供達はどうすればいいのだろう』など、不安に押しつぶされそうで眠れない日が続きました」
心の安定を取り戻すために行ったことは「マスクづくり」
■1:趣味を生かして、マスクづくりを始めたら心が落ち着いてきた
「そんな状況を打破できたのは、『自分が人のためにできることする』『デジタルデトックス』『無理をしない生活』この3つのことを行ったからです。
もともとの趣味を生かし、まず、地域の方々に差し上げるためのマスクづくりを始めました。最初は普通の綿の布でつくっていたのですが、ある時『日本の手ぬぐいがマスクに最適だ!』と気がついたんです。
週に一回の買い物でもマスクは絶対に必要ですが、もともとアメリカはマスクをする文化がないので、あまり売っていません。
そこで、マスクをつくることにしたんです。手ぬぐいは、繊維の密度が濃く、耐久性が高く軽いので、マスクに最適です。マスクの紐は、子どもたちの使い終わったタイツを輪切りにしたものを再利用しています」
マスクの作り方
①型紙に合わせて手ぬぐいをカットする、裏布の裏にあたる部分に接着心をアイロンでつける、タイツの輪切りと糸を準備
②表布、裏布同士を中表で合わせ、カーブ部分を縫い代1センチで縫い合わせる
③表面(写真上)、裏面(写真下)が完成
④表布と裏布を中表で合わせて、上下を縫い合わせる
⑤表にひっくり返して、さらに上下に押さえのステッチを2ミリ程度に入れると形がピシッと整う
⑥最後にゴム通しのところにステッチをかけて完成
「今は、『自分にできること』として、この手ぬぐいマスクを作って、周りの方に配っています。とても喜んでいただいて、マスクのお礼として一時期手に入らなかったトイレットペーパーや、チョコレートなどがお礼として玄関に置かれていたりしました。ちょっとした、物々交換の時代に戻った感覚ですね」
■2:デジタルデトックスも時には必要
「もうひとつ、心の安定を取り戻すために行ったことがデジタルデトックスです。
意識的に、携帯やPCから距離を置いて、デジタル機器から離れる時間を取るように心がけました。そうすることで、新型コロナウイルスの悲しい速報などを目にすることがなくなり、一喜一憂することがなくなりました。
必要な情報は、必要な時にこちらから取りに行くようにしました。もちろん日本にいる家族などとコミュニケーションをとる時には、デジタルは大切ですので、今は適度に触っています」
■3:家族皆が日常生活で「無理をしない」ことがロックダウンを乗り切るコツ
「最後のキーワードは、無理をしない生活です。学校が休校になったころは、子供たちの勉強を一生懸命にサポートしていたのですが、『すべての家事をしながら、先生の役割も同時に行うのは無理だ』と主人に相談したのです。
そして夫婦で話し合いをした結果、第一の目的を『生き残ること』に設定し、コロナ禍が終息したときには『より絆の深い家族であること』を目指すという、2つのプライオリティが明確になりました。
その大きな目的2つのために、親も無理をしない、と割り切ったら、心に余裕が生まれました。読書と、モノづくりは子供たちと一緒にしますが『自由に学ぼう!』と子どもたちには声がけして、自由にいろいろ学んでもらっています。
アメリカの住宅事情として、家が広いので、日本の住環境とはちょっと違うと思いますし、『アメリカだからできるんでしょ』と言われてしまうかもしれないですが、毎日やっていることとしては、庭のテーブルにクロスをかけ、本を20冊くらい並べて、子どもたちに本を選ばせて、音読させて、それを動画に撮ることです。
その動画を子どもたちに観せて、『すっごい上手だった!』と『主人公誰だった?』『一番良かったのはどういうところだった?』などと、英語で会話して、母親青空教室を開催しています」
夫婦で料理を楽しんで、絆を再確認
「夫婦関係で良くなったこと。夕食を、夫婦でワインを飲みながら、一緒につくるようになりました。そして、それを皆で庭で食べています。
オレゴンはサードウェーブコーヒーの中心地ですし、新しいクラフトビールや、多様なワイナリーが沢山あります。家族4人プラス愛犬で、家時間を過ごせていて、幸せです。
主人は自宅勤務の合間には、毎日筋トレをするか、隣の家から落ちてくる木の実をゴルフボールに見立ててアプローチの練習などして、身体を動かしています(笑)」
子どもたちの健康維持は、楽しく取り組める仕組みづくりを
「子どもたちは近所を走っています。近所を10周走るとブレスレッドに付ける『チャーム』がもらえるプロジェクト『チャームチャレンジ』を企画しました。子どもたちが楽しく、健康を保てるように工夫しています。
また、最近のうちでの流行りは、マイケルジャクソンのビデオを見て一緒に踊ること。自分たち世代がはまった、マイケルジャクソンや、カーペンターズ、ABBAなど。親も一緒になって踊ったり、車の中でカラオケしたり。
細心の注意をはらいながら生活するも、日常生活に支障はない
「現在は、スーパーに行くときはビニール手袋して、マスクして、車に戻ったら靴の裏も消毒します。
ソーシャルディスタンスの6フィートを取って、人数制限されたスーパーに週に一回、主人か自分のどちらかがお店の中に入って買い物をします。
買い物は、ドライブがてら家族皆で車にスーパーへ行きますが、人数制限があるので、夫婦どちらかが一人だけスーパーの中に入ります。残っている3人は、車の中でカラオケ大会などして楽しみます。
現在、スーパーで買えないものはイースト菌ですね。食パンなどは普通に買えますが、家でパンを焼いたりする方が増えているようです。紙類は少しずつ戻ってきましたが、一時期はトイレットペーパーなどが本当に品薄でした。でも、現在、生活必需品で困っているものはありません」
周囲とのコミュニケーションは、ソーシャルディスタンスを保ちながら行う
「近所の友達が健康維持の散歩中に、家の近くにきたらメールで連絡をくれるので、窓開けて声を掛け合っています。もちろんソーシャルディスタンスを保ちながらです。学校で会えなくなった友達と話せることは、とても有りがたいですね。
また、今はみなさんがお散歩することくらいしかできないので、『kindness rockを探せ』という心温まる活動が行われています。先日、我が家にも誰かが置いて行ってくれました。
そして、最近、庭いじりをよくしています。花を摘んで家の中に飾ったり、自然により多く触れるようになりました」
家族であっても「適度な距離」が必要
「家族皆で集まる時間は大切ですが、適度な距離感は家族でも必要だと感じています。ずっと一緒にいすぎると、きっと息苦しくなると思うんです。なので、四六時中、皆が一緒にいるのではなく、それぞれの時間と距離を適度に保ち、食事や週末の時間を一緒に過ごしています」
今回のロックダウンから学んだことは、普段から健康を意識するという事
「今回、ロックダウンを経験して、免疫をつけることを心がけるようになりました。積極的な運動を心がけたり、今まで食べなかったニンニクを大量に食べてみたり。人に会わなければニンニクを食べても誰も気にしないので、思いっきり食べています。
アメリカ製のニンニクサプリ、オレガノエキス、手作りのヨーグルトスムージーなども摂取したり。子どもたちにはビタミンサプリグミを食べさせていますね。
一般的に、ニンニクは免疫力アップに良いと言われていますよね。オレガノは、抗菌、殺菌作用があり、欧米では『天然の抗生剤』と呼ばれるほどで、呼吸器系の不調の緩和や、風邪予防にも効果が期待ができるそうです。
ストレスを貯めないように、ちょっと料理したくない時は、『今日は冷凍のピザ1枚でおしまい』という日もあります。親としても、適度に息抜きをすることも大切だと思っています」
愛犬の存在が心の癒しになっている
「うちでは、愛犬の存在もとても心の支えになっています。ペットが人間の支えになると改めて実感しています。心が癒されます。
オレゴン州では、ロックダウン後から保護犬の里親活動が活性化しています。オレゴン州は保護犬の里親になるには厳しい検査があるのですが、コロナ発生以降はすごい勢いで保護犬の数が減っているという、犬にとってはポジティブな一面もあります。特に一人暮らしの方が積極的に里親になっていますね。
街がひとつになった瞬間
「休校になって1か月が経過しましたが、オレゴン州の公立校は、夏までの閉校がすでに決定されています。そんな中、先日(4月17日)、学校の先生方が一人ずつ自家用車にのって、いろいろなメッセージを車の窓に張り付けて、着ぐるみで車内から手を振って、街中をパレードしてくれました。
会えない子供たちのために、各家の前を車で通って、先生も泣きながら、どの家も親子で泣きながら、また会える日を願って、距離を取りながらメッセージを送り合いました。先生はクラクションを鳴らして、各家ではメッセージボードを掲げて。
事前にどの時間に、どの通りを通るかのアナウンスがあって、その時間に合わせて、それぞれの家から子供と親御さんが出てきました。街全体がひとつになったんです。この街がさらに好きになりました。コロナで失ったことでなく、コロナだから学べたことに感謝して生きています」
今、日本の方へ伝えたいこと
「日本において、現在のある程度の自由を保たれた政策によって、コロナのピークが終息してくれるのを願っていますが、同時にとても心配しています。
海外に住む私たちから見ると、レストランがまだ空いていて、店内でまだ飲食できるの?とか、バーが開いているの?とか、びっくりしてしまいます。
大きな街からは人が消えても、地元の商店街には人が出歩いているという日本の事実は、かなり衝撃です。『人の命がかかっている』ということがあいまいにされているところに、もどかしさを感じます。
人の命が最優先なのに、景気対策やオリンピックなどを心配し、大切な命を守るという『パブリックメッセージ』が日本で伝えられてこなかったとすれば、とても心配です。そして急に、オリンピックが延期になったからといって、人々が手のひらを返して危機感を持つというのは、なかなか難しかったと思います。
アメリカは2001年の9・11、リーマンショックなどを経験して、国民ひとりひとりが、民主主義の下、責任を持って考えて行動しています。日本の方も、「人に頼っていてはダメなんだ、自分たちが考えて動かなければいけない」という意識を持つ人が、さらに増えてくることになるのかもしれません。
6月に予定していた、日本への一時帰国はできなくなりました。でも、日本を想う気持ちは変わりません。早くコロナ禍が終息し、世界で平和な日々が戻ることを願っています」
- TEXT :
- 岡山由紀子さん エディター・ライター
公式サイト:OKAYAMAYUKIKO.COM