キョウコさん(47歳)の夫・アキラさん(50歳)は新聞社勤務。年収は1300万円。キョウコさんは専業主婦で自分の収入はありませんが、これまでお金の心配せずに暮らしてきました。ただ、子どもの教育費が本格的に必要な時期に入ったことで、万一の病気やケガに備えて、アキラさんが民間の医療保険に加入したほうがよいか、迷っています。

【前回記事:知ってると知らないとでは大違い!健康保険の高額療養費】

でも、民間の医療保険に加入しなくても、日本には手厚い公的な健康保険があります。これまで意識していませんでしたが、調べてみるとアキラさんの勤務先の健康保険には、独自の保障を上乗せしてくれる「付加給付」がありました。高額療養費(医療費が家計に大きな負担にならないように、1か月の自己負担額に上限をもうけた制度)は、所得に関係なく月3万円。

「夫の会社では、医療費自体がどんなに高くなっても自分で支払うのは3万円でいいらしいんです。医療費ってとても高いイメージがあったからビックリしました。でも……」

高額療養費制度の次に知っておくべきは… Photo by delfi de la Rua on Unsplash

高額療養費によって医療費の負担は低く抑えられるとわかったキョウコさんですが、まだ不安がありそうです。その不安の主は、保険会社の広告でよく目にする「先進医療」や「差額ベッド代」でした。

「高額療養費が使えるのは、健康保険が適用された治療や薬だけですよね。保険会社の広告を見ると、『先進医療や差額ベッド代は全額自己負担』だと書いてあるものが多いじゃないですか。やっぱり、医療保険に加入したほうがいいのでしょうか?」

たしかに、先進医療や差額ベッド代は健康保険の対象外。利用する場合は全額自己負担になります。でも、先進医療はすべてが高額ではありませんし、差額ベッド代も必ずかかるわけではありません。冷静になって調べてみると、イメージと実態はほど遠いことがわかります。

民間保険に加入する前に、まずは先進医療の実態について知っておきましょう。


■1:先進医療は本当に夢の治療? 受ければ必ず治る?

先進医療のなかで、保険会社の広告で取り上げられることが多いのが、重粒子線や陽子線を用いた「粒子線治療」です。悪性新生物(がん)に対する放射線療法のひとつで、体の内部にある病巣をピンポイントで狙いうちするのが特徴です。

「切らずに治すがんの最先端治療」などと紹介されることもあるため、従来からあるエックス線やガンマ線を用いた放射線治療より効果が高いイメージがあるかもしれません。でも、残念ながら粒子線治療については、いまだ十分な有効性は確認されていないのです。

日本の医療制度では、安全性と有効性が確認され、多くの人が利用できる体制が整うと健康保険が適用され、少ない自己負担で誰でも利用できる治療として広まっていきます。この健康保険が適用された治療は、「標準治療」とも呼ばれています。 

日常生活のなかで「標準」というと、「普通」「並み」など劣ったイメージがあるかもしれません。でも、医療における「標準治療」は、現段階で安全性と有効性がもっとも優れていることが科学的に証明された、最良の治療法を指しています。

一方、先進医療は将来的に健康保険を適用するかどうかを、国が評価している段階の治療法です。「先進」という言葉のイメージから、「最先端の優れた治療」「受ければ必ず治る」などの誤解も多いのですが、新たに開発された治療や薬を、厚生労働省の監督のもとで試験的に導入しているだけなので、その効果は未知数です。科学的なデータの裏づけが積み重なり、安全性や有効性が確認されれば標準治療に昇格しますが、有効性を示すデータが集められないまま消えていく先進医療もたくさんあります。

冒頭の粒子線治療は、「ほかに治療法がない」という理由で小児の固形がんへの陽子線治療、切除できない骨がんへの重粒子線治療については、2016年4月に健康保険が適用されました。ただし、その他の部位のがんへの有効性はいまだ明確に証明されていません。

そのため、放射線治療は従来からあるエックス線やガンマ線をもちいたものが現在も標準治療です。先進医療の枠組みで運用されている粒子線治療は、現状ではまだ格下の治療法という位置づけです。

つまり先進医療は、受ければかならず治る夢の治療ではないのです。

標準、普通という言葉の大切さがわかります

先進医療を受けるには、300万円かかるって本当?

一時、「先進医療を受けると300万円かかる!」といったテレビコマーシャルがさかんに流されたせいか、費用についても誤解があるようです。

確かに、先進医療には健康保険が適用されていないので、利用する場合は全額自己負担になります。また、重粒子線治療は約309万円、陽子線治療は約276万円など、高額なものもあるのも事実です。でも、先進医療のすべてが高額というわけではありません。

2016年6月30日までの1年間に、先進医療を受けた患者は2万4785人。技術料の平均額は約74万円でした。100万円を超える先進医療を受けた人は4176人で、全体の17%。残りの人は100万円以下の治療ですが、技術料が10万円以下だった人も32%いました。

先進医療でいちばん多いのが、「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」という白内障の手術です。先進医療の半数を占める1万1478人が受けており、費用は約55万円(厚生労働省「平成28年6月30日時点で実施されていた先進医療の実績報告について」より)。

健康保険で受けられる治療に比べると自己負担額は高くなりますが、すべての治療が300万円するわけではないのです。そもそも、先進医療を受けた患者は全国民のわずか0.02%。

まずは、標準治療を受けたうえで、それでも治らなかった人などが自己責任で、先進医療を受けるかどうかを決めていきます。先進医療は受けられる病気や部位が決まっているので、希望しても受けられないこともあります。病気になったからといって誰もが先進医療を受けるわけではありませんし、受けても必ず病気が治るという確約もないのです。

さらにいえば、今は先進医療の枠組みで運営されている治療も、今後、安全性と有効性が確認されれば健康保険が適用され、誰もが少ない自己負担で利用できるようになります。

医療制度の実態を知ってみると、先進医療が保険会社が不安をあおるような代物ではないことがわかるはずです。もしも、「先進医療が不安だから、民間の医療保険に加入しよう」と考えているなら、まずその実態を知ったうえで判断をしていきましょう。

■2:差額ベッド代とは? 大切なのは安易に同意書にサインしないこと

もうひとつ、キョウコさんが心配している「差額ベッド代」も誤解が多い費用です。

入院すると、6人部屋などの大部屋で過ごすのが一般的です。この室料には健康保険が適用されており、高額療養費の対象にもなります。ただし、個人が希望して個室や2人部屋など特別な環境の病室を利用した場合は、大部屋の入院料との差額が全額自己負担になります。これが差額ベッド代です。

ベッドに差額?

ただし、差額ベッド代は入院したら必ずかかるわけではありません。厚生労働省は、差額ベッド代を患者に請求してはならないケースとして、次のような具体例を挙げています。
 

  1. 同意書による患者の同意確認を行っていない。同意書に室料の記載や患者の署名がないなど、内容が不十分のものも含む
  2. 治療上の必要があって特別な病室を利用した場合
  3. 院内感染の防止など、病棟管理の都合で特別な病室を利用した場合

つまり、患者が希望して個室などの特別な病室を利用した場合を除いて、本来は差額ベッド代を患者に請求することは禁止されているのです。

ところが、こうした通知が出されていることを知らないために、差額ベッド代をめぐるトラブルに巻き込まれる人はあとを絶ちません。なかには、「入院時に差額ベッド代の同意書を渡され、よくわからないままサインをしてしまった」という人もいるようです。

個室を希望していなくても、同意書にサインをしてしまうと、患者が納得して利用したとみなされてしまいます。トラブルを避けるためには、入院時の説明はよく聞いて、差額ベッド代のかかる部屋の利用を希望しない場合は、絶対に同意書にサインしないようにしましょう。

医療保険は期間限定で利用、貯蓄を増やして早めに卒業を

先進医療も、差額ベッド代も、必ずかかるものではありません。保険会社は加入者を集めるために、ことさら不安をあおりますが、民間の医療保険に加入する前には医療の実態、国の制度などを調べて、本当に必要なのかどうかを慎重に判断するようにしたいもの。

高額療養費があるので、医療費の自己負担分はある程度の貯蓄があれば賄えます。先進医療や差額ベッド代は必ずかかるわけではありませんが、希望するなら、その分も貯蓄で賄えるかどうかを考えて、医療保険の必要性を検討してみましょう。

「保険に入っていると、なんとなく安心」と思うかもしれませんが、ただでお金がもらえるわけではありません。その分、毎月、保険料を支払わなければならず、相応のコストがかかっています。

一方、受け取るときは厳しい支払い要件が決まっています。病気やケガをしても、その支払い要件を満たす状態にならなければ、肝心の給付金はもらえません。ましてや、病気にならずに元気で長生きした場合は、大切なお金をただ消費するだけになってしまい、これから必要になる老後資金を減らしてしまう可能性もあるのです。

キョウコさんのように「子どもの教育費がかかるのに、病気になったら心配」という場合は、「次女が大学卒業するまでの10年間だけ加入する」といったように、期間限定で医療保険を利用するようにしたいもの。その間に医療費に使える貯蓄を増やして、できるだけ早く保険から卒業するようにしましょう。

この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。