ロックダウン段階的な解除が進む、デンマークの現状とは
2020年3月11日から施行されていたロックダウンも、段階的に解除されて1か月以上経つデンマーク。国連の関連団体による「世界幸福度ランキング」の常に上位にいる同国は、充実した福祉と高水準の教育環境、心地よく暮らす「ヒュッゲ」の習慣でも有名です。
イースター休暇あけの4月15日、欧州で最初に学校教育を再開。*保育園や幼稚園、小学生と幼い子からの教育の再開は、両親のスムーズな仕事再開を促しています。本記事では現地在住のデンマーク公認ライセンスガイド・通訳・コーディネーターのウィンザー庸子さんにお話を伺います。
*もともとロックダウンしていないスウェーデンは除く。
Q1:デンマークのロックダウンから、現在までの流れを教えてください。
●早い段階で罰金を伴う自粛要請、具体的な補償内容を発表した政府
「ロックダウンに対する首相の決定が早く、また、それに対する経済的補償も早かったのは賢明な措置でした。その内容は、企業が従業員を解雇しなくて済むよう、雇用者は従業員の給与の25%を支払い、政府は75%を支払い、被雇用者は5日間の有給休暇を返上するという3者の痛み分けでした。
それでも、解雇や倒産する企業はあるものの、日本のように自粛ばかりで補償が伴っていないという批判は、ほとんど聞かれませんでした。デンマークは汚職率が低く税金が高いので、その使われ方や政治への関心も高く、投票率も著しく高い国です。信頼に足る仕事を政府がしている、と国民が評価しているのも、罰金を伴う、ある意味強硬な決定に素直に国民が従った要因かと考えます。
3月12日より、病院は医療従事者の感染を防ぐため,生死に関わる真に深刻な患者以外の通常診療・治療は行わず原則的に閉鎖され、すべての学校や大学の一時休校も発表されました。3月14日より、国境の封鎖を決定。封鎖解除のタイミングについては、状況を見て6月1日までになんらかの発表があるといわれています。
閉鎖準備の期間を経て、3月16日から保育園、すべての教育機関、公的機関(警察、消防、医療関係者やその他、必要な職種を除く)を閉鎖。公務員は自宅待機又は在宅勤務。民間企業にも在宅勤務を要請。 図書館や美術館、博物館等の文化施設の閉鎖。
レストラン、カフェ、バーなどの飲食店は、テイクアウト営業のみ可能に。大規模ショッピングモール、アーケード、室内スポーツ施設、フィットネスクラブ、美容院、ディスコクラブ、バー、なども閉鎖されました」
●高いコミュニケーション能力で、国民の心を掴んだ首相
「3月18日からは、11人以上の集会は室内外とも禁止になりました。『ウルトラニュット』という子ども向けのニュース番組に首相が出演し、子ども向けにコロナ対策に関して説明をしたことが話題になりました。
『お誕生日を迎えるのだけれど、お誕生会を開いてもいいかしら?』という子どもの質問には、『まずはお誕生日おめでとう!』とお祝いの言葉を述べてから、『残念ですが今年のお誕生日は多くの人を招いては開かないように』とお願いし、国民の心を掴みました」
●外出制限を解く最初の一歩が「学校の再開」。教育と経済の再開をセットで考える合理的な一面
「4月15日に保育園から5年生までと高校3年生が、特別の規則のもとに開始。国民の協力のもと、感染者が引き続き急激に増加はしていないということで、5月7日から無観客のプロスポーツが再開可能に。5月18日からは、6~10年生、学童クラブや出席を要する試験も再開。
図書館も本の貸し出しと返却ができるようになりました。コロナ対策ガイドラインのもとで、屋外でのスポーツのクラブ活動、教会と宗教活動団体、小売業が営業を全面的に再開。
5月21日からは、文化施設や、動物園等の施設。5月27日からは、屋外の遊園地、公的な研究活動、語学学校、国民高等学校、高校、夜間学校、音楽・文化学校などの集会活動(合唱等は制限あり)等が可能となりました。
Q2:現在の街の様子を教えてください。
●消毒液や距離を置く目印の設置、「ボタンは肘で押す」などのステッカーが日常の風景に
「デンマーク人が集まる街には、かなり人が戻ってきています。一方でコペンハーゲンの観光客に人気のあるスポットなどは、国境が封鎖されているため、いつもより静かです。東京に例えるならば、新宿よりも吉祥寺や立川に人が増えている、といった感じです」
Q3:学校でのコロナ対策はどのようなものですか?
「我が家の子どもたちの学校は、5分おきに時間をずらして登校しています。1クラス24人前後なのを2クラスに分けて授業をしています。悪天候のとき以外は、授業もなるべく屋外でおこない、休み時間は自分のクラスの子とだけ遊んでいいなどのルールがあります。
学童の時間も場所を分けて自分に割り当てられた場所でのみ遊べます。手を頻繁に洗うよう指導されています」
「保育園では、送りとお迎えは園庭で行い、保護者は保育園の建物には入らないことにもなりました。2歳の娘は登園初日、大好きな先生に抱きつこうとしましたが、離れていなくてはならず、小さな子に理解できるはずもなく少しかわいそうでした。
その後、ガイドラインが変わり、現在では抱きしめてくれるようになってホッとしています」
Q4:ロックダウン解除前と後で、「変わったこと」「変わらなかったこと」を教えてください。
【変わったこと】
●国境封鎖で観光客がいなくなった
「私の仕事は、デンマークにいらっしゃる日本人の観光や、商談や視察の手配、同行通訳・ガイドなので、国境封鎖によりほとんどの仕事がなくなってしまいました。今後の見通しは立っていません。私も含め、観光・サービス業は今後人々の行動様式の変化により大きな打撃を受けると思われます」
【変わらなかったこと】
●教育で国民の手に職をつけ、国を強くするという基本姿勢
「デンマークは、資源のない小さな国なだけに、人が資源。教育で国民に手に職をつけさせて、みな働いて納税することが基本となっている社会です。
PCの普及率も9割近く、国民ひとりに一台あるような状況です。子どもたちもイントラネットでオンライン授業を受けること自体にはすぐに慣れました」
「その結果、小さくても動きのよい企業や、大きな政府の援助体制がうまくいっているのかもしれません。デンマークらしい、ユニークな動きをした会社の一例をご紹介します。ステュッカ社では、テレワーク用に段ボール製組み立て式のデスクを販売し始めました。環境に最大限に配慮するために国内工場で生産し、状況が変わって不要になれば100%リサイクルできるというアイテムです」
●リモートワークはお手の物
「日によって出社せず自宅から作業するという人や、子どものお迎えなどに合わせて14時半ごろには退社して子どもの寝たあとにメール返信など、コロナ前からもともとフレックスな就労形態でした。仕事の評価の方法が、職務の結果に対するもので、その作業方法は各自に任されています。
オフィス中心の仕事内容の人は、在宅勤務への切り替えも早く、オンラインで会議が続けられることで業務に支障がない人が多かったです」
●お家時間を楽しむ「ヒュッゲ」の習慣が役立った
「もともと家に人を呼んで食事をしたりすることは多かったのですが、コロナで人を訪問できなくなり、家族の時間が増えました。ヒュッゲというのは、心地よいと自分が感じる空間や時間のことをさします。家族の時間を心地よく過ごすために住居や食べ物に関心を注ぐ習慣は今回の閉じこもりには役立ったかもしれません。
一方で実はデンマークの40%の世帯は独居世帯です。オンラインで会話は続けられても、物理的にはひとりで過ごさねばならない人も多かったことには、孤独感を募らせた人も多かったのではないかと思われます」
日本の皆さんへのメッセージ
今まで経験したことのないロックダウンという事態に、今後は仕事や生活様式を変えざるを得ない可能性もあり、私も不安を抱えております。
しかしながら、同時に、私が以前住んでいたタンザニアやバングラデシュでは、明日の生活にも困るかもしれないもっとギリギリの暮らしでも、灼熱の太陽のもと、逞しく、明るく生き抜いている人々がたくさんいらっしゃったことも思い出します。
多くの人々の生活様式や求めるものが、本質的で、シンプルなものになることは、無理のない生活を心地よく感じるようになり、決して悪いことではないのかもしれません。
ですが、日本や世界が、特にアジアで感じられるような活気や熱気、人と人とを密に感じる空間や瞬間を失って、デンマークみたいにいつも落ち着いた感じになってしまうのは、なんだか小さくまとまってしまうようで、すこし寂しい感じもします。
今あるもの、今できることに感謝して、事態を乗り切っていくことが重要だと思いを新たにしております。
ウィンザー庸子さんのお話を伺って感じたのは、自分の置かれた環境で「今あるものに感謝する」シンプルな姿勢が、今後私たちの幸福感を得るためのヒントになるだろう、ということでした。また「人が資源」と考えるデンマークの、すべての人に開かれた高い教育水準は、今後も大きなアドバンテージとなるだろうとも。
デンマークの人々は、臆病になりすぎて思考停止するよりも、まず一歩踏み出し、冷静な目でその都度微調整をし、必要であれば専門家の意見を仰いで、迅速に行動する合理的な姿勢を持っていました。これはとても示唆に富んでおり、今後の行動の指針として参考になると感じました。
参考文献
- TEXT :
- 土橋陽子さん インテリアエディター
公式サイト:YOKODOBASHI.COM