多様な考えを受け入れ、正しい選択ができる次世代を育てる責任
ニューヨーク州のグリニッジビレッジに暮らす、古野佐和子さん。
ロンドンでの設計事務所勤務時代に立ち上げた、スタイリッシュなヘルメットのブランド「Sawako」のファウンダーです。同ブランドを国際展開するまでに育てあげ、この夏から人気の自転車ブランド「tokyobike(トーキョーバイク)」と組んで、キッズラインが日本に凱旋上陸を果たしました。
古野さんは、2008年にインド、パキスタンの血を引くイギリス人のご主人と国際結婚、ふたりの娘さんの母親でもあります。
自宅があるニューヨークのほか、東京、ロンドンと複数の国際都市を行き来しながら、起業家・デザイナー・建築家・妻・母として暮らす生活圏内で起こった「Black lives matter(ブラック・ライブズ・マター)」にコロナ禍。さまざまな変化に古野さんは、どのように対応していったのでしょうか?
「キャリア編」と「ライフスタイル編」の2回に分けて、古野さんへのインタビューを通してそのヒントを探ります。
後編の本記事は、ライフスタイル編。古野さんから見たニューヨーカーたちのライフスタイルの変化や、彼女が現在2か月単位で借りて過ごしている、ニューヨーク州の避暑地・ウッドストックでの暮らしの様子をお届けします。
近所の公園で毎日のように行われる抗議デモ
人種差別に対する抗議デモ(「ブラック・ライブズ・マター」)が、毎日のように行われているユニオン・スクエア公園は、古野さんの家の近所。娘さんたちとよく訪れる場所でもありました。
「グリニッジビレッジは、アートや芸能関係の方が好んで住む街です。その結果、色々なタイプの人が混ざって暮らしています。金融業関係者であふれるマンハッタンのなかでは珍しく、建物も低層なものが多く、小さなコミュニティを築ける親しみやすい雰囲気が大好きです。
近所にはワシントン・スクエアという、ニュ−ヨーク大学に囲まれた美しい公園があります。学生たちが珍しい映画のプロジェクトをやっていたり、グランドピアノを引っ張ってきて素敵な音楽を奏でてくれたり、子連れで行ける遊具もあったりと、楽しい場所です。子どもと過ごしたたくさんの楽しい思い出が詰まっています」
「そのワシントン・スクエアが、『Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)』という人種差別への抗議運動の中心地となり、ヘリコプターが24時間頭上にいて眠れない夜が続きました。
翌朝近所を散歩してひどく荒らされた通りを子どもたちと目のあたりにし、アメリカの複雑で悲しい現実を実感することがありました。大好きなジェラート屋さんのウィンドウも壊されているのを見て、『人権問題と全然関係ないじゃん!』と怒る子どもたち。
ジョージ・フロイド氏の動画があまりに衝撃的だったことや、みんなコロナで監禁生活をしていることのフラストレーションが重なって、怒りが関係ないものまで巻き込むほどの規模になっていることを説明しました。
『暴力によって、メッセージ自体が薄まらないといいよね』と、話し合うなど、一緒の時間が長くもてたおかげで深い話もじっくりできてよかったです。
日本で育ったから、こういう人種差別は知らないできたという言い訳は通用しません。私なりに情報を集め、子どもにも分かるように伝えることを心がけています。
次世代を育てる責任の一部として、彼らに正しい選択をできる大人になってもらいたいと思っています」
郊外へ人の移動が始まり、様変わりしたマンハッタン
日本でも郊外への移住がはじまっていますが、マンハッタンの賃貸住宅市場では、コロナ禍の影響で空室が目立ちはじめ、価格も下がりつつあるといいます。
「いつも人混みとクラクションであふれているマンハッタンが、コロナ禍で一気にゴーストタウンのようになりました。ニューヨーク外に家族がいる人や別荘がある人たちは、狭いマンハッタンから密を避けて疎開しはじめています。私たちの周りの家族は、シティーに残っているほうが少ないくらい。
ニューヨークは物価がものすごく高く、日本と比べたらとても汚いです。その一方で、エネルギッシュなニューヨーカーのおかげで魅力的であり続けてきました。そういった魅力的な人が減っていく今、ここから引っ越して行く人も増えていくと考えられています。
ビジネスもリモートワークが意外と効率がいいことに気づきはじめ、オフィススペースにも空きがでてくるでしょうし、オンラインショップにさらに拍車がかかってお店もどんどん閉まっています。コロナ禍が解決するころにこの街がどういう姿になっているかは、まだまだ見えてこない感じです」
古野さん一家も、現在はニューヨーク郊外のウッドストックにプール付きの家を借りて過ごしています。
「私たち家族も、子連れでは外出さえ息苦しさを感じていたマンハッタンを離れ、現在はウッドストックの山でゆったりとした時間を過ごしています。
子どもたちも友達に会えないのは寂しいけれど、忙しすぎたかもしれない日常から少しブレイクできているのも確かです。家族そろって街中をサイクリングすることも増えましたし、一緒に料理することも増えて子どもたちの料理のレパートリーも広がったのはよかったです。
先日は、山の家まで茶道の師範をもつ友人が、お道具を持って遊びに来てくれたので、娘たちも喜んで参加していました」
変化を受け入れることで、世界は面白くて美しいものになる
新型コロナウイルスの世界的パンデミックにより、働き方を変えたり、郊外への移住を決断したり、都会にとどまり変化に対応するなど、以前から潜在していたさまざまな選択肢が見えるようになってきました。今後の展望はどのようにお考えなのでしょう。
「ニューヨークのいいところは、生活圏内に学校も娯楽もあるところでした。子どもたちの学校は徒歩圏内にあり、手をつないで通える時間は宝物です(ニューヨークでは10歳まで大人が同伴します)。
私が仕事をするコワーキングスペースへも自転車通勤ができてとても便利。いつも忙しくしている夫とは、シッターさんをお願いして週に1回デートナイトに出かけていました」
「レストランやバー、ショービジネスがたくさん集まっているニューヨーク。現在は、通りにテラス席を設けるお店が増えたり、路上でのパフォーマンスや大きな建物を使ってのメッセージのライトアップなど、少しずつその活気が戻ってきつつあるようです。また、それを願っています」
このまま郊外の家で暮らすわけではなく、またグリニッジビレッジに戻るという選択をされた古野さん一家。再び夢中になっていることがあるそうです。
「今ちょうど、ニューヨーク州郊外に週末用の家を建設中なので、どうしても家のデザインやインテリアデザインに興味が湧いてしまいます。趣味というより仕事ですが、好きなことを仕事にするということはこういうことかもしれませんね。
あとは、購入した土地に数家族でシェアするテニスコートがついているので、テニスをやりはじめました。大学時代にテニスサークルにも入っていたのですが、飲み会専門だったので(笑)レッスンを受けなおして。子どもたちも一緒にできる年齢なので家族で楽しめています」
いかがでしたか?
国際都市(ニューヨーク、ロンドン、東京)に住む、多民族(日本人、インド人、パキスタン)、多国籍(イギリス人、日本人)の古野さんご一家。多様なアイデンティティをもち、のびのびと育つ娘さんを見守るタフなお母さんの一面が頼もしいですよね。
古野さんの「無知は、恐怖と憎しみを生む可能性があり、不安は壁を築く」という言葉も、インタビューで印象に残ったフレーズでした。
相手を知るということは、自分を知ることからはじまるのだとすれば、コロナのおかげで見えてきた多様な選択肢から、どれを自分は選ぶのか。それを動きながら考えて、他人との違いを楽しめる心が、真に強いのだ、との思いを新たにしました。
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- TEXT :
- 土橋陽子さん インテリアエディター
公式サイト:YOKODOBASHI.COM