ビューティーとは人間らしさ!金融業界からフランス企業へ転身した副社長

「管理職など責任のある仕事に就く、というのは、特殊な天才でなくてもできることです」──。日本女性には、なにごとも臆することなくチャレンジしてほしい、と語ってくれた日本ロレアルのヴァイスプレジデント コーポレートコミュニケーション本部長の楠田倫子(くすだともこ)さん。男女雇用機会均等法の施行後間もない金融業界に就職し、時代に甘んじることなく私費でMBA留学、最適なキャリアパスを選び、グローバル企業のエクゼクティブへの道を歩んできました。

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日本ロレアルのヴァイスプレジデント コーポレートコミュニケーション本部長の楠田倫子さん

小さいときから「外国と関係のある仕事をしたい」と海外に漠然とした憧れを持っていたと言う楠田さん。ところが、上智大学法学部卒業後にバブル景気のなか新卒の就職先として選んだのは、旧富士銀行(現みずほ銀行)。『半沢直樹』さながらの世界を経験後、米国・ニューヨークのコロンビア大学経営大学院へ留学しMBAを取得しました。

帰国後は、米系消費財メーカーを経て、1999年に日本ロレアルへ入社。マーケティング統括や製品開発を担当したのち、事業部長職を歴任し、日本ロレアル経営委員会メンバーに。そして2020年1月1日付けで、ヴァイスプレジデント コーポレートコミュニケーション本部長に就任しました。

それでは早速、女性管理職53%を達成した日本ロレアルの楠田さんに伺った、キャリアに関するエトセトラをご覧ください。

日本ロレアル ヴァイスプレジデント 楠田倫子さんへ10の質問

──Q1:最初に就いた仕事は?

旧富士銀行(現みずほ銀行)に総合職として入行し、虎ノ門支店にて主に外資系企業を担当していました。私は平成元年の入社なんですね。本当に均等法世代で『総合職』ができて間もなくのころ。当時はバブル景気で、女子総合職を銀行、商社などが採用し始めたこともあり、その波に乗ってフワッと…。

いまから30年ほど前の『ザ・日本の会社』で(ドラマ)『半沢直樹』は大袈裟ですが、エッセンスはあるかなという感じ(笑)女性総合職を採用してみたけれど、会社自体に戸惑いがあったのかもしれません。新卒の私も未熟でしたし、働く環境として難しいな、と思うところがありました」

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都庁に至近、新宿高層ビル街にある本社からの風景

「例えば、配属された虎ノ門支店でしたが、支店には基本的に窓口業務をする女性しかいなかったんです。しかし、総合職の私にテラー(窓口担当)はさせられない。とはいえ、取引先を持って融資の案件を取りまとめる部署に配属されたものの、女性を取引先の担当にはできない、ということで、支店内でアシスタント的な業務をしていました。

同期の男性は1年目でもどんどん外に出て仕事をしていたこともあり、声をあげたところ、2年目には少し担当企業がもらえるように。それでも難しいと思うことは多かったんですよね。しかし30名ほどいた私の女性同期のなかには、現在も勤務されている人もいるので、続ける道がなかったとは思っていないのですが」

──Q2:現職に就いた経緯とその内容は?

「配属された虎ノ門支店では、外資系の取引先が多く、外資系であれば女性が担当でも抵抗がないのではないか、という配慮のもと、数社を担当することができました。

担当する外資系メーカーから、新製品のマーケティングや投資額、売り上げなどといった事業計画を伺うなかで、『もしかしたらメーカー、それも外資系とかの方が向いているかも?』と感じ、『仕切り直し』を決心したんです。

小さいころから外国に憧れがあり、留学もしてみたいと思いながらも機会を逸していたので一念発起。一年ほど働きながら、TOEFLやGMATなどの留学準備をしました」

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N.Y.にあるアートの殿堂、リンカーンセンター。ピアノは大学卒業するまで続けていた、という音楽好きな楠田さん。留学時代は土曜朝8:00から翌週一週間分を売り出す10ドルの立ち見席でオペラ鑑賞を楽しんだそう。好きなオペラは『椿姫』や『カルメン』。

3年弱勤務した銀行を退職した後、私費でMBAを取得するため米国・ニューヨークのコロンビア大学へ。マーケティングを学びました。バブルが弾けたばかりくらいの時代だったので、社費派遣で来ている日本人はミッドタウン(マンハッタン中心部)の高層アパートに住んでいましたが、私はキャンパスの隣のブロックに、大学が1棟を学校職員用に買い上げたアパートを安価で借り、2年間を過ごしました。

卒業し帰国後は、米系消費財メーカーを経て、1999年に日本ロレアルへ転職しました。

現在は、企業広報の責任者をしており、また、役員として日本ロレアルの経営課題全般にも関わっています。

この春からほぼ在宅勤務という、特殊な状況が続いているのですが、チームメンバーで顔を会わせる機会がないため、毎朝オンライン朝礼を実施しています。

9:00から10:00の間に、チームメンバー5人で、その日の業務や連絡事項を毎朝確認。朝イチでこれを行なったあとは、オンラインミーティングが続きます。空いた時間は、広報なのでリリースを書いたり、本社から届いたドキュメントや、逆に日本からのレポートなどの翻訳業務が結構多いです。

なかなか17:00に仕事が終わることはないですが、会社全体としては、残業を減らしワークライフバランスを整えていくことにすごく注力しているので、深夜残業は基本ないです。もし、あった場合は、業務効率化や増員などの対応策をとるので放置されることはありません」

大切なことはリスペクト!企業文化の融合に苦労したことも

──Q3:キャリアのなかでもっとも大きかったチャレンジは?

シュウ ウエムラの事業部長に着任したことです。MBA留学の専攻はマーケティングでした。ファイナンスと異なる分野をやりたくて選択し、それ以来私はマーケティングキャリアなんですね。

それまでもマーケティングの責任者という立ち位置でなら、チームマネージメントなどの管理職経験は長かったのですが、営業や現場スタッフの教育など、マーケティングという自分の専門分野以外の領域を含む事業部全体を統括するのは、それが初めての経験でした。

年上で、業務経験や人生経験も自分より豊富な方を管理するのは当時の私にとってすごくチャレンジでした。大事にしたのは、人としてリスペクトすること、です

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シュウウエムラのアイコニックなクレンジングオイルなど、ロレアルの人気プロダクツ

「またシュウウエムラがロレアル傘下になって日が浅かったこともあり、企業文化の融和にも苦労しました。一つのチームとして信頼関係を築くのにはじめは難しいところがありましたが、最終的には通じ合えたと思います。

当時、創業者の植村秀さんがまだご存命で、すごくサポートしていただき、秀会長がいらしたから私も何とかやれたような部分もあります。創業社長のパッションで動いてきた会社がグローバル企業のいちブランドになるというのは、戸惑いを覚える方も多かったので。

うちの会社は自主性を重んじるので、売上目標などの出すべき結果は明確にもらえますが、どうやって実行するのかについては任せられるんです。それが自由裁量度が高くて、面白いという部分でもあるんですが、見方によってはちょっと雑とか乱暴と受け取られる場合も。そのあたりの風土の違いもありましたね」

──Q4:成功の秘訣は?

できることからひとつずつ形にしていく。焦らないこと

ビューティーは右脳と左脳のミックス!ユニークな商材であることも魅力

──Q5:現職で最も気に入っている点は?

多様性を尊ぶ、自由な企業文化、『ビューティー』という、人生を人間らしく彩る営みに関われること、そして減点主義ではなく加点主義であること、です。

社員はフランス人の割合が多いですが、アジア諸国の人も。ビューティーに関して自分で心がけているのは、笑顔です。あとは美しいものをみたり、触れる時間を大切にしています」

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カラフルなアートの前で談笑する楠田さん

ビューティーに関わる仕事を好きだな、と思うきっかけとなった一つが、2011年の震災です。はじめは東京消防庁や自衛隊の方とかが、自分の命を張って活躍してくださり、そのあとは生活必需品を供給し社会貢献されている企業がたくさんいらっしゃり…。一方、私は化粧品を売る仕事の無力さを感じていました。

しかし、ライフラインがないというフェーズを過ぎたあと、口紅を寄付する機会があった際、ものすごく喜んでいただけたんです。生死の部分には関われないかもしれないけれど、人間が自尊心を持って、人間らしく生きるところで、ビューティーという動物にはない概念の大きな意味に気が付きました。

『あまりにも過酷な一か月を過ごし、口紅をさすことを忘れていました。でもこの一本の口紅で自分を取り戻しました』という声を聞いて、人間らしさというビューティーの真意を自覚したというか…」

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ヘアカラーからスタートしたというロレアル。「世界は科学を必要としており、科学は女性を必要としている」という信念のもと、女性科学者を支援し、日本の課題である女性研究者比率の向上へ貢献しています。2020年度 第15回「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」受賞者4名を選出したばかり。

「職種としては、ファッションに近いイメージを持たれている方が多いと思いますが、意外とシャンプーなど日用雑貨品に近かったり、医薬品みたいなところも。さらに化学やアート系の要素もあり、境界領域なんですよね。

会社の社是で『詩人であり農夫であれ』や、『右脳と左脳』というのがあるのですが、数字やロジック、サイエンスの部分と、ファッションやエモーションの部分の両方が混在するカテゴリーで、ビューティープロダクツはユニークな商材なんですね。そういう意味で面白さがあります。

もう一つ、当社のユニークな社風に「加点主義」的な人事育成方針があります。加点主義というのは、その人の得意な分野での貢献を望み、そこで輝いてほしいというのがあるので、職責も人に合わせて整えてくれることも」

──Q6:現職はどんな点がパーソナリティに合っていますか?

「前例にとらわれることを良しとせず、自由な発想・自主性を重んじるところです。

何を求めているかはすごく明確だが、好きにのびのびとやらせてくれるのがいい、と言っていただくことが多いのですが、実は、求めていることを受け取れる相手かどうかを最初に見極めることを、チームマネジメントにおいて大切にしています。ちょっと難しいかな、と感じた際はかなりハンズオンで入ります」

──Q7:キャリアを振り返る際、後悔はありますか?

「後悔しているわけではありませんが、日本企業であのまま頑張り続けたらどうだっただろう?と思うことはあります…。

3年弱で辞めたのですが、直談判して取引先を数社もらったので良し、として卒業しました。いろんな意味で未熟でしたし実績も大したことなく…、当時の私に今、声をかけたいという気持ちはあります」

格差ゼロを目指すには女性登用を増やすことが重要

──Q8:職場の女性の働く環境は整っていますか?

管理職ポストの過半数を女性が占めており、性差を全く意識せずに働ける社風です。男性も育休を取ることはもちろん可能ですが、実際に取得する方は少ないです。これは一年仕事から離れることに男性側に抵抗があるのではないかな、と思います。

福利厚生的なことでいうと、特別なことはありません。社長が言っていたのは、制度やルールの問題ではなく、カルチャーであると。性別関係なく、縁があって入社した人に、その人らしくキャリアを築き会社に貢献していただく、ということを真摯にやっている結果、女性は出産・育児ということをライフプランに入れている人が非常に多く、それに最適なキャリアプランに繋がっているということであって、ルールで縛っていることではない、と」

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アクリル板でコロナ対策が施された、明るくおしゃれなカフェテリア

「年に2回人事考課面接があって、今後のキャリアプランについてきちんとディスカッションします。元シュウウエムラの方達にも当たり前のように今後の希望を聞いたところ、皆さん驚かれて。自分の意思というよりも会社が出した辞令に従うという意識があるためか、希望を聞かれて、遠回しの肩たたきだと勘違いされたみたいで(笑) その反応が衝撃でした。

それくらい社員が自発的に自分のキャリア形成をし、それに対し会社がきちんとサポートするというカルチャーがあります。育休を取得していた社員にも同様で、休んでいたからといって、キャリアのハンディになることはなく、性別による給与格差もないですし、結果として現在の環境になっています。男女格差がない分、女性を保護することもありません。そのため、結果主義なので頑張らないといけないですけどね。

私は女性の人数を増やす、マイノリティでなくす、というのもとても大切だと思っています。日本社会は海外に比べてビジネスや政治の世界は女性の進出が遅れているので、どこかの時点で一度、登用目標など人数をかさ上げするということをやらなくては、と思っています。一部の特殊な、やる気と能力のある人が頑張っているのでは時間がかかってしまうので」

──Q9:仕事において、コロナによる変化は?

「在宅ワークが圧倒的に増えました。現在、出勤は2週間に一回ほどです。全社的にはチームを2つ作り、どちらかでクラスターが起きても、片方は無事に稼動できるよう、決して交わらないように設定しています。そのため、最大でも出勤率は50%に抑えています。それに加え、在宅を推奨しているので、物理的にどうしても会社でないとできない仕事がない限りは、在宅を選択している人が多いので、現状15%ほどの出勤率です。

コロナ以前は在宅勤務の日数に上限がありましたが、今はなく、基本は在宅で、出勤したいときは出勤可能日から選択する、という感じです」

──Q10:働く女性にアドバイスはありますか?

「日本の女性は自己評価の低すぎる人が多い気がします。何かに挑戦する前に、『私には無理、できない』とあきらめてしまう。管理職など責任のある仕事に就く、というのは、特殊な天才でなくてもできることです。ぜひ臆することなくチャレンジしてほしいと思います。

とはいえ、私も海外の人と話していると、自分が自信なさげにみえるんだろうな、と感じることも。自信は経験値がつくるというのは絶対あると思います。また、嫌われたり、失敗することを過度に恐れることはないですよね」

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女性だからって、いつも感じよくしている必要はない、と楠田さん。「特に若い方が考えている、この世の終わりのような失敗は実は大したことない。全然想定内です!」

「フランス人と話していた際、なるほど!と思ったことがありました。子どもが自分の主張が通らず癇癪を起こしたときに日本人のお母さんは、ほぼ全員が『何わがまま言っているの! 我慢しなさい』と言うと思いますが、フランス人は『あなたが何をしたいのか述べなさい。そしてちゃんと周りを説得しなさい』となるようです。

自分のやりたいことを我慢しろ、というアプローチをするフランス人はまずいない。自分軸で語って、それで反発されれば自分軸を修正するのも良し、自分を通したいのであれば通せるだけのロジックを整える。そんな感じでお子さんの自分軸を潰さないように育ててあげたいほしいな、と思います。それに小さいころから自分の考えをいかに通すかということを考え続けていると、述べるスキルも磨かれていくのでしょうね。空気を読む日本では、ちょっと生きづらくなってしまうかも知れませんが(笑)」


以上、日本ロレアルのヴァイスプレジデント コーポレートコミュニケーション本部長の楠田倫子さんに伺った、キャリアについての10の質問でした。

明日公開の【ライフスタイル篇】では、マインドフルネスやヘアケア、そして素敵なフラワーアレンジメント、おすすめパーティーフードなど、キャリア女性的プライベートについて、Precious.jpに語ってくださいます。どうぞお楽しみに!

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この記事の執筆者
立教大学法学部卒。ドイツメーカーにパーチェイサーとして勤務後、2009年に渡米し音楽修行。ジュリアード音楽院、マネス音楽院にて研鑽を積む傍ら、2014年ライターデビュー。2018年春に帰国し、英語で学ぶ音楽教室「epiphany piano studio(エピファニーピアノスタジオ)」主宰。ライターとしては、ウェブメディアを中心にファッション、トレンド、フェミニズムや音楽について執筆している。
公式サイト:epiphany piano studio
WRITING :
神田朝子