大原野 ©水野克比古
大原野 ©水野克比古

桜を通じて四季を感じることを楽しんで欲しい、そんな思いから雑誌『和樂』でも毎年、桜の特集が恒例となっています。日本の季節の移り変わりの美しさと、それを愛でる心をもつことの豊かさ…ことに桜は、そんな日本の春の美しさを象徴する存在ともいえるでしょう。

枝垂桜
枝垂桜

なぜ日本人は桜の美しさに心惹かれるのか?

日本文化の“根っこ”にあるものは和歌であり、百人一首に代表される日本の歌はすべて、四季に結びついています。『源氏物語』では、光源氏が生涯を通じて愛し抜いた女君、紫の上が桜に例えられ、『古今和歌集』では、桜を詠んだ春の歌が多数撰ばれ、貴族や位の高い武将たちは花見の原型である観桜会を催しました。もともと桜は上流階級の貴族が楽しむものでしたが、江戸時代に浮世絵によって庶民のものとなり、現在のお花見文化につながったのです。桜の楽しみ方としてひとつ、桜の歌を覚えてみてください。桜の見方が変わってくるかと思います。

「さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける」(風で桜の花が散ってしまったあとの余波のように水のない空に花びらの波が立っている)──『古今和歌集』紀貫之

「見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし」(見る人もない山里の桜花よ。おまえ以外の花が、すっかり散ってしまったあとに咲けばよいのに)──『古今和歌集』伊勢

立本寺 © 水野克比古
立本寺 © 水野克比古

こうして桜は古くから人々の暮らしに寄り添い、日本人の桜に対する感性や文化が築かれていきました。舞い散る花びらや、水に浮いている花びらを美しいとする感性もまた、日本人ならでは。この季節に、ほんの一瞬、ぱっと咲いてぱっと散る、その桜の儚さを“あはれ”と感じる美意識こそが、日本文化の根源ともいえるでしょう。花見や夜桜など、ひとつの花をこれだけ多様な楽しみ方をするのは日本人だけ。それだけ桜という花は、日本人にとって特別な存在なのだと思います。

『京都 桜めぐり、水辺歩き』
写真・文=水野克比古 小学館 ¥1,500(税抜)
京都に生まれ、京都を撮り続けて45年の写真家、水野克比古。桜の写真はすべてフォト&エッセイの近著より。カバーの写真は立本寺の桜吹雪。
この記事の執筆者
1970年生まれ。大学卒業後2年間、ヨーロッパ、北アフリカを中心にバックパック旅行を経験。テレビの制作会社を経て小学館入社。『Domani』7年、『和樂』13年の編集を手がける。ウェブマガジン『INTO JAPAN』編集長を兼務。 好きなもの:仏像巡り、土門 拳、喫茶店、マンガ、ボブ・マーリー、雑草観察、スキー、どぶろく、ビール、トルコライス、セントジェームス、顔ハメ写真
公式サイト:INTO JAPAN
クレジット :
撮影/水野克比古 構成/渋谷香菜子