全国公開中の出演最新映画『朝が来る』では、男性の不妊症で「特別養子縁組」に踏み切った父親・栗原清和を演じた井浦新さん。作品は「家族観」が多様化する時代に、「血の繋がり」とは異なる家族の繋がりもあることを投げかけます。
ご自身も父親である井浦さんが作品を通して感じた「父親」とは、「家族」とは、またこのコロナ禍に変化する「人と人との繋がり」について、お話を伺いました。
役を“生きる”なかで再認識した、同じ時間を過ごす尊さと「家族」の意味
──栗原清和という役は、順風満帆に生きてきた人だと思いますが、予想外の「男性不妊」という事実を突きつけられます。その気持をどんな風に推し量りましたか?
清和自身は自分のことを「強い人間」と思っていたと思うんです。それが人生で初の「負け」を知らされ、しかも自分ではどうすることもできず、さらにその辛さをどう表現していいかすらわからないんだろうなと。
ただ実際にあのときに感じていたのは、自分のことより妻・佐都子への申し訳なさで。撮影の合間に監督とも話したんですが、何が苦しいって、いつも傍に寄り添ってくれた佐都子に、彼女が望む幸せを経験させてあげられないことでした。清和が離婚を切り出すのも、一度佐都子に突きつけてみようということで、現場で生まれた展開です。
清和の気持ちを推し量るというより、芝居ではありながらも、僕自身の気持ちが清和として自然と動いたという感じです。河瀨組では現場に入る以前に「役積み」という段階があるんですね。
──「役積み」とはどういうものでしょう?
監督もカメラもいない状況で、登場人物はこんな経験をしているんだろうなというのを実際に体験してみるんです。今回は、妻役の永作博美さんと二人とか、プロデューサーと三人とかで、不妊治療の病院に行って無精子症の診断を受けたり、特別養子縁組のNPOの面接を受けたりしました。
──もしかして、特別養子縁組の説明会の場面は実際のものですか?
はい。あれは実際の説明会のドキュメントです。登場人物のセリフがなく、実際の参加者の方たちの中に僕らが混ざって、みなさんが語る思いを聞いたという感じです。
河瀨監督の現場はそうした「役積み」をした後に、完全な「順撮り」(時系列で撮影する)でやっていくんです。だから1日撮影をすると、清和がそこで過ごした時間が自分のなかでも過ぎていき、次の日の撮影でその続きを経験し……そうやって積み上げていくことで、芝居を越えたものになっていく。
もちろんセリフはありますが、お互いに心で感じた通りに動くので、作品のなかで生きるということができていくんだと思います。
──自身の不妊を知り、特別養子縁組を選ぶことで、清和のなかの「家族」と「血の繋がり」に対する考え方が更新されたように思います。井浦さんご自身は、役を通じて何か認識の変化みたいなものはありましたか?
当たり前のことですが、血の繋がりがあろうがなかろうが、家族で一緒に過ごす時間というのがどれだけ尊いものなのかということは再認識しました。
我が家の場合はたまたま血縁がある。映画を通じてそれ自体が奇跡的なことだと思うようになりましたし、とはいえ、そういう状況でも、もし常に父親もしくは母親が不在であれば単なる形式でしかありません。
「血が繋がっていることが大事」とか、「血の繋がりがないから特別」ということではなく、重要なのは同じ時間を過ごすことかなと。家族って一番ミニマムな社会でもあると思うし。
──とはいえ、よくある一般的な家庭に育った朝斗の実母・ひかりは、自身の家族によって辛い人生に追い込まれているように見えます。その違いは何でしょうか? 家族と過ごす時間で大事なことは何だと思いますか?
会話ができる年齢になっていれば、子どもとしてではなく「人対人」としての会話をすることでしょうか。あるいは、会話ができなくても、同じ経験を共有すること。同じ喜び、同じ悲しみを感じることが、家族という環境のなかでできるかどうかは大事かなと。
朝起きたら「あ、パパになってる!」みたいなことは決して起こらない
──例えば井浦さんご自身は、自分が「父親」になれていると、どんなことを通じて確認していましたか?
おむつを変えるとか、お風呂に入れるとか、当たり前のことを繰り返すことで子どもが与えてくれるのは、自分が生まれてから今までの記憶のなかで、最も欠落している0歳から数年の記憶なんですよね。
自分の欠落した部分を子どもが埋めてくれることによって、自分の年表が完成する。自分自身が赤ちゃんだったころのことを知り、その面倒をみる自分に父親としてのあり方を教えてくれる。
父親というより、いっぱしの人間にしてくれるということかもしれません。
──「自分はお父さんになったな」と自覚したのはいつごろでしょうか?
男性が「父親になった」と自覚できるまでには、すごく時間がかかると思います。僕の場合、初めて「パパ」と呼ばれたことは大きかったです。1歳半から2歳くらいのころかな。
とはいえ、ただ「子どものために何をしてやれるか」を考えているだけで、ある朝起きたら「あ、パパになってる!」みたいなことは起こらないんですけどね(笑)。振り返ってみたら、という感じで。
でも自分だけではなく、妻と子どもの反射として実感していくものですよね。夫婦だけのときは名前で呼ばれていたのに、いつの間にか「お父さん、コレちょっとお願い」ってなってきたりするじゃないですか。結局は環境が、父親にしてくれるんだと思います。
──お母さんも同じように、「出産」とは違う部分で母親になっていけるのかも?
そうかもしれないですね。「出産の痛みを知らなければダメ」っていうわけではないとは思いますが──でも、どうでしょうね。ただ環境はやっぱり大事だということは、この作品では強く思いました。
母親として産みの苦しみを味わっていたとしても、母になれない。実母のひかりは、そういう全く逆方向の苦しみを抱えていましたし。
人の心がすり減ってしまっている時代だからこそ、優しくありたい
──このコロナ禍においては、人との関わりにも変化があったのではないでしょうか?その変化をどんなふうに受け止めていますか?
社会全体が疲弊して、人の心がかなりすり減ってしまっていることを実感しました。そのせいか、社会の残酷さと、人が人を思いやる気持ち、その両方が明確に見えるようになってきた気がします。
──そんななか、井浦さんをはじめ映画界の有志が立ち上げた劇場支援のクラウドファンディング「ミニシアターエイド」は、驚くほど多くの援助を引き出しました。
正直、他人にかまっていられない、自分の命や生活さえ守るのに必死な状況で、多くの方が映画館を応援し支援してくださったのはすごくありがたかったです。これも「人を思いやる気持ち」が目に見える形になったものです。
今の状況は例えて言うなら、電車のなかで「赤ちゃんマーク」をつけた妊婦さんに対して、今までなら「席を譲ろうかな、どうしようかな…」と迷う人が多かったけれど、今は「席を譲る人」と「席を譲らない人」がはっきり分かれてしまった、という感じでしょうか。
──社会として、ある意味ではいいことなんでしょうか?
いや、どうでしょうね。本当なら「人に優しくすれば、ちゃんと返ってくる」という状況をつくれる、社会を変えられるチャンスでもあると思うんです。
でもそうできる余裕が持てずに、そうした機会を失い続けているような気がするんです。だからこそ自分は人に優しくしたい、そういう選択をしなければいけないなと、はっきりと思います。
──そんな状況の今、井浦さんにとって「かけがえがない」と感じる“Precious”なものとは何でしょうか?
これだけ家族の話をしたら「家族」と言うべきかもしれませんが、極端な話、誰もがそうだと思うので、ここはあえて違うものを。
コロナ禍のなか、最近ようやく小旅行にいける状況になってきて、先日数か月ぶりに大自然の山のなかに身を置いたんです。それでつくづく「自分には自然が必要だな」と思いました。
これまでは、気が向けば自然のなかへという生活が当たり前でしたが、それが一時封印されたことで、逆に自分が求めていたものがわかった気がします。気持ちよさとか癒やしとかではなく、自然のなかでさまざまなことを学んでいたんだなと。そのことに改めて気づけたのは、大きな喜びでしたね。
以上、井浦新さんのインタビューをお届けしました。
さまざまなもののあり方、意識が多様化しているとともに、新型コロナによって大きく生活が様変わりした今。映画『朝が来る』は、「家族」とは「愛情」とは何かを改めて考えるきっかけとなることでしょう。
<『朝が来る』作品情報>
不妊治療の末、一度は子どもをもつことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」により、男の子を迎え入れる。それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。
子どもを引き取る際に一度だけ会った当時14歳のひかりは、心優しい少女だった。しかし、訪ねて来た若い女性には、その面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?
監督・脚本・撮影:河瀨直美
原作:辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
共同脚本:髙橋泉
出演:永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子
配給:キノフィルムズ/木下グループ
全国公開中
©2020「朝が来る」Film Partners
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- 齋藤暁経
- WRITING :
- 渥美志保
- EDIT :
- 谷 花生