つねに成長と成功を信じ、高い目標を掲げて頑張ってきた私たちに、今、価値観の大転換が求められています。未来が見通せない今、それでもしなやかに、そして美しく生きるために必要なものとはいったいどんなことでしょうか。
雑誌『Precious』3月号では特集「今こそ、「曖昧力」を身につけませんか?」を展開中。「曖昧ななかで生き抜く力」=「ネガティブ・ケイパビリティ」に注目し、新時代を歩くための心構えを解説しています。
本記事では精神科医・星野概念さんにお話を伺いました。生き方、働き方、暮らし方、考え方…すべてを見直す段階にある今、識者たちはどんなことを考えているのでしょうか。さまざまな活動が制限され、視野が狭くなりがちだからこそ知っておきたい「こんな時代の歩き方」を伝授してもらいました。
「この状態って何?」という曖昧な時間があるからこそ、豊かな変化は訪れます
能力、人脈、そして資産。より多くのものをもつ人が幸福で充実している――。そんな価値観が蔓延しているときに私たちを襲ったのが、新型コロナウイルスでした。
何かに追われるようにスキルを磨き、財を増やす流れが一旦止まり、「本当に心地よい暮らしとは何か」を見つめ直した人も多かったのではないでしょうか。「合理性を追求するばかりで、大切なものを見落としている」という考え方は、この数年来ずっとありました。それが今回のことで決定的になったと思うのです。
おいしいとこどりの人生は決しておいしくない
「ネガティブ・ケイパビリティ」という「曖昧さに耐える力」が注目されていますが、そもそも物事は人間の都合でコントロールできるものではありません。たとえば2週に1度受診する患者さんの様子は、前回とさほど変わっていないように見えて、半年経って初回を見返してみると、やはりどこかが変化しています。
「この状態ってなんだろう?」という曖昧な時間は決して省略できないもの。不確実な期間があるからこそ豊かな変化は訪れるのです。もちろん不調の時期は早く抜け出したいと思うでしょう。
でも「これも物語の途中。そのうちどこかに着岸するだろう」と、まずはおおらかに過ごしてみる。焦りは焦りを生み、よけいに時間がかかるだけ。おいしいとこどりはできないどころか「おいしいとこどりはおいしくない」。それが真実なのです。
だからこそ今大切にしたいのは「居場所を欲張らないこと」。欲張らないと心身が安定し、不安や焦りが減って、持ち場で一生懸命やりやすくなります。
僕自身の話になりますが、医師と並行してきた音楽活動を縮小し、外来診療だけでなく訪問診療を始め、さらに救命病棟での経験を積んだ結果、生きづらい人、居場所がない人、孤独な人がもっと安心できる、子供にとっての児童館のような開かれた場所をつくりたいという夢がふくらみ始めました。そんな曖昧な場所のために活動することが、自分の精神の助けにもなるという感覚が湧いてきたんです。
「欲」という話でいうと、僕はレコード、服、本…と欲しい物が無数にある物欲の持ち主です(笑)。ですがこれからは、その発想をもっともっと柔軟にして、まだだれも知らない、名もないものにも目を向けてみようと思っています。高価じゃなくても価値が認められていなくても、素晴らしいものはたくさんある。
たとえば僕は「アウトサイダーアート」に触れると、もうワクワクが止まらないんです。「これがいいらしい」ではなく、「ピンと来た!」ものを発見する喜びは格別。これからは発想の転換から得られる快感を大切に生きていきたい。そう考えているのです。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- BY :
- 『Precious3月号』小学館、2021年
- ILLUSTRATION :
- 佐伯ゆう子
- EDIT&WRITING :
- 本庄真穂、池永裕子(Precious)