小さいころ、毎週日曜日の夕飯は“鍋”が、わが家の定番でした。毎晩、帰宅の遅い父と夕食を共にできる唯一の日曜日が、決まって鍋。週末くらい、妻の料理の手間を省きたいという夫の優しい計らいなのか?…はさておき、テーブルの中央に大きな鍋が置かれると、自然と家族が集まってきて、やれ「あれを入れろ」「こっちが先よ!」と、鍋奉行が何人も現れるのでした。
鍋を囲む話でもうひとつ思い出すのは、学生時代に行ったキャンプ。食事係になった私は、カレーをつくることにしました。思いつきで、道の駅で買った赤米を混ぜて、初めて大鍋でご飯を炊いて。水加減、火加減もわからず、鍋底を見事に焦がしました。
そして、赤米の色が白米に移ることも知らず… 。炊き上がりの鍋の蓋を開け、煙に包まれた赤いご飯を見たときの衝撃は、今でも忘れられません。ですが、キャンプ先の野外で、大きな鍋から好き好きにお皿に盛った、スモーキーな香りを纏ったあずき色のご飯と茶色いカレーの組み合わせは、「アヴァンギャルドなカレー!」と、それなりに好評( !? )を得たのでした。
鍋を囲む風景にはいつも、どこか温かな親しみがあります。道具としての鍋の始まりは、人類が定住生活を始めて、土器で煮炊きをするようになった1万4000年前とも言われています。そんな太古の時代から、鍋を囲む風景は人類の食の原風景として、私たちの脳裏に刷り込まれているのかもしれません。
店先でビーツを見かけるようになると、スリランカで食べたビーツのカレーをつくりたくなります。ビーツは、「ストウブ」の鋳物 (いもの)鍋で少量の水で蒸すと、赤い色を逃しません。玄米は、やっぱり土鍋で炊くとおいしいです。でき上がりは、鍋ごとテーブルへ。鍋からお皿によそう風景も、よいアペリティフです。
<今回のアイテム:鍋>食材に火を通すための道具。石器時代の土器に煮炊きに使うものがあったようです。日本の鍋の原型は中国の礼器「鼎(かなえ)」とされ、かつて鍋は神聖なものでした。「な」(菜、魚、肴などおかずの総称)を煮る「へ」(瓶などを指す)から「なべ」と呼ばれるように。世界各地で料理や調理法に合った多様な鍋があり、素材も陶器、鉄、ステンレスなど様々。いわゆる鍋料理は江戸時代から広まったといわれます。
■「土楽窯(どらくがま)」の土鍋
伊賀焼の里、三重県伊賀市の豊かな自然の中で七代目・福森雅武(ふくもりまさたけ)さん指導のもと職人がつくる土鍋は料理をひきたて、愛用する料理家も多数。深めの土鍋は保温性も高く、ご飯炊きやカレーにも。7寸窯変煮込鍋 ¥7,000(税抜)
■モロッコの鍋敷き
モロッコといえばタジン鍋。水草でぎっちりと編み込まれた鍋敷きは、熱々のタジン鍋の底を受け止めるよう、かすかなくぼみのあるお椀型。鍋を置いたときに安定感があります。水草の香りもいい。水草の鍋敷き 20cm ¥2,200(税抜)
■「ストウブ」のオーバル鍋
蓋裏のピコ(丸突起)が食材の旨みを引き出す鋳物ホーロー鍋。オーバル型は長い食材も入り、狭いコンロでも使いやすい。ピコ・ココット オーバル23㎝ ブラック ¥26,000(税抜)
問い合わせ先
- 土楽窯 TEL:0595-44-1012
- ババグーリ(モロッコの鍋敷き) TEL:03-3820-8825
- ツヴィリング J.A. ヘンケルス ジャパン(ストウブ) TEL:0120-75-7155
- TEXT :
- 城 素穂さん スタイリスト
- クレジット :
- 撮影/濱松朋子 スタイリング・料理・文/城 素穂