『ローマの休日』といえば、知らない人はいないシネマクラシックスの決定版。とはいえ、つい5年前まで、この名画のクレジットに、脚本家の名前が抜けていたのを知る人はあまりいないでしょう。
その脚本家とは、ダルトン・トランボ! 本書は、話題の映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の原作となった伝記小説で、1970年代のベストセラーです。映画化を機に、上質の邦訳が出たのは喜ばしいかぎり。
トランボは、「赤狩り」と呼ばれる共産主義者弾圧運動で絶頂期に業界のブラックリストに載り、ハリウッドから干されますが、とにかくしぶとい。まず、ワシントンの聴聞会から戻ってきた彼に、速攻でコンタクトしてきたキング兄弟の仕事を受ける。キング兄弟とは、今ではB級映画の伝説的な存在ですが、当時は完全なインディーズ。でもトランボはつまらない自尊心より、自分の創作活動を大切にした。肝心なのは、彼がこのころを「不遇の時代」とは考えていないことです。兄弟と意気投合し、安いギャラでも最高の作品づくりを心がけた。自分の作家性は守りつつ、大いに楽しんだのです。
こうして別名で脚本を書きつづけ、追放から十数年、ついにトランボはロバート・リッチ名義で『黒い牡牛』でアカデミー最優秀原案賞を受賞します。ところが、リッチなんて脚本家はどこにも存在しない。アカデミー受賞者の多くが、実はハリウッド追放者だった、とわかるくだりは痛快です。
トランボは駆け出しのころ、ワーナー社の面接でいきなり、「垂直の壁に囲まれた60フィート(約18m)の穴の底」に男が落ちて抜け出す方法がなくなる、というプロットを考えられるか? という課題を出され、イエスと答えました。「それで脱出する方法も見つけられればばっちりだ」と面接者は言ったそう。この逸話は、のちの彼自身の不死鳥のような人生を暗示していて興味深いですね。こういうさり気ない構成も絶妙で、不屈の精神に勇気を与えられる一冊です。
■1940年代のアメリカは、共産主義者を排除する“赤狩り”の時代。名作『ローマの休日』を偽名で書き、オスカーを受賞した脚本家、トランボもその被害者だった。真実の重さ、運命の不思議さに圧倒されるノンフィクション。
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- TEXT :
- 鴻巣友季子さん 翻訳家・エッセイスト
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- クレジット :
- 撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/鴻巣友季子