『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』著=ブルース・クック 訳=手嶋由美子 世界文化社 ¥2,000(税抜) ※この情報は2016年9月7日時点のものになります。詳細はお問い合わせください。
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』著=ブルース・クック 訳=手嶋由美子 世界文化社 ¥2,000(税抜) ※この情報は2016年9月7日時点のものになります。詳細はお問い合わせください。

『ローマの休日』といえば、知らない人はいないシネマクラシックスの決定版。とはいえ、つい5年前まで、この名画のクレジットに、脚本家の名前が抜けていたのを知る人はあまりいないでしょう。

その脚本家とは、ダルトン・トランボ! 本書は、話題の映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の原作となった伝記小説で、1970年代のベストセラーです。映画化を機に、上質の邦訳が出たのは喜ばしいかぎり。

トランボは、「赤狩り」と呼ばれる共産主義者弾圧運動で絶頂期に業界のブラックリストに載り、ハリウッドから干されますが、とにかくしぶとい。まず、ワシントンの聴聞会から戻ってきた彼に、速攻でコンタクトしてきたキング兄弟の仕事を受ける。キング兄弟とは、今ではB級映画の伝説的な存在ですが、当時は完全なインディーズ。でもトランボはつまらない自尊心より、自分の創作活動を大切にした。肝心なのは、彼がこのころを「不遇の時代」とは考えていないことです。兄弟と意気投合し、安いギャラでも最高の作品づくりを心がけた。自分の作家性は守りつつ、大いに楽しんだのです。

こうして別名で脚本を書きつづけ、追放から十数年、ついにトランボはロバート・リッチ名義で『黒い牡牛』でアカデミー最優秀原案賞を受賞します。ところが、リッチなんて脚本家はどこにも存在しない。アカデミー受賞者の多くが、実はハリウッド追放者だった、とわかるくだりは痛快です。

トランボは駆け出しのころ、ワーナー社の面接でいきなり、「垂直の壁に囲まれた60フィート(約18m)の穴の底」に男が落ちて抜け出す方法がなくなる、というプロットを考えられるか? という課題を出され、イエスと答えました。「それで脱出する方法も見つけられればばっちりだ」と面接者は言ったそう。この逸話は、のちの彼自身の不死鳥のような人生を暗示していて興味深いですね。こういうさり気ない構成も絶妙で、不屈の精神に勇気を与えられる一冊です。

■1940年代のアメリカは、共産主義者を排除する“赤狩り”の時代。名作『ローマの休日』を偽名で書き、オスカーを受賞した脚本家、トランボもその被害者だった。真実の重さ、運命の不思議さに圧倒されるノンフィクション。

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この記事の執筆者
英語圏の現代作家の作品を翻訳、紹介すると同時に、『嵐が丘』『風と共に去りぬ』など古典文学の新訳にも力を注ぐ。また、翻訳のあり方や方法論に関する評論を続けている。文学とワインを論じ合わせる異色のワイン文学論「カーヴの隅の本棚」を「文學界」に足かけ9年連載。国内外の文芸評論も行い、朝日新聞、毎日新聞の書評委員の後、週刊朝日および週刊ポスト書評委員、週刊新潮書評者に。NHKラジオ第1「すっぴん!」内「本、ときどきマンガ」担当。2012年より学習院大学非常勤講師。2016年前期、津田塾大学非常勤講師。 好きなもの:クラシックピアノ、ワイン(基本的にはブルゴーニュ。近年は南アなどにも夢中)、猫(やっぱり雑種の和猫)、映画(ウェス・アンダーソンとか)、細めの附箋、ダウントン・アビー、北イングランドのアクセント、L’Arte Del Gelato(NYC)のピスタチオアイス、チェルシー・マーケット(NYC)、Rebelle(NYC最強のワインバー)、ブロードウェイとウエストエンド・ミュージカル(2015年ベストはFun Home)、エリオット・ハンナ、ジャズダンス、東京国際文芸フェスティバル(サポーターやってます)、ラ・フォル・ジュルネ(アンバサダーやってます)、豆煎餅、ミラベルのカヌレ、セージ色のリボン……
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クレジット :
撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/鴻巣友季子
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