世界一美しいペーパーウェイトは、どのように生まれるのか…「サンルイ」が創造するクリスタルに秘めた小宇宙
世界最高峰のクリスタル工房「サンルイ」に、コレクター垂涎の小さな名品があることを知っていますか?角度、光の受け方、或いはそのときの心情によって面白いように表情が変わって見える、類稀なるクリスタルボールの魅力に迫ります。
ペーパーウェイトに託された老舗クリスタル工房の誇り──
フランスが誇るクリスタル工房『サンルイ』の歴史は、400年以上にも及びます。1767年には、時の国王、ルイ15世から聖王ルイ9世にちなんだ名誉ある「サン=ルイ」の名を授かります。今日に続く「サンルイ王立クリスタル工房」の名称は、1781年に世界で初めて透明度の高い鉛を含んだクリスタルの開発に成功したことに由来。そんな名門のクリスタル工房で注目したのが、世界中の収集家たちを魅了するペーパーウェイトです。
今回は、CEOのジェローム・ドゥ・ラヴェルニョールさんに、お話を伺うことができました。
「『サンルイ』で初めてペーパーウェイトがつくられたのは、19世紀中期でした。当時は紙を押さえるという明確な使用目的があったのですが、20世紀にはその用途が失われ、実は『サンルイ』を含むクリスタル工房のほとんどが、生産を止めてしまったのです。再び息を吹き返す契機になったのは、1953年のエリザベスⅡ世の戴冠式。欧米の熱心な収集家から限られたクリスタル工房に、記念品としてペーパーウェイトの製作依頼が入ったのです。
しかし半世紀以上の空白期間で、ノウハウを継承している職人はいませんでした。そこでアーカイブをひも解き、数か月かけて技術を蘇らせたのです。そして私たちは、2度とペーパーウェイトづくりを絶やさないと決意しました。なぜならこれらには、『サンルイ』のものづくりのDNAがすべて詰まっていたからです」
『ドラゴンアイ』(上):イソギンチャクをイメージしたモチーフを透明度の高い3層のクリスタルで梱包することで、どの角度から見ても真っ青な海の中を覗いているかのような不思議な気持ちに。色鮮やかな触手のデザインは、カラークリスタルを巧みに重ねて製作。
『スカイビュー』(中央):球体の底面に見られる起伏は、このモデルのためにつくられた型によって実現。クリスタルの表面にフラットカットを施すことで、空から見た風景が幻想的に表現されて。
『ハチの巣』(下):クリスタルボールの視覚効果で立体感を際立たせた、ハチの巣モチーフ。中央には、ひそかに製造年を記したサインが配されている。
愛でる喜びを与えてくれる機能を超えたオブジェ
ペーパーウェイトづくりは、2次元から3次元を創造する精緻なデッサン画が設計図の役割を果たします。製作に従事するのは、約10人の職人たち。CEOのジェロームさんに、その製作工程を紹介していただきました。
「球体の中の小さなモチーフを、私たちは「ボンボン」(フランス語で「飴」の意味)と呼んでいます。モチーフを象った鋳型に高温のクリスタルを流し込み、固まりきらないうちに棒状に伸ばしてつくられます。これらは、古代から伝わるビーズ製作の技法『ミルフィオリ』を応用したもの。
モチーフを形づくる鋳型から取り出されたクリスタル棒は、冷めないうちに職人ふたりがかりで数mに引き伸ばされていく。その工程は、まるで金太郎飴をつくるかのよう…。
必要な長さにカットした「ボンボン」を500℃以上のクリスタルで梱包する際は、気泡が入らないよう、モチーフが歪まないよう細心の注意を払います。すべてが手作業のため時間も手間もかかりますが、同じものはひとつとしてありません」
高温のクリスタルでモチーフを包み込み、転がしながら手早く成形。
一点一点丁寧につくられるペーパーウェイトの製作数を、年間400点に抑えているのも頷けます。
デッサン画に忠実に、ピンセットでモチーフをひとつずつスチール製の台座に配置していく作業。
「私たちはこれらを今でも『ペーパーウェイト』と呼んでいますが、その名はもうふさわしくないのかもしれません。なぜなら手にしてくださる方々は、機能よりもオブジェとして慈しみ、『サンルイ』の芸術性と職人技を愛してくれているからです」
【Column│ブランドゆかりの地を訪ねて】フランス・ヴォージュの森に佇む老舗のクリスタル工房へ
広大な敷地を誇る「サンルイ王立クリスタル工房」には、グラス、花瓶、シャンデリアなどの製作に従事する職人が約200名。なかには、MOF(国家最優秀職人)の称号を持つ職人も。職人の平均年齢は、なんと38歳! 国内有数の職人学校で技術を磨いた卒業生も数多く在籍している。敷地内には、一般に開放されているミュージアムもある。
世界最高峰のクリスタル製品は自然の恩恵なくしては生まれない!
パリから東に約400km、モーゼル県・北ヴォージュ自然公園の中心に位置する「サンルイ王立クリスタル工房」。ここはかつて『サンルイ』が、ガラス製品づくりに特化していた時代に原料となるヴォージュ山脈の砂岩や燃料の木材、豊かな水源を求めて根をおろした地。
1767年にルイ15世より『サンルイ』の名を授かると同時に、村の名称も「サンルイ・レ・ビッチュ」に改名。クリスタルの郷として、長い歳月をかけて『サンルイ』と共に発展を遂げてきました。
1998年、北ヴォージュ自然公園は、自然と人間社会の共生を目指すユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に認定されています。県面積の3割を森林が占めるのどかな村に佇む工房は、19世紀に建てられた瀟洒な建造物が目印。ここでは一般の方も訪れることができる、ミュージアムも併設されています。
工房に併設されているミュージアム「グラン・プラス」の建物は、19世紀のガラス溶解炉跡の一部をそのまま残した造り。中央の吹き抜け部分には、豪華なシャンデリアが飾られている。
18世紀からの歴史的にも貴重なアーカイブの数は、約2,000点! ガイド付きの工房見学ツアーも開催されているので、フランスを訪れた際は、足を運んでみては。
ヴォージュの絶景を望むトレッキングコースもおすすめ!
まるでペーパーウェイトの『スカイビュー』の中に迷い込んだような、ヴォージュ山脈からのパノラマビューは圧巻。地元の旅行会社が企画しているトレッキングツアーのなかでも、美しい湖を望むコースは特におすすめ!
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
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- PHOTO :
- 戸田嘉昭(パイルドライバー)
- EDIT&WRITING :
- 兼信実加子、佐藤友貴絵(Precious)