長い歴史を誇る日本の温泉文化において、近年はただ伝統を受け継ぐだけでなく、そこにコンテンポラリーな要素を融合した個性的な湯宿が続々とオープンしています。老舗旅館の鄙びた風情も味わい深い一方、建築家が手掛けたスタイリッシュな空間も気分が上がるものです。

そこで、温泉で日頃の疲れを癒すと共に、趣に満ちた建築美に触れて感性まで磨かれそうな湯宿を、温泉ジャーナリストの植竹深雪さんにピックアップしてもらいました。今回ご紹介するのは、石川県加賀市にある「べにや無何有(むかゆう)」です。

植竹深雪さん
温泉ジャーナリスト
(うえたけ みゆき)全国各地の2500スポット以上を巡っている温泉愛好家。フリーアナウンサー、温泉ジャーナリストとして、テレビ番組をはじめ、さまざまなメディアで活躍中。著書に『からだがよろこぶ! ぬる湯温泉ナビ』(辰巳出版)がある。
公式サイト

無駄を削ぎ落とした美空間が教えてくれる「からっぽのなかの豊かさ」

石川県加賀市・山代温泉にある温泉旅館「べにや無何有」。「無何有」とは、「何もないこと、無為であること」を意味する荘子が好んだ言葉で、こちらのお宿では“からっぽのなかの豊かさ”をコンセプトとしています。

「べにや無何有」のエントランス
「べにや無何有」のエントランス

「べにや無何有を設計したのは、多くの建築賞を受賞してきた竹山聖氏。そのコンセプトどおり、派手な演出やデザインとは対極にある、シンプルで落ち着いた雰囲気が素敵です。パブリックスペースも客室も、無駄なものを徹底的に削ぎ落として余白を感じさせる空間になっています」(植竹さん)

開放的なロビー。低めの椅子やテーブルを配置することで余白を感じさせる空間に。
開放的なロビー。低めの椅子やテーブルを配置することで余白を感じさせる空間に。

「チェックイン手続きは、白を基調としたモダンな雰囲気のロビーで。ここでウェルカムドリンクとして、しぼりたてのりんごジュースをいただきました。窓からは額縁の絵のような山庭を眺めることもでき、訪れた瞬間から空間美を堪能できます」(植竹さん)

静寂な客室で心を無にする究極の贅沢

べにや無何有の客室は全16室。和室、洋室、和洋室、特別室の4タイプがあり、全ての部屋に山庭を望む露天風呂が備えられています。

洋室のベッドルーム
洋室のベッドルーム

「お部屋は余計な装飾がなく、ミニマリズムの美を体現する洗練された空間。デザイナーズマンションのように壁が打ちっぱなしになっているところがある一方、木、竹、和紙といった素材がさりげなく取り入れられており、無機質と有機質が見事に融合されています。山庭に囲まれた静寂な一室は、日常の喧騒から離れて無の贅沢に浸るのにぴったり。部屋着としてゆかたのほかパジャマが用意されているのも、ありがたかったです。このパジャマが上質で実に着心地がよく、畳の上でごろごろと寛ぐことができました」(植竹さん)

特別室「若紫」。左手に見える漆のテーブルは掘りごたつ式。
特別室「若紫」。左手に見える漆のテーブルは掘りごたつ式。
特別室「若紫」から樹齢100年を超える山桜の大木を望む
特別室「若紫」から樹齢100年を超える山桜の大木を望む

温泉+トリートメントで心身の疲れを徹底的にケア

大浴場「こもれびの湯」
大浴場「こもれびの湯」

べにや無何有では、建築美だけでなく、開湯1300年の歴史を誇る名湯も自慢です。

「泉質はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉。肌にしっとりなじむ美人の湯で、血液の循環を促し疲れを癒したり、豊富なミネラルにより体調を整えたりする効果も期待できます。客室の露天風呂で誰にも気兼ねすることなく湯浴みするのも極楽気分ですが、自然との一体感を味わえる大浴場からの眺めもえも言われぬ美しさです」(植竹さん)

客室(和洋室タイプ)の露天風呂。自然と向き合いながらの湯浴みは極上の時間。
客室(和洋室タイプ)の露天風呂。自然と向き合いながらの湯浴みは極上の時間。
客室ごとに趣が異なる露天風呂。こちらは「特別室 白緑」。
客室ごとに趣が異なる露天風呂。こちらは「特別室 白緑」。

「また、こちらのお宿は温泉とセットでトリートメントが受けられる円庭施術院を併設。エステやマッサージのサービスがある温泉宿は決して珍しくはありませんが、べにや無何有はそれらとは一線を画す本格的な施術を提供しており、これを目的に訪問する人も少なくないと聞きます。

はじめに丁寧なヒアリングがあり、ひとりひとりの体質や体調に合わせた薬草玉と漢方クリームを目の前で調合してくれるという、まさしくオーダーメイドのトリートメントは至福のひととき。私も実際に受けてみましたが、あまりの気持ちよさに70分があっという間に感じられました」(植竹さん)

スパ円庭施術院
スパ円庭施術院

ダイニング「懐石方林」にて絶品ディナー&朝食を堪能

ダイニング「懐石方林」は25本の柱が林立する独特な雰囲気
ダイニング「懐石方林」は25本の柱が林立する独特な雰囲気

お食事は、広々としたテラスを備えたダイニング「懐石方林」にて。

「加賀や日本海の旬の食材を尽くしたディナーも絶品なのですが、個人的には夜食や朝食も強く推したいです。夜食は竹かごに入ったかわいらしい紫蘇巻きで、味もさることながら、きめ細やかなおもてなしが心に刺さりました。朝食ではおかわり自由のフレッシュジュースが数種類あり、目覚めの気分はすっきり。たらこは焼き加減のリクエストができて、生でも提供してくださいます。定番のだし巻き卵ひとつとっても、ふわふわの絶妙なおいしさで…。どのメニューも決して手を抜くことなく、丹精に作られていたのが印象的です」(植竹さん)

サイズ感もちょうどいい夜食。撮影/植竹深雪
サイズ感もちょうどいい夜食。撮影/植竹深雪
メニューは素朴ながら一皿一皿が絶品。撮影/植竹深雪
メニューは素朴ながら一皿一皿が絶品。撮影/植竹深雪

静謐な空間で読書、瞑想、ワーケーションもはかどる

べにや無何有では、図書館も併設。メインライブラリーは、手前が白を基調とした光溢れる空間、奥が黒を基調にした空間となっており、書庫には泉鏡花や室生犀星などこの地ゆかりの作家の本をはじめ、美術書や植物図鑑などが備えられています。読書がはかどるのはもちろんのこと、あえて本を携えずただひたすら心を無にして過ごすなど、思い思いの時間を叶えてくれそう。

メインライブラリーでもゆったり寛げる
メインライブラリーでもゆったり寛げる
メインライブラリーの書棚
メインライブラリーの書棚

さらに、2022年7月には、2つ目の図書室となる「フォレストライブラリー」がオープン。べにや無何有では、歴史ある山庭を守り、その山庭の自然に暖かく包まれる場所と時間を作り出すことをミッションとしていることから、こちらの図書室では、樹木や野草、苔などにフォーカスしています。セルフのカフェコーナーもあり、滞在中のワーキングスペースとしても利用可能です。

樹木や野草、苔などにフォーカスしたフォレストライブラリー
2022年7月にオープンしたフォレストライブラリー

以上、「べにや無何有」をご紹介しました。徹底的に無駄をそぎ落とした空間で無心になれる時間を過ごし、心身のリフレッシュを叶えたい人は、次の旅先候補のひとつに加えてみてはいかがでしょうか。

※外出時には新型コロナウィルスの感染対策を十分に講じ、最新情報は公式HPなどでご確認ください。

問い合わせ先

WRITING :
中田綾美
EDIT :
谷 花生