日本で長い年月をかけて愛され育まれてきた温泉文化。だからこそ、温泉旅館のなかには、歴史や伝統の重みを感じさせる名建築が少なくありません。日頃コンクリートに囲まれた暮らしを送る私たちにとって、そんな情緒あふれる空間で寛ぐのも温泉旅行の醍醐味のひとつ。そこで、温泉ジャーナリストの植竹深雪さんに、国の文化財として認められている建築美に感動する湯宿をピックアップしてもらいました。

今回ご紹介するのは、伊豆の温泉旅館「おちあいろう」です。

植竹深雪さん
温泉ジャーナリスト
(うえたけ みゆき)全国各地の2500スポット以上を巡っている温泉愛好家。フリーアナウンサー、温泉ジャーナリストとして、テレビ番組をはじめ、さまざまなメディアで活躍中。著書に『からだがよろこぶ! ぬる湯温泉ナビ』(辰巳出版)がある。
公式サイト

多くの文豪が足を運んだ登録有形文化財の湯宿で寛ぐ

おちあいろうの外観
おちあいろうの外観

創業1874年(明治7年)。伊豆の本谷川と猫越川の2本の川が合流する畔に佇むことが宿名の由来という「おちあいろう」。島崎藤村や川端康成など多くの文豪にも愛された歴史ある湯宿の魅力について、植竹さんはこう話します。

「創業140年以上を誇るおちあいろうは、木造建築の9割以上が国の登録有形文化財。建物自体が文化財に登録されている旅館はとても珍しいのだそうです。外観や入口も趣がありますが、館内も圧巻。廊下、階段、客室など随所で、意匠を凝らした装飾や精密な細工を目にすることができます。

チェックイン後、お部屋に向かうまでにも、組子細工を施した木枠の窓、貴重な屋久杉を用いた天井、アーティステックな欄間など、職人の卓越した伝統技術の数々に心が躍りました。窓ガラスも今ではもう入手困難な職人の手作りの素材が用いられているそうで、歴史の重みを感じさせられます」(植竹さん)

おちあいろうの玄関
おちあいろうの玄関
匠の息遣いが感じられる廊下
匠の息遣いが感じられる廊下
108畳もの広さのある大広間「紫檀の間」
108畳もの広さのある大広間「紫檀の間」

何度でも泊まりたくなる!職人の遊び心も必見の客室

おちあいろうの客室は全14室。どの部屋も登録文化財の趣がありつつ、すべて間取りや装飾が異なり、さまざまな表情を見せてくれます。

「名だたる文人墨客を癒してきたお宿にて、私が泊まったのは和の情緒あふれる川に面したお部屋。広縁のチェアで寛ぎ、渓流の音に耳を傾けると、ちょっとした文豪気分です。欄間や組子障子のモチーフが部屋ごとに異なるなど、当時の職人の遊び心が散りばめられた空間は、旅の高揚感を高めてくれます。

そして、老舗旅館ながら古臭さや不便さは皆無なのも、おちあいろうの魅力のひとつ。2019年のリニューアルでレトロな雰囲気は生かしつつ、バスルーム・洗面台など水回りはモダンな造りに一新しているので、旅はホテル派という人でも快適に過ごすことができると思います」(植竹さん)

意匠がすべて異なるという全14室のなかから、当記事では 「山櫻花」、「露草」、「浮舟」の3室をご紹介。

ひとつめの「山櫻花」は、ゆったりとした客間と四季の移ろいを感じられる露天風呂が魅力です。

客室「山櫻花」。組子細工にも注目。
客室「山櫻花」は幾何学模様が美しい組子細工がアクセントに
「山櫻木」の露天風呂
「山櫻木」の露天風呂

「露草」は、金運・幸運を集める意の「投網」と、子孫・商売繁栄を表す「富士山」の組子細工が目を引く縁起のよい客室。

客室「露草」の特徴的な組子細工
客室「露草」の絵心に満ちた組子細工も必見
「露草」からの見事な眺め
「露草」からの見事な眺め

「浮舟」も露天風呂付き。ステンドグラスの施されたベッドルームの窓も印象的です。

客室「浮舟」の露天風呂
客室「浮舟」の露天風呂
ステンドグラスがかわいらしい「浮舟」のベッドルーム
ステンドグラスがかわいらしい「浮舟」のベッドルーム

どの部屋もそれぞれの風情があり、見どころ満載。ひとつに絞るのが実に悩ましいところです。

露天風呂、洞窟風呂、内風呂に加えてサウナも併設

貸切露天風呂の「星の湯」
貸切露天風呂の「星の湯」

おちあいろうでは、敷地内に3種類の温泉浴場「天狗の湯」「月の湯」「星の湯」を設置。うち「天狗の湯」と「月の湯」ではサウナを併設し、「星の湯」では1回50分貸し切りで露天風呂を利用できるなど、さまざまな楽しみ方を提供しています。

「天狗の湯」の露天風呂
「天狗の湯」の露天風呂
「天狗の湯」の岩風呂
「天狗の湯」の洞窟風呂

「温泉の泉質は、カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉。塩の成分が薄いヴェールのように肌を包み、化粧水のような保湿効果が期待できます。しかもそのしっとり感が持続し、湯上り後の保湿ケアがなくても平気なほどです」(植竹さん)

「月の湯」の内風呂
「月の湯」の内風呂

「温泉も自家源泉でとても良質なのですが、ここはサウナもイチ押しです。サウナブームの火付け役である松尾大氏のプロデュースによるサウナは、温泉のおまけ的なものではなく、あくまで本物志向。サウナランキングや専門誌で注目されるほど人気を博しています。

天狗の湯のサウナは自然のなか、月の湯のサウナは茶室風と雰囲気もよく、さらに温泉由来のロウリュで汗もたっぷりかけるなど、湯宿ならではのサービスもあり、満足度大です」(植竹さん)

「天狗の湯」のサウナ
「天狗の湯」の天狗サウナ
「月の湯」の茶室風サウナ
「月の湯」の茶室風サウナ

日本情緒あふれる空間で思い思いの時を過ごす贅沢

気品のある読書室
気品のある読書室

おちあいろうには、読書室やラウンジなどの設備もあります。読書室は、歴代の文豪の蔵書と懐かしさ感じるおもちゃを陳列したノスタルジックな雰囲気。読書に耽るのはもちろんのこと、ただまったり寛ぐのにもうってつけです。

雰囲気がよく、つい長居してしまいそうなラウンジ
雰囲気がよく、つい長居してしまいそうなラウンジ

ラウンジでの飲食もオールインクルーシブ。居心地のよい空間で、挽きたてのコーヒー、ビール、ワイン、地酒、おつまみに甘味などを無料で楽しめるので、滞在中、何度も立ち寄りたくなります。

木の赴くまま散策したい庭園
木の赴くまま散策したい庭園

気候がよい日には、庭園の散策もおすすめ。ゆうゆうと鯉が泳ぐ池や苔むした庭石、四季が色づく木々など、自然の風情をたっぷり味わうことでも心身が癒されることでしょう。


以上、「おちあいろう」をご紹介しました。歴史ある湯宿にて、良質な温泉もサウナも満喫したい人は、次の旅先候補のひとつに加えてみてはいかがでしょうか。

※外出時には新型コロナウィルスの感染対策を十分に講じ、最新情報は公式HPなどでご確認ください。

問い合わせ先

  • おちあいろう
  • 住所/静岡県伊豆市湯ケ島1887-1
  • 客室数/全14室
  • 料金/1名 ¥62,000~(オールインクルーシブ)
  • TEL:0558-85-0014

WRITING :
中田綾美
EDIT :
谷 花生