温泉ジャーナリストの植竹深雪さんが、日本全国に数ある温泉旅館のなかから、国の文化財として認められている建築美に感動する湯宿をピックアップ。今回ご紹介するのは、長野県千曲市の笹屋ホテル内にある「豊年虫」です。
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近代観光旅館建築のモデルとなった格式ある湯宿で寛ぐ
長野県千曲市の戸倉上山田温泉は、善光寺詣りの精進落としの湯として昔から親しまれ、開湯120年を超える名湯。そのなかで創業明治36年と最も長い歴史を誇る笹屋ホテル内の別棟が、今回ご紹介する「豊年虫」です。
「笹屋ホテル界隈は、古くから栄えた温泉街。コンクリート造りの宿泊施設が立ち並ぶ中、本格的な数寄屋造りの豊年虫は、周囲とは一線を画す風格で、訪れた瞬間、別世界に紛れ込んだような気分に誘われます。昭和7年の建築(完成は昭和9年)で、設計したのは日本の近代建築を代表する鬼才・遠藤新。旧帝国ホテルなどを手掛けたフランク・ロイド・ライトの愛弟子にあたる人物です。もともとは別荘と呼ばれていましたが、笹屋ホテル創業100年にあたる2003年、国の文化財として登録されたのを機に、『豊年虫』と改称しました」(植竹さん)
「一部は2階建てになっていますが、基本は平屋造りというのがなんとも贅沢。また、遠藤新の同郷・親友である阿部貞著が手掛けた庭園が建物と調和して、よりいっそう安らぎと癒しを与えてくれます。ぱっと目を引く派手さはないけれど、よく見ると天井細工で太い竿縁と細い竿縁とが交互に組み合わされているなど、繊細で上品な建築美が印象的です」(植竹さん)
建築家のこだわりを感じさせる客室で繊細な美に触れる
築90年近くになる豊年虫ですが、当時としては画期的、斬新な設計で、近代観光旅館建築のモデルになったといわれています。出入口に鍵付きのドアがあり、客室と客室の境に壁を作り「個室」であることを明確にする。今でこそ宿泊施設に当たり前のスタイルですが、実はその始まりはここ豊年虫なのだそう。
そんな歴史的価値ある湯宿では、全8室の客室がそれぞれ意匠が異なり建築家の遊び心を感じさせます。なかでも、ひときわ品格のある客室は「蘭」。昭和38年には、現上皇陛下が皇太子時代にご宿泊されたお部屋で、書院や琵琶棚がある格調高い床の間と本間15畳というゆとりある間取りが特徴です。そして、豊年虫では全ての客室に源泉風呂を備えていますが、「蘭」では常時かけ流しという点も魅力的。
常時源泉かけ流しのお風呂が付いているもうひとつの客室は「菊」。二面が池に面していて、広縁の一部が池の上にあることから、池に浮かんでいるかのような風情があります。
そのほか、ベッドルーム付きの「梅」、坪庭付きの浴室を備えた「桔梗」など、お好みの客室で優雅な寛ぎ時間を過ごしてみてはいかがでしょうか?
本館と別棟を行き来して湯巡りを楽しむ
豊年虫では客室の源泉風呂以外に、本館にある2か所の大浴場も利用可能です。まず、1階「石の湯」の内湯は大小2つの石造りの湯舟が特徴。露天風呂では、庭園風景のなかでゆったりと寛げます。
2階「木の湯」は、明るく開放感あふれる造り。檜の樽風呂を備えた露天風呂も大好評です。
「ここは源泉が敷地内にあるので湯量が豊富で鮮度も良好。ほのかに硫黄の香りがするとろみのある湯はpH8.7のアルカリ性で美肌効果も期待でき、湯上りにツルツル感がありました。
部屋でのんびり寛ぎ好きなタイミングで源泉風呂に入れるのでついおこもりしたくなりますが、本館の大浴場にもぜひ足を運びたいところ。石の湯の内湯は浴槽の縁のレトロなタイル貼りがかわいらしく、木の湯の露天風呂は竹製の目隠しに風情があり、魅せる演出もきめ細やかです。別棟と本館を行き来して湯巡りも堪能できるのは、温泉好きにはたまりません」(植竹さん)
以上、笹屋ホテル内「豊年虫」をご紹介しました。近代観光旅館建築のモデルともなった格式ある建物にて優雅なひとときを過ごしたい人は、次の旅先候補のひとつに加えてみてはいかがでしょうか。
※外出時には新型コロナウィルスの感染対策を十分に講じ、最新情報は公式HPなどでご確認ください。
問い合わせ先
- 豊年虫
- 住所/長野県千曲市千曲之湯戸倉温泉(笹屋ホテル内)
- 客室数/全8室
- 料金/1名 ¥36,300~(税込)
- TEL:026-275-0338
- WRITING :
- 中田綾美
- EDIT :
- 谷 花生