この日、インタビュールームに登場した鈴鹿さんは、178㎝の長身でネイビーのセットアップをさらりと着こなし、カメラの前で次々に素敵なポージングを披露してくれました。話す声は極めてソフトなウィスパーボイス。質問に対して丁寧に言葉を選びながら、意外な大人論をあかしてくれました。
カメラのレンズを通して見る人たちに“嘘”はつけない
―初めてのアフレコでは、声で距離感を表現することの難しさを体感したとのことでしたが(インタビュー前編)、映画『夏へのトンネル、さよならの出口』の田口智久監督からのディレクションで、ほかにも印象的なものはありましたか?
「カオルが走るシーンのときです。監督から『とりあえず、走る息の感じとか、やってみて』と言われたので、動いたときに服の音が入らないように、腕を振る動きは小さくして、自分なりに「とりあえず、やってみます」と。
それでOKが出たんですけど、そのときのボクの息は"声優さんが出す、走っているときの息づかい"とは違う息づかいだったらしいんです。監督は『その違うところが良かったんです』とおっしゃっていて。何が違うのか、自分ではわからなかったんですけれど。後から"ああそうだったんだ"と思えたのは、やっぱり声だけじゃないということでした。
たとえば走るシーン以外にも、ふんばる音や、日常生活の動作の中で出る音を出すシーンがほかにもいくつかあったんです。監督に『とりあえずやってみてください』と言われて“難しいな?”と思いながらも自分なりに取り組みました。アニメを見ていると声優さんの出す声はすごく自然に入って来ますけど、自分で同じように出そうとしても、最初は全然出せなくて。やっぱり声優さんってすごいと改めて思いました。それでそのときに、音というか、のどを鳴らす感覚が大事なんじゃないかと、ふっと思って」
―今までとは違う声の出し方をしてみたんですか?
「そうなんです。もう、ここらへん(胸のあたりを指差す)に全神経を集中といいますか。肺? 心で感じとるといいますか。やりながら自然と、ボクがこの世界に入ってからいちばん最初に出演させていただいた映画(『蜜蜂と遠雷』)のときに、監督に言ってもらった言葉を思い出していたんです。
そのとき、監督から『カメラの前では、嘘はつけないよ』と言われたんですね。“カメラのレンズを通して見る人たちには、嘘は隠し通せないもの。すぐにばれてしまうから”と。それは決して目に見える表面的なものだけではなく、心の中にあるものがばれてしまうと。だからお芝居の中で嘘はついちゃだめと言われて、その言葉を胸に育ってきました。アフレコの仕事も、自分から出ているのは声だけですが、そのあたりは同じなのかなと思いました。つくられすぎたものはやっぱり嘘になってしまう。そのあたりのさじかげんがとても難しかったです」
―これまで大切にしてきたスタンスを振り返るきっかけにもなったんですね。
「なりました。それまで声って気にしたことがなかったんです。セリフをうまく言おうとか、そんなこともあまり気にせずやってきたので、改めて大切だなと思いました。聴覚のもつ力や、伝え方など」
自分が考える“いい大人”とは、こだわらず、無理をしない人
―『MEN’S NON-NOモデルオーディション2022「鈴鹿央士に迫る33の質問」』という動画で、「5年後はいい大人になりたい」と答えていたのが気になりました。鈴鹿さんの考える“いい大人”について、もう少し教えてください。
「人生のバイブル的な曲があるんです。河島英五さんの『時代おくれ』という曲なんですが。その中で、"似合わぬことは無理をせず"という歌詞がありまして。モデルや俳優をしているとどうしても、職業的には目立ってしまうかもしれない。けれど、日常生活ではへんなところで目立ちたくない。自分に似合わないことでは無理をしない。謙虚に生きていきたいと、ボクはそんな考えをもっているんです。自分がたどっていきたい道を素直に歩いていこうと思っていて、その感覚が『時代おくれ』という曲にあてはまった感じがありました。
年をとっていくと、その人の生き様というか、たどってきた人生が人相にも出るっていわれますよね。ボクはこの業界でいうイケメン枠で勝負するタイプではないと自分で思っていて。その人のもつ雰囲気にカッコ良さがにじみ出てくるタイプの方っているじゃないですか。たとえばトニー・レオンさんとか。そんなふうに、ふだんの自分のあり方から出てくるものが素敵な、いい大人になりたいんです。
って、言葉では今みたいに言うこともできるんですけど、もっとやんわりとした“いい大人”というイメージ。カッコいい大人じゃなくて、いい大人っていう、あいまいなところでいたいかなという気持ちがあります」
―ちなみに『時代おくれ』はかなり以前の曲ですが、どこで知ったんですか?
「『酒と泪と男と女』を聴いたときに、ああこんな曲があるんだと。ほかにも河島英五さんの曲を探して聴いていたら『時代おくれ』に出合ったんです。"さかなは特にこだわらず"という歌詞もあって。ボクはけっこう鰆の西京焼きが好きで、それまで鰆にこだわっていたんですけど、その歌詞を聴いてからは"ああ、こだわらないのもいいな"と思えてきて。そんなふうにいろんなところがすっと落ちてくる曲なんです。マイクが来たらちょっと微笑んで、自分の十八番をひとつ歌うだけ、というくだりも素敵です。マイクが来たら『じゃあ歌いますね』って一曲さらっと歌って、決してそのままマイクをひとり占めしないで『はい、ありがとうございました』って次の人にマイクを渡す。歌を聴いて頭に浮かんだそんな姿が、自分がなってみたい大人なのかなと思いました」
―深いですね。帰り道にその曲を聴きながら帰ってみようと思います。時代おくれであることが、カッコいい大人ってことなんですね?
「ぜひ聴いてみてください。解釈はたくさんあるんですけど、おそらくそんな感じです(笑)」
映画『夏へのトンネル、さよならの出口』大好評公開中!
八目迷の同名デビュー作小説を基に劇場アニメ化したSF・青春ドラマ。トラウマを抱えた少年と、クラスになじめない転校生の少女が、不思議なトンネルを調べるひと夏を描く。監督を務めたのは、『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』を手がけた田口智久。声の出演は『蜜蜂と遠雷』の鈴鹿央士と、飯豊まりえがW主演する。飄々とした性格に見える塔野カオルは、未だに過去の事故のトラウマを抱えている。彼はクラスで浮いている容姿端麗な転校生・花城あんずと“ウラシマトンネル”と呼ばれる不思議なトンネルを調べる約束をする。そこは欲しいものが手に入るという噂があり……
【原作】八目迷(「ガガガ文庫」小学館刊)
【監督・脚本】田口智久
【配給】ポニーキャニオン
【キャスト】鈴鹿央士(塔野カオル)、飯豊まりえ(花城あんず)、畠中祐(加賀翔平)、小宮有紗(川崎小春)照井春佳(浜本先生)、小山力也(カオルの父)、小林星蘭(塔野カレン)ほか
【製作】映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
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- WRITING :
- 谷畑まゆみ