久しぶりに英語を学ぼうとするとき、テンポの速いビジネス英語や、聞き慣れない単語が多く出てくる英語ニュースでのリスニングは骨の折れるもの。

実は今、英語で落語を演じる「英語落語」への人気が高まりつつあります。江戸の町の親子を切り取ったような噺や、知ったかぶりをする和尚さんに小僧がいたずらを仕掛ける噺など、どこか親しみがある内容を演じる「落語」は、英語で聞いても情景が浮かびやすく聞き取りやすいといいます。日本語での落語に加え、英語落語を演じる落語家の立川志の春さんに、英語で落語を演じる面白さや難しさ、そして英語の学び直しという角度からの「英語落語」について教えていただきました。

超エリートから落語家に!立川志の春さんのチャレンジ

落語家の立川志の春さん

——初めて落語を耳にしたころのことを教えていただけますか?

立川志の春さん(以下、志の春) 商社に入社し二年半くらい経ったころ、たまたま通りかかりの小さなスタジオで、「立川志の輔独演会」が開催されていたんです。当時の僕は、落語を聴いたこともなく「志の輔さん=NHKの『ためしてガッテン!』に出ている人」というイメージ。それでも、こんなに有名な人はなかなか見られない!と、ふらりと入ってみました。

そこで、度肝を抜かれましたね。「はんどたおる」(志の輔師匠が創作した新作落語)を聴いて、伝統芸能=古いという概念が崩れ去りました。その次に演じた古典落語「井戸の茶碗」は50分近くの長い噺なんですが、時間を感じさせるどころか、終始大笑い。噺をしている“志の輔が消えて”、映像が目の前に浮かんでくる。そんな感覚でした。それまで、演劇や映画も好きでしたが、あんなにお腹を抱え、声を出して笑ったのは初めてでした。大きな衝撃を受けて、会場を出るときには「師匠」と呼んでいましたね(笑)。

——早いですね! 衝撃を受けてからすぐに、行動に変化があったのですか?

志の春 これはもう、とことん落語に触れたいな、と。志の輔をはじめ、いろいろな落語家のCDを聴き、落語会に足を運びました。そうしているうちに、割と早い段階で「落語家になりたい!」という気持ちが湧き上がったんです。同時に、自分の中で「半年」という期限を設けて、この気持ちが本物かどうかを冷静に見極めようと思いました。

でも、半年経っても熱は高まるばかりでした。翌年にはすでに、「見る側から、やる側になりたい。そして、弟子入りするなら志の輔師匠だ!」そう決意が固まっていました。

——それからすぐに入門へ一直線でしょうか?

志の春 まず、両親に話しました。僕が落語を好きなことすら知らなかった両親は、びっくり。「考え直すように!」とそれはもう必死でしたね。実は、その一年前に弟が、オックスフォード大学を卒業後すぐに、劇団四季に入団しているんです。ですから、両親としては頼みの綱は、兄である私なわけです。母親なんかは、「あんたはね、生まれてこのかた一度も面白いこと言ったことないでしょう」とまで言っていましたね。

けれど、「やらなかった後悔を背負ったまま人生を終われない。自分の責任でやるので、どうか許してください」と想いを伝え続けました。3か月くらいかかりましたけど、最後には父親から「そこまで言うなら頑張れ」と許可をもらいました。

立川流では、「入門の際に親からの許しをきちんともらう」というルールがあったんです。一番心配してくれる親を、説得できるほどの情熱と話術がなければ、落語家なんかにはなれないよ、ということなんですよね。この、「親とまっすぐに向き合って説得する」というプロセスは大きかったように思いますね。辛いことにぶつかったときの「踏ん張り」になっていたような気がします。

落語家の立川志の春さん

「会社を辞めるのをやめなさい」。師匠に言われた入門前

志の春 実は、両親に話をする前に一度、師匠の元に、弟子入りしたい旨をしたためたファンレターのようなものを送っていました。返事なんてないだろうと思っていたら、事務所から連絡が来まして、「志の輔が話を聞く」と。履歴書を持って来るようにと言われて、テレビ収録の合間に時間をもらいました。
師匠には、「いい会社に勤めているじゃないか。悪いことは言わないから、落語は趣味でやっておけ」。そう言われました。「会社勤めしながら落語をする人だっていっぱいいる。それが幸せな落語との付き合い方だと思うぞ。だから、会社を辞めるのはやめなさい」ということを言われました。
その帰り道、何て失礼なことをしてしまったんだ! と思ったんです。「僕は、会社も辞めず『弟子にしてください』なんて言っている。それじゃあ本気が伝わるわけがない。次回は、会社を辞めてから師匠に会いに行こう」と固く決意しました。

——師匠のアドバイスとは逆の方向へ、ますます気持ちが強くなったのですね。

志の春 そうですね、真反対に走り出しましたね(笑)。それで、両親を説得し、会社の上司に辞職願を出しました。
上司「本気か?」
僕「本気です」
上司「わかった」と。
一度くらい止められるかと思ったんですけどね。商社から落語家は、あまりに畑が違い過ぎて議論の余地がなかったからなのか。あっという間に、背中を押してもらいました。

——ご両親を説得し、会社も辞め、晴れて師匠のところへ行く準備が整ったのですね。

志の春 そうですね。師匠の楽屋口で待ち伏せして、「会社を辞めてまいりました。弟子にしてください」と。すると師匠は、「(会社を)辞めるのをやめろ、と言ったんだ。違うだろう。でもな、仕事辞めてきたんじゃしょうがねぇ。そこらへん、うろうろしていろ」と。それが、入門を許されたときの言葉でした。2002年の10月ですね。

晴れて落語家となり、「英語落語」と出合う!

——見習い、前座時代を経て現在、二ツ目として活躍していらっしゃいますが、英語で落語をしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

志の春 実は、最初のころは「英語ができる」というのは、メリットでもなんでもなかったんです。イェール大学卒、三井物産、というワードが、落語家であることよりも強く前に出てしまうような気がして。実際にお客さんから「生意気だ!」という声もありました。前座時代は特に、英語が話せることは徹底的に隠していましたね。
入門して3年過ぎたころ、英語で落語をする機会が訪れたんです。銀座の落語イベントで、師匠が英語で落語をやることになっていました。その時に、英語で前座を務めることになったのが、初めての英語落語でした。それが、「TENSHIKI(転失気)」という噺だったんです。

東京の落語家には、前座・二ツ目・真打の3階級がある。前座修行を終えて師匠や協会から認められると、二ツ目に昇進。二ツ目になると、高座で紋付きの着物と羽織、袴を着ることができるようになる。

——お客さんの反応はいかがでしたか?

志の春 それが、盛り上がったんです。会場は、8割が日本人の方、あとは外国の方でした。「TENSHIKI(転失気)」という、おならについての和尚さんと小僧のやりとりを演じる古典落語を演りました。これまで、日本語ではほとんどと言っていいほど笑いを取れなかったのに、どっと笑いが起きたんです。そのことに師匠も驚いていましたけど、自分が一番びっくりしていましたね。けれど、うれしさよりも「これが“本当の落語”だと思ってはいけない!」と言い聞かせて、より英語を封印するようになりました。

——複雑な思いだったのですね。

志の春 そうですね。英語ができることよりも、早く一人前の落語家になりたい!その思いの方が強かったんです。

——古典芸能でもある落語を、英語に翻訳する際に気をつけていることはありますか?

志の春 翻訳するときは、とにかくシンプルに、そして簡単な単語を使って訳すようにしています。演じるときは、日本語のリズムを尊重します。言葉は英語でも、江戸の空気というか、落語の“風味”を残したいんですよね。また、英語の場合、「僕、俺、おいら、私」といった一人称はすべて「I」になってしまうので、演じ分けが難しくなります。過度にならないように気をつけながら、声色でやや大きく演じるようにしています。

立川志の輔師匠のイベントでお客さんにプレゼントするはずだったサイン入りの色紙。「前座時代、僕が印を押す方向を間違えてしまったので、僕の手元に残っています。大切な思い出の品ですね」

英語にすることで、落語の持つ「魅力」がより引き立つ

——なるほど。英語にすることでのメリットはありますか?

志の春 英語に訳していくときに、普遍的に面白いポイントはどこだろう? と、とことん考えるんです。そうすることで、その噺の根っこというか、伝わる「核」が見えてくるんですね。そこが明確になると、日本文化を知らない人にも万国共通で伝わるのかなと感じます。

よく言われるのは、「日本語と英語は文法が違うから、落語の面白さは伝わらないんじゃないの?」ということ。でも、全然そんなことはなくて。噺の面白さを突き詰めて考え、
“内容のある、伝わりやすいオチ”を押さえることができれば、言葉が違っても伝わると思うんです。

——積極的に英語落語を演じるようになったのはいつごろからでしょう?

志の春 二ツ目に昇進した、7年前からですね。そのころ、シンガポールで開催されたインターナショナル・ストーリーテリング・フェスティバルというイベントに参加したことがきっかけです。これは欧米やアジアなど、各国のエンターティナーや語り部が集結する会です。私はここで、「TENSHIKI」を演じたのですが、参加者から「この『落語』という形はユニークだぞ!」と言われました。ひとりの人間が会話ですべての登場人物を演じ、聞いている人はその景色を見ているような感覚になれる日本の落語というのは、面白い! コンテンツもストーリーも素晴らしい! TENSHIKIは日本の宝だ!」とまで言ってもらえました。

テレビで流行ったギャグが、一年後まで残ることってなかなかないと思うんです。でも、落語って江戸時代から語り継がれている。落語はすごいな、と改めて感じました。このとき、私は落語に対する敬意が足りなかったな、と彼らを通して気づかせてもらったような気がしますね。

——英語で演じることで、意識に変化があったのですね。

志の春 そうですね。通常は日本語で活動していますが、これまで17,8作ほど英語に翻訳しました。英語で落語会をすると、通常の落語会よりも初心者率が圧倒的に高いんです。「日本語で落語を聞くより、分かりやすかった!」という声をいただいたこともあって、それもまたうれしかったですね。

落語家の立川志の春さん

——落語自体に興味を持っていない人にとっては、“英語に触れる機会として落語がある”というのは、新しいアプローチですね。

志の春 そうですね。落語に興味がある人より、英語に興味がある人の方が母数としては大きいですしね。英語が得意でなくても、分かりやすいと思います。シンプルな英語で話していますし、内容は日本文化についてのことですから。

——志の春さんの英語落語は、どんなところで聴けるのですか?

志の春 国内では、年に2回の英語落語会を開催していますし、自治体主催の国際交流会や、インターナショナルスクールに呼んでもらうこともあります。海外では、去年ヒューストンとマレーシア、上海で高座に上がる機会をいただきました。

——英語を封印していた時期を経て今、英語で落語を演じることへの想いを教えていただけますか?

志の春 落語家に転身して16年。ずっと師匠に憧れている、というのは一貫して変わらないんです。師匠のように、噺の中で“消える”と同時に自分の世界を創り上げられるような噺家になりたい、という気持ちがエネルギーになっています。

英語で落語をすることで、ひとりでも多くの人が落語に触れる機会になればうれしいですね。英語落語は、想像よりもずっと聞きやすいと思います。あらすじを知らなくても、中学校レベルの英語で理解できると思います。英語落語を、英語の学び方のひとつの方法にするのも良いですし、短い噺を覚えて外国のゲストの前で演じるのもオススメです。きっと、ウケますから!

志の春さんの著書『誰でも笑える英語落語: Rakugo in English』
お話を伺った「谷中はなし処」。林家たけ平さん・立川志の春さん・三遊亭萬橘さんの三人が、谷中よみせ通り商店街で毎月25日〜28日に落語会を開催。

江戸時代から庶民の娯楽として親しまれてきた落語は、堅苦しい雰囲気がないのが魅力です。特に、英語で行われる落語会なら、伝統芸能に興味がありながら敷居が高いと感じている友人や外国からのゲストのアテンドにもオススメです。学生時代に英語を学んでいても、今では英語に触れる機会がぐっと減ってしまった。そんな人にとっても、英語落語は英語に楽しく触れ合うツールのひとつになりそうです。英語の耳慣らしとして、落語への入り口として、ぜひ落語会に足を運んでみてはいかがでしょうか?

英語落語のスケジュール
ラジオ/RAKUGO(TOKYO FM WORLD)

ライブ/Shinoharu English Rakugo in Fukagawa Ⅴ
日時/4月17日(火)19:30~
場所/深川江戸資料館 小劇場

定例独演会スケジュール(日本語)
Wednesday Night Live水曜落語劇場
日時/2月21日(水)及び3月14日(水)19:15~
場所/日比谷コンベンションホール(大ホール)

上記含む、スケジュールや申し込みはコチラ
http://shinoharu.com

立川志の春さん
落語家
(たてかわ しのはる)米イェール大学を卒業後、三井物産に勤務。2002年立川志の輔に入門。2011年、二ツ目に昇進。2013年、NHK新人演芸対象本戦進出。著書に、『誰でも笑える英語落語: Rakugo in English』 、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか? 落語に学ぶ仕事のヒント』
この記事の執筆者
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PHOTO :
渡辺修身
EDIT&WRITING :
八木由希乃