今やサステイナブルな経済活動は、社会的責任を持つ企業の常識。「どこで」「誰が」「適正な方法で」つくったかという根拠は、とても大切な情報として私たち消費者に伝わる時代です。使われる成分や素材のひとつひとつがきちんとした素性を持っていることはもちろん、最近はそこに「正しく作られたものか」という視点も加わってきました。例えば、この化粧品はとても魅力的なものだけど、それを作る過程で地球上のさまざまなコミュニティに負担を強いているものだとしたら、どうでしょう。それを使って気分がいいと思えるかどうか。製品におけるサステナビリティやSDGsとはまさにそういうことなのです。

ゲランが毎年公開しているサステナビリティレポートを読むと、非常に範囲も広く、単に「環境にいい」とか「サステイナブル」のひとことでは片づけられない、ブランドの「社会への影響」を非常に考慮していることがわかります。別の言い方をすると、「社会に対する模範」を示しているような気概すら感じます。なぜここまでやるの?というくらいに……。

地球環境との共生が大きなブランド価値に

ゲランの女性養蜂起業家育成プログラム「ウーマン・フォー・ビー」。女性のエンパワーメントや固有種のミツバチの保護に貢献しています。フランス、カンボジア、スペイン、イタリア、メキシコほか、日本でも実施
ゲランの女性養蜂起業家育成プログラム「ウーマン・フォー・ビー」。女性のエンパワーメントや固有種のミツバチの保護に貢献しています。フランス、カンボジア、スペイン、イタリア、メキシコほか、日本でも実施

――ゲランは、サステイナブル分野においてLVMHグループのパイロットカンパニーに選ばれたそうですが、それはどういった経緯があるのでしょうか。

「LVMHには多くのメゾンがありますが、ゲランの特異性は自然に対する考え方や関わり方です。それがLVMHの擁する他ブランドや、その他競合ブランドとの大きな違いだと思います。ゲランはメゾンを設立したおよそ200年前から、設立者が世界中を回ってフレグランスの原料を調達し、その縁を大事に調達ルートと関わってきました。その195年の歴史の中で、もし社会的に正しい形ではない調達だったとしたら……。当然、植物や蜂蜜は枯渇してしまうし、人間の生活にも影響があります。ゲランの製品だってつくれなくなってしまうかもしれません。エコシステムを持続可能な形で存続するということは、メゾンの永続性にも関わること。原材料や調達の永続性を考えることは、ブランドの永続性に関わることでもあり企業の使命でもあります」

――ゲランのサステナビリティボード(サステナビリティ委員会)が設立されたのが16年前。LVMHグループの中では最も早く、専門部署が発足されたメゾンです。

「新しい取り組みを行う際には、顧客やジャーナリスト、そしてメディアを通して一般のお客様に正直にお伝えしています。ブランドとは完璧さを求め求められるものですが、サステナビリティはなかなか完璧なものにはならず、地道な活動です。しかも、サステナビリティ活動とは、いろいろな企業秘密を明かしていくことでもあります。持続可能なものはどうしても透明性が求められるからです。この秘密を明かしていくということは、ラグジュアリー産業とはそもそも相いれないもの。ブランドたるもの、秘密を明かさないことでその価値をあげていくという考えのところもあります。ゲランは、『秘密を明かす』というリスクにいち早く取り組んだメゾンなのです」

――経済活動を行う上で、どうしても無視できないのが企業価値。サステナビリティを推進して、企業価値が上がったと感じることはありますか?

「サステナビリティ活動を行うことで、企業として付加価値が上がっているのは事実です。企業価値は金融のパフォーマンスだけではありません。ESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治を考慮した投資活動、経営、事業活動)に関して、きちんと貢献しているかどうかが見られていると感じます。ゲランのサステナビリティ委員会が発足されて16年。その歴史は非常に強みとなっています。原材料に関しては、再生農業に取り組んでいて、アベイユ ロイヤルは『環境にやさしい』ということが多くの人に認知されはじめ、世界中で売上が伸びています」

1853年以降、ゲランを象徴する存在のミツバチ。2011年に「ゲラン ミツバチ保護プログラム」を設立し、多くの啓蒙活動やプログラムを行っています。ミツバチの保護意識の育成を目的に、子供たちを対象に世界中で開催しているBEE SCHOOLもその活動の一環
1853年以降、ゲランを象徴する存在のミツバチ。2011年に「ゲラン ミツバチ保護プログラム」を設立し、多くの啓蒙活動やプログラムを行っています。ミツバチの保護意識の育成を目的に、子供たちを対象に世界中で開催しているBEE SCHOOLもその活動の一環

――ゲランのサステナビリティ活動で近年印象的だったものに2022年のアクア アレゴリアの広告ビジュアルが挙げられます。世界的写真家であるヤン・アルテュス=ベルトラン氏制作のビジュアルは、普段商業写真を撮らない彼が「ゲランの広告なら」と快諾したという逸話があります。

「ヤン氏とは、私がNGOで仕事をしている頃からの知り合いです。そして、彼はゲランのサステナビリティ委員会の会長でもあります。アクア アレゴリアの広告撮影は、フォーミュラにしてもリサイクルを意識したボトルにしても、彼が『これまでとは全く違うものだ』と確信したからこそ、商業写真であるけれど例外的に撮影すると言ってくれたもの。この撮影は飛行機を使わずに行ける範囲で撮影を実施しました。これまでは撮影といえば、ロケ地まで飛行機で移動がつきもので、それにだってCO2排出が伴いますから」

サステナビリティを取り入れにくいと言われている広告やPR分野でも、低炭素撮影の実施やプリントではなくデジタル配布にするなど、新たなビジュアル制作の基準の開発にも着手。環境への影響を最小限に抑えることを目指しています
サステナビリティを取り入れにくいと言われている広告やPR分野でも、低炭素撮影の実施やプリントではなくデジタル配布にするなど、新たなビジュアル制作の基準の開発にも着手。環境への影響を最小限に抑えることを目指しています

――ところで、セシルさんはパリ・ドフィーヌ大学でサステナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)、エセック・ビジネススクールで営利および非営利におけるプロジェクトマネジメントのダブルマスターを取得。HSBCのSRI(Socially Responsible Investment=社会的責任投資)部門で金融界でのキャリアをスタートし、6年間にわたり従事されています。そのような学びを専攻したり、仕事として選んだきっかけを教えてください。

「私の両親が昔からこういったサステナビリティ活動にコミットしていたというのが大きな理由です。特段の反抗期もなかった私は、両親からの教えをさらに深めたいとサステイナブルの研究に興味をもちました。いざ大学を卒業して社会人になるとき、サステナブルな学びを活かす職場というのはごくわずか。唯一みつけたのが、金融業界の中の『社会的責任があるファンドの開発や創設』。ファイナンスには全く興味がなかったのですが、サステイナブル分野の仕事をするのであればその職を選ぶしかなかったのです。この必然と偶然がキャリアのスタートとなりました。ちなみに、ヨーロッパでもサステナビリティの専門分野が一般的な学問として普及しているか、というとそんなことはなくて、いろいろなジャンルを網羅して広がっています。パッケージの開発をしている人がサステナ観点を取り入れた開発を学ぶとか、サステイナブルに農業をするにはどうしたらいいかを学ぶ、とか。それぞれの職種においてサステナビリティを取り入れるという形で広がっているのは感じます」

ひとりではできないことだからたくさんの専門家を巻き込む

――サステナビリティのリーダーシップをとるには文系理系の両方を理解できる柔軟な頭脳が必要で、産業界のみならず、政治の知識も必要です。企業は活動に取り組むだけではなく、それを公表しなくてはならないし、オールマイティな能力が要求される分野。それを極めるというのは並大抵の勉強量ではないと想像します。

「サステナビリティに関わればかかわるほど自分のスキル不足を実感しています。そこで私が実践していることは、その専門分野のプロフェッショナルである有能な人々に頼ることです。もちろん、私自身のアップデートは必要。でも、限界はありますから、その分野の専門家たちを揃えて、私は彼らを統率する指揮者として動かしていく方針をとっています。サステナビリティを完璧に実践しようとすると、かなり広い範囲を専門的に知らなくてはいけません。それをすべて網羅するのは不可能です。だから、各分野の専門家たちの知識を借りることが必要。でも、指揮者としての自分が、全体的なビジョンを見失わないようにすることが大事なのだと考えています」

――今後のゲランのサステナビリティ活動について、新たなトピックスがあれば教えてください。

「ひとつ目は『Art & Environment Prize(アートと環境賞)』という現代アーティストを支援するための賞を設立し、10月に受賞者が発表されます。ヤン氏のように元々ゲランと深く関与しているアーティストのほか、毎年、ビー ボトルをエクセプショナルピースとして先鋭的なアーティストに再解釈してもらったり、ゲランにはアートと自然や環境を結びつける土壌があります。日本でも人気のあるアーティスト、李禹煥(リ・ウファン)氏とのコラボレーションもそのひとつです。テーマは『環境』。芸術の表現方法に制限を設けず、絵画でも彫刻でもいいし、動画でも3Dでもいい。幅広いジャンルから募集をかけました。

ふたつ目は、2年前から構想を練り、現在準備をしていること。それは、ヤン氏の所有している土地にパーマカルチャーや、再生農業などを実際に行う実験的ガーデンを造成中です。2024年5月から一般にも公開される予定です。30年前、ヤン氏がゲラン家から購入した1軒の家。それはパリから40分ほどのところにあるランブイエの森の中にあり、通称ゲラン・ビレッジと呼ばれるゲランファミリーが暮らしているエリアです」

――最後に、セシルさんの日常の中で、環境に配慮していたり、エシカルな消費に気を付けたりしていることはありますか? セシルさんのようなリーダーズ・パースフェクティブ(先頭を走る人の視点)は、私たちの参考になりそうです。

「私は動物が大好き。4歳の時に『肉を食べない』と決意し、それら一切口にしていません。肉を食べないことでカーボンフットプリントの削減に貢献します。一般的には飛行機に乗らないことがCO2削減につながると信じている人も多いかもしれませんが、肉を食べないことも非常に有効なのです。そのほかには、自家用車は所有しないことにしています。大都市パリで暮らしていますので、公共交通機関で賄えるからです」

サステイナブルか、そうでないか。ともすれば二分化してしまいがちな取り組みですが、ラグジュアリーブランドにおけるサステナビリティ活動をけん引するゲランの手法は、長い間培った実績をベースに、自然との「調和(ハーモニー)」を目指しているということがよくわかります。そして、まずは「知ること」と「考えること」が大事。伝道師としての役割をも果たすセシルさんのおはなしを聞いて私たちにできることは何か、思いをめぐらせました。

この記事の執筆者
『美的GRAND』(小学館)はじめ、女性誌・ライフスタイル誌の美容ページに携わる。星付きからB級まで、食や国内外の旅全般、クルマと猫が好き。 メディア制作会社「株式会社三井組」代表。
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