かつてネットは日夜、この人の悪口でもちきりだった?

セレブ_1
2013年『レ・ミゼラブル』で受賞したアカデミー助演女優賞の受賞式スピーチ。Photo by Christopher Polk/Getty Images

「ハサヘイト」という言葉がある。驚くなかれ、アン・ハサウェイを嫌うこと”という意味である。彼女の人気がとりわけ高い日本では、にわかには信じられない話だが、かつてのアメリカでこの人は徹底的に嫌われ、ハサヘイターが意味なく増殖、ネットは日夜、アン・ハサウェイの悪口で持ちきりという事態にまでなったのだ。

 でも一体なぜ?  一言で言うなら「あざとい」という理由から。問題行動はもちろん、具体的な問題発言があったわけでもないのに、「なんだか嘘っぽい」という曖昧な理由だけでハリウッド1ともされる嫌われものになってしまうことに、今の時代の怖さが潜む。

ヘイトを決定的にしたのは、『レ・ミゼラブル』でアカデミー賞助演女優賞を獲得したときのスピーチであるとされるが、それも既にゴールデングローブ賞なども多数獲得し、大本命とされていたにもかかわらず、息をハアハアさせながらながら「なぜ私が?  信じられない!   本当に?  どうして私なの?!」と、くどいくらいに驚嘆の言葉を並べたから、と言われる。

セレブ_2
第85回アカデミー賞授賞式にてオスカー像に名前を刻まれるのを待つアン・ハサウェイ。Photo by Kevork Djansezian/Getty Images

謙虚すぎることの危険性も知らずに……

そこにはネイティブにしかわからない嘘っぽいニュアンスがあったのかもしれないが、大本命とされたがゆえに、獲らなければという強いプレッシャーがあってこそ、混乱し過呼吸にもなってしまったと言えなくもない。

ただこの時、19世紀のフランスにおける売春婦に関する政治的な発言もあったことで、すべては台本通りだったのではないかとされた。いや候補者たちは皆、当然のこととして受賞スピーチの準備をするはずで、百戦錬磨のベテラン女優たちはそれを、たった今口を突いて出てきたかのように話すことができるわけで、アンが舞台女優を目指して演劇を学んだ経緯も考えれば、逆に経験不足だったからこそ芝居がかって見えてしまっただけ?   彼女はまだこの時30歳。一生懸命であることのアピールや、謙虚すぎることの危険性も知らなかったのかもしれないのだ。

   ともかくこの時からアン・ハサウェイは「わざとらしい」「あざとい」そして「空気が読めない」というイメージを揺るがぬものにしてしまう。一時期は、全くいわれのない誹謗中傷も加わって、何をしてもバッシングされるという悪い流れができていたほど。言うまでもなく、その苦悩は想像を超えるものがあり、本人も「ブリジット・バルドーのようにひっそりと暮らしたい」と、女優引退をほのめかしてしたことさえあったいうが、そういう発言もまた、火に油を注ぐように、「絶対ポーズに決まっている」と、より激しいバッシングが起こるという悪循環。

自ら「わざとらしい女優」をパロディ化して演じる

のちに「当時の私は、自分の中にモンスターを飼っていた」と発言している。「インターネットを見て、自分を憎んでいた。自分自身を愛せなくなっていた」とも吐露しているが、コレは無理からぬこと。「誰かにひどいことを言われている時に自分を愛せないと、心のどこかで彼らの言うことを信じてしまう」と当時の心境を冷静に分析してもいた。

そして当時、何をしていたかということも別の機会に明かしている。紙にイライラや悩みなどネガティブな思いを書き、書いたものは読み返さず、タイマーが鳴ったら、その紙をキャンドルの炎で燃やしてしまう。「そうすることで、ネガティブなエネルギーも怒りも不安も、すべてを煙にしてしまうの」と。何を目にし、耳にしても、その苦しみを明日に持ち越さないようにしていたという。何か、胸が痛くなる話である。

ではどうやってそこから抜け出したのか、当然のこととして、それは女優としてのキャリアにも影響し、バッシングのピークから2年、『マイ・インターン』を成功させているものの、オファーは明らかに減っていた。だから、そこまでのことなのかと「アンチ・ハサヘイター」を名乗る擁護派も増えてきて、バッシングの嵐も次第に鎮まっていったのだ。

勇敢にも、インディーズ映画『シンクロナイズドモンスター』では製作総指揮も兼任。巨大怪獣と自分がシンクロしてしまうという奇想天外なSF映画において、ある意味自虐的に、大人になれないダメダメな女性”を演じた。また『オーシャンズ8』では、「芝居がかったわざとらしい女優」という、自らのイメージをパロディ化するような役柄をナルシスティックに演じ、皮肉にもこれが高い評価を得ているのだ。

アン・ハサウェイが主演兼製作総指揮を執った『シンクロナイズドモンスター』(原題Colossal)プレミア上映会での舞台挨拶。Photo by Albert L. Ortega/Getty Images
アン・ハサウェイが主演兼製作総指揮を執った『シンクロナイズドモンスター』(原題Colossal)プレミア上映会での舞台挨拶。Photo by Albert L. Ortega/Getty Images

人は恥ずかしさで死ぬこともできる

これで何かを吹っ切った印象を世間に見せられたことは確か。だからようやくこう語ることができたのだ。「過酷な経験を経て、私は精神的に強くなった。だから他人に対してこれまでよりも大きな愛と思いやりを持つことができるようになった。何より一番良かったのは、自分自身も愛せるようになったこと」と。「自分を大切にすることで人生に感謝する方法にようやくたどり着いた。自分でいることを卑下するのではなく。その方法が10年前はわからなかったの」と語っているのだ。

「人は恥ずかしさで死ぬこともできると感じるけれど、実際には死なない」と語ったことも、人々の心に深く訴えるものがあったはずなのである。

そうした意識の変化を証明するように、アンは職場でのハラスメントや差別撲滅を掲げる運動「Time's Up」に参加している。「これまで傷ついてきた多くの人と同じように、私が経験したような最悪のことから他の人たちを守りたい」と。過去にも数々の慈善活動や支援活動に携わってきた人だが、社会に不当な扱いを受けてきた体験に基づいた活動だけに、確かな説得力と影響力を持ったのは言うまでもない。

思えばこの人は敬虔なカトリック信者の家に育ったものの、実兄がゲイだったこともあり、リアルな差別とも戦ってきた。弱者のために寄り添うという姿勢を随所に見せてきた人なのだ。そういう優等生すぎる一面が、ハリウッドで浮き上がってしまった1つの要因なのかもしれない。

「たった1つの彼の愛が私を変えてくれた」 

セレブ_3
2022年、楽しそうにテニスのUSオープンを観戦するアン・ハサウェイとアダム・シュルマン。Photo by Gotham/GC Images

でも、こんなふうに意識を塗り変え、苦難を乗り越えるためにとても重要だったのが、夫の存在ではなかったか。バッシングが起きる1年前に結婚しているパートナーは、俳優であり今はジュエリーデザイナーでもある

アダム・シュルマン。結婚当初は、超格差婚”として話題になったが、その仲の良さ、お互いをリスペクトし合う姿が次第に夫婦としての好感度を高めるようになっていった。なんの因果か、この夫に瓜二つであるシェークスピアの妻の名前が「アン・ハサウェイ」だったことから、神秘的な運命の絆で結ばれた2人として、一転、崇められたりもしている。

「彼が私に能力を与えてくれた。女性が自立するのが当然の世の中だけれど、私には夫が必要。彼のおかげで私はこの世界に居心地よくいられる。他に比べるもののない、たった1つの彼の愛が私を変えてくれた」と、臆することなく語ったことが、さらに2人の評価を高めることになったのだ。

40歳。「歳の割に素敵」は褒め言葉?

 かくして今、40歳。年齢についても語り始め、このところさらに好感度を高めている。それも、「年齢の割に素敵」という褒め言葉に対して、褒めてくれるのは単純に嬉しいけれど、と前置きし、「でも、私はそういう考えは持ちたくない。私にとって、年を重ねる”ことは生きること”の別の表現にすぎないから」と言い切ったのだ。

2023年、サンダンス映画祭に参加したアン・ハサウェイのオフショット。Photo by Bryan Steffy/GC Images
2023年、サンダンス映画祭に参加したアン・ハサウェイのオフショット。Photo by Bryan Steffy/GC Images

奇しくも今年、SHISEIDOの「バイタルパーフェクション」のグローバルアンバサダーに起用されており、彼女自身も「Potential Has No Age(可能性は歳をとらない)」というこのブランドのメッセージに心打たれたことを明かした。

セレブ_4,スキンケア_1
2023年、SHISEIDO バイタルパーフェクションのグローバルアンバサダーに就任した際、ニューヨークで開催されたイベントにて。Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Shiseido

かつては厳然と存在した、年齢を重ねることへの偏見。崖っぷち”とか、賞味期限”とか、そういう概念をなくすのは、本当に素晴らしいこと。どんなことができるのか、想像するだけでも楽しい」とも話し、賞賛を浴びたのだ。

こんなふうに、時系列で発言を追っていくと、少しずつ少しずつ力を振り絞ってバッシングと戦い、本当に少しずつ誤解を解いていったとも言える。正直、感情的なバッシングは、それが和らいでいくと一転、必要以上にその人を評価しようとする逆転現象が起きる。今まさにアン・ハサウェイは、そうした流れの中にいるのだろうが、思いのほか時間がかかった。もともと頭が良く生真面目な人。本人は努めて感情的にならず、冷静に考えて考えて這い上がってきたのだろう。そういう意味では本当に頭が下がる。逆境を乗り越えたことへの賞賛も含め、この人にとっての人気のピークはこれから始まるような気がする。いやそうあってほしい。ここまで嫌われても、好感度を確実に取り戻す時が来るのだという生き証人として。

自らがどうにも反論できない種類のバッシング。そして言われなき誹謗中傷。普通ならば壊れてしまうかもしれないほどの辛い辛い経験をし、でも見事にそこに打ち勝って、40代を迎えることになったこの人は、今1番輝いていると言っていい。だから、この人を見る世間の目は、今やとても温かいのだ。

年齢を重ねることは、むしろ生きること……それをこの人ほど深く重く、そして尊く、体現している人はいないのかもしれないから。

 

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO&MOVIE :
Getty Images
EDIT :
三井三奈子