北欧・デンマーク。高い税率を背景にした福祉制度や、自由度の高い教育システム、そして何よりも国民の幸福度が高いことなどで知られています。2013年には国連の幸福度調査でデンマークが1位になるなど、名実ともに「幸福の国」として内外から認知されています。
この幸福度の高さを脇に置いたとしても、バルト三国、バイキング、アンデルセン童話、洗練された北欧デザイン、ヒュッゲブームなど、どこかメルヘン、ファンタジーというか、おとぎの国のようなイメージを持つ人も多いかもしれません。
そして今、この国の“本物の楽園”と呼ばれるエリアに、世界中から熱い注目が集まっていることをご存知でしょうか?
デンマークの楽園と呼ばれる「クリスチャニア」
デンマークの楽園、その名は「クリスチャニア」。1,000人に満たない人口が暮らすフリータウンで、日本語では自治区と訳されます。事実、ここでは、デンマークの法律とは一線を引いた「独自の法」が優先されています。生活雑貨店や飲食店のほか、コミュニティセンターや病院施設も存在するうえに、国歌と国旗だってオリジナルです。
入り口と出口には、木製の大きなゲートがシンボリックに存在していますが、そこに扉はなく、出入りは自由。観光客だろうと夜間であろうと、誰にでも解放されている姿に、真のフリーダムを感じます。
クリスチャニアは、首都コペンハーゲンのど真ん中に位置する
クリスチャニアの敷地面積は34ヘクタール。東京ドーム7.5個分に相当しますが、この場所は首都コペンハーゲンのど真ん中にあります。たとえるなら、東京駅のすぐそばといったところ。
コペンハーゲンは北欧諸国のなかでも最大級の都市であり、木造やレンガ造りの歴史ある建造物や、洗練という表現にふさわしい近代建築が立ち並び、”ザ・ヨーロッパ”といわんばかりの、本質的な高級感に目を奪われる街です。その中心部、一等地ともいえる場所に、なぜかクリスチャニアは存在するのです。
クリスチャニアには住民の代表者はなく、民主的であることを重んじているため、権威を振りかざすような人もいなければ、上下関係もありません。さらに車両を乗り入れることが禁止されており、バイクや車に轢かれそうになる心配もなし。人々は歩くか、クリスチャニアバイクと呼ばれる、荷台の大きな自転車を利用します。武器の使用はもちろん、持ち込み自体が禁止。住人にはアーティストが多く、表現の自由は尊重されます。グラフィティと呼ばれる壁面に施したスプレー塗料のアートも許容され、そのクオリティも高いです。犬を鎖に繋ぐことも禁止。あとはすべて自由です。
クリスチャニアには湖と運河というウォーターフロントがあり、自然のままの木々や芝生が広がるその上で、人々は好きな場所で、好きなように日常を過ごします。
チボリ公園と並んで、コペンハーゲンの2大観光地であるクリスチャニア
まるで「ラブ&ピース」を具現化したような場所に思われるかもしれませんが、ただの理想郷ではなくきちんとした社会性だって確立しています。45年以上の歴史のなかでは政府との交渉を何度も行い、衝突や紆余曲折を経た結果として今の平和な状態を作り上げました。そのため、中・高校生たちが社会見学として訪問したり、国内外の政治家たちが訪れることも珍しくありません。また、チボリ公園という伝統的な遊園地と並んで、コペンハーゲンの2大観光地であり、クリスチャニアを訪れる観光客は世界中から年間50万人(※1)にものぼります。
デンマークは税金が高いのに、都心に自治区(クリスチャニア)があっていいの?
クリスチャニアをはじめて知った人は楽園の存在に目を輝かせた直後、その現実性に疑問を抱くことも。いぶかしげな眼差しで「税金が高い国なのに、都心に自治区があっていいの?」と疑問に思うのも無理はありません。
その答えは、5年間掛けて取材したという『クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡』に書かれていました。
クリスチャニアの住民たちは「ソサエティマネー」という税金を収めている
同書によると、18歳以上のクリスチャニア住民たちは「ソサエティマネー」という、いわば税金をクリスチャニアに収めます。金額は家の広さによって前後しますが平均約2000クローネ(約3万5千円)。これには毎月の家賃のほか、水道の故障や電気の不具合といった修繕、ゴミ処理、子どもたちの保育園、クリニックやコミュニティの運営費まで含まれています。さらにソサエティマネーから予算組みされた「クリスチャニアファンド」という名の、住民向け融資システムまであるのです。
クリスチャニア独自の文化は、デンマークの誇り、多様性の象徴
クリスチャニアの住民である“クリスチャニアン”たちは毎月ソサエティマネーを収めながら、一歩ゲートを出れば一般的なデンマークの公共サービスも、もちろん受けられます。ほかのデンマーク国民が約50%という高い税金を国に納めているというのに、ここに不公平だという声は上がらないのでしょうか?
同じ疑問を抱いた同書の著者、清水香那さんは、さまざまなデンマーク人に意見を求めましたが、その答えはいたって友好的だったそうです。驚くべきことに多くのデンマーク国民は、たとえ自分がクリスチャニアに住んでいなくても、「都市部に自治区があるという事実」を大切にしているというのです。
クリスチャニアの存在に対して否定的な発言をした政治家は落選する…とも言われており、クリスチャニアが作り上げた独自の文化は、デンマークの誇り、多様性の象徴でもあるといいます。
自らと異なる価値観をここまで受容できるとは、なんと豊かな包容力なのでしょう。デンマークという国が幸福な理由は、この心の豊かさにこそ秘密があるように思えてなりません。
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クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- やなぎさわ まどか