北の大地に住んでみたい。一度はそう思ったことがある人も多いのではないでしょうか。
雄大な自然と、大地の恵みを味わえる、力強い食材。爽やかな夏の緑に、真っ白い雪に覆われる美しい冬の世界。その魅力は、簡単には語り尽くせないほど。
北海道に住むということは、そんな自然と共に生きるということ。
雑誌『Precious』2月号では、「美しいひとの美しい部屋」冬スペシャル!と題して、【「北海道で暮らす」ということ】を特集。実際に北海道に移住、または二拠点生活を送るプレシャスキャリアに密着。
今回は、一軒家レストラン「ル・ゴロワ フラノ」マダムの大塚敬子さんが暮らす【北海道の自然と動物たちと生きる家】を大公開!
移住されて約7年となる生活に密着。都会の暮らしとは違う厳しさを受け入れながら、その何倍もの喜びを享受し、強く、たくましく生きるリアルな姿をお届けします。
「自然の前では、私たちは小さな存在。それでも、森に抱かれ、動物たちと生きる日々が愛おしくてたまりません」
大地の洗礼を受けながら一歩一歩前へ歩んできた
富良野の中心街から車で30分ほど。森の中にひっそり佇む家を訪ねると、犬や馬たちが出迎えてくれました。
「いつもなら、あたり一面真っ白い雪景色のはずですが、今年は暖かくて。少し景色が寂しいけれど、この時期も、静かで美しくて好きなんです」
そう笑うのは、一軒家レストラン「ル・ゴロワ フラノ」マダムの大塚敬子さん。「ル・ゴロワ」といえば、東京・表参道と神宮前で約20年、北海道フレンチとしても名高い名店。2016年に惜しまれつつ店を閉め、かねてからの夢だった北海道へ夫婦で移住。2018年「ル・ゴロワ フラノ」をオープンしました。
幼い頃から大の動物好きだった敬子さんと、北海道の食材に惚れ込んだ夫の大塚健一シェフ。新婚旅行は北海道、東京時代から幾度となく訪れていたこの地への移住の大きな理由は「馬と暮らすこと」でした。
「ロバのパン屋さんてご存じですか? ロバ(実際は馬)が馬車を引いて蒸しパンを売る、移動パン屋。あの馬に会いたくて、にんじん片手に待ち構えていました(笑)」
東京育ちの敬子さんの馬への憧れは強く、北海道「酪農学園大学」へ進学。馬関係の仕事に就きたかったものの、当時は女性にその仕事はなく、次に好きだったお菓子の道へ。パティシエールとして軽井沢プリンスホテルで働いていたとき、料理人のシェフと出会い、結婚しました。
富良野に暮らして約7年。何度も何度も大地からの洗礼を受け、よろけながらも、一歩ずつ前へと歩んできた日々だったと言います。
「寒さも雪も厳しいし、カメムシ対策も大変。それでも、馬たちがそばにいて、日々変わる森の景色を見られる幸せは何ものにも代え難い。自然や動物たちの前では私たちは本当にちっぽけな存在です。同時に、生かされている、守られていると感じます。毎日を無事に終えられることで精一杯ですが、森に抱かれ、彼らと生きる日々が愛おしいんです」
自宅は2階建て。脚本家・倉本 聰氏が、俳優・脚本家の養成施設として開いた「富良野塾」の塾生たちが建てたもので、もとは宿泊施設。2010年閉塾後は出入りがなかったが、2016年大塚夫妻移住後は、夫妻自ら床や天井を張り替え、住まいへとDIY、水回りを整えた。家具のほとんどは東京「ル・ゴロワ」のお店で使用されていたもの。名物だった壁画(銅版画家・山本容子さんが愛犬ルーカスなどを描いたもの)もすべて、北海道へ持ち込み、部屋中に飾っている。
50代後半、夫婦でここに根を下ろすと決めた
朝から撮影をしていたこの日、午後からぱらぱらと雪が舞い始めたかと思えば、一時間も経たないうちに吹雪き、積もり始めました。窓から見える景色は一転、雪景色に。
「一日のうちでも、こうやってさまざまに変化する自然の表情には、何年経ってもときめきます。朝、芽吹く森を見ながらコーヒーを飲むとき。夜、リビングの床に寝っ転がって窓から雪や星を見上げてワインを飲むとき。動物たちがそっと寄り添ってくるとき。レストランでお客様の笑顔を見るとき。どの瞬間もすべて美しく、幸せだなと感じます」
いつか馬と暮らしたいと思っていた敬子さん。15年ほど前、ケガをして処分される予定の馬を引き取りました。当時は山梨の牧場で一緒に寝泊まりをしながらお世話を。店の営業後夜遅くに車を走らせ山梨へ、翌日はランチに間に合うよう東京へ。
体力の限界を感じていた頃、北海道・十勝の牧場が馬を預かってくれることに。その後、何度も北海道を訪れながら、馬と暮らせる物件を探していました。縁あって今の場所をお借りして、二拠点生活を開始。それも限界が見え、「ル・ゴロワ」開業20周年の節目を北海道で迎えたいという思いもあって、移住を決意。
「50代後半、大自然と動物と生きるには体力的にもラストチャンスでした。夫婦で、ここに根を下ろして生きていくと決めたんです」
暮らしているのは、脚本家・倉本 聰氏が1984年「富良野塾」を開いた地。2010年閉塾後「そのまま自然に返したい」という倉本氏の意向で森の姿に戻りつつありました。
「ここは富良野塾に関わった方たちの聖地です。森を大切にしながら、動物たちと一日一日を過ごしていけたら…。動物は大好きですが、彼らも私たちもひとつの大きな群れの集まりだと思っています。彼らが、行き場がなく命を落とすことを少しでもなくすことができたらと、その思いだけで暮らしています。そのために、必死で働くことも、幸せのひとつ。ただのひとりの生き物として、同じ目線で共に生きていきたい。保護活動でもなく愛護生活でもなく、運命共同体のようなものでしょうか」
「この森を大切にしながら、しっかりと働き、動物たちと同じ目線で過ごしていきたい」
大塚夫妻のHouse DATA
●場所…富良野の中心街から車で30分ほどの森の中「富良野塾」跡地。
●建物…元は塾生たちの宿泊施設だった建物を、大塚夫妻がDIYし、整えた。
●間取り…キッチン、ダイニング、リビング、寝室、水回りほか、動物たちが暮らす部屋。敷地内には馬小屋、物置など。
●訪れる頻度…2016年8月に移住。
●ここに決めたいちばんの理由…「馬や動物たちと静かに暮らせるうえ、北海道の食材を余すところなくおいしく食べてもらえる、レストランに近い立地。いずれも、倉本先生とのご縁あってこそ、叶いました」
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- PHOTO :
- 川上輝明
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)