長い長いおこもり期間を経て、人々が「家」に求めるものは、確実に変わったのではないでしょうか。本当に必要なものや心躍るものは何なのか、安らぎや豊かさをもたらしてくれるのはどういう空間なのか。

雑誌『Precious』7月号では、自然を身近に感じながら、自然に寄り添い、そのパワーを浴びて暮らす3人のお宅を訪問。—家について考えるということは、自分自身と向き合うということ—。改めてそう実感する、三者三様の素敵な暮らしに迫りました。

今回は、ホテルプロデューサーの浅生亜也さんのお住まいをご紹介します。

浅生亜也さん
ホテルプロデューサー 
(あそう あや)「サヴィーコレクティブ」代表取締役社長。幼少期はブラジル、高校・大学はアメリカと海外で暮らす。大学卒業後はピアニストとして活動しながらホテル業界に就職。帰国後、監査法人などを経てホテル事業を開始。数多くのホテルや旅館の企画、ブランディング、運営や再生を手掛ける。

「好きな環境で好きなものに囲まれて必要最低限に暮らす。『十分』が今、心地いい」

「鮮やかな緑も気持ちいいですが、真っ白な雪景色も絵画のように美しい。軽井沢は四季がはっきりしているので、その移ろいを感じながら、自然と生きていることを実感します」

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森の中に佇むアメリカンハウス

この家に住まうのは、ホテルや旅館のコンセプトやブランディングデザインを手掛ける浅生亜也さん。2016年夏から軽井沢との二拠点暮らしをスタートさせました。

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キッチンの壁に、柔らかな光を放つ電球形のペンダントライトは「LiLi」

「国内外の出張が多い生活で東京に住む必要性をあまり感じなくなっていたこと、当時運営していたホテルが軽井沢にあったこと。また、東京五輪が決まって国立競技場の解体工事が始まり、近くに住んでいたために持病の喘息が悪化したことなど、さまざまな要因が重なったんです」

「広ければいいというわけではない。人にはそれぞれ、心地よいと感じる『大きさ』があると知りました」

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リビング。インテリアのポイントは、浅生さんの膨大なコレクションのなかから厳選されたアートが壁一面に並ぶ、ギャラリーウォール。無造作に飾っているように見えて、配置や色、家具とのバランスなどが考え抜かれている。中央の大きなブルーのアートは元永定正の作品で、浅生さんが留学先に持ち込むほど大好きなもの。これをフォーカルポイントとして、リビング全体にブルーを効かせ、統一感を出している。

東京では喘息が悪化するなか、頻繁に行き来していた軽井沢のホテルでは驚くほど熟睡できる。そう気づいた浅生さんは、澄んだ空気と静寂な環境、自然豊かな軽井沢に住みたいと、物件を探し始めます。

「この家に出合った瞬間、ここだ! と直感、15秒で決めました(笑)。駅から近く、高速道路へのアクセスもいい。にもかかわらず、背後に山を背負うような立地で森の中を感じられること、なにより、ムダのない機能的な間取りが決め手でした」

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「バイクLOVE」と書かれたエネルギー溢れる書は、松江宣和さんの作品。青森県を旅した際、カフェに展示されていた書に浅生さんがひと目惚れ。松江さんは、障害の有無にかかわらず書を楽しもうと西里俊文さんが主宰する書道教室「俊文書道会」に所属している。
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夫婦で大切にしている、阿修羅像が描かれた絵。
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テラスでは、仕事をしたり、朝食やアペロを楽しんだり。

玄関の三和土がなく、すぐにリビングが広がり、小さなキッチンや、寝室などが廊下なしで並ぶ構成。海外生活が長い浅生さんにとっては違和感のない間取りだったとか。

「世界的に注目されているTiny House(小さな家)に憧れがありました。厳密な定義というよりも、コンパクトにシンプルに暮らすという概念を志向しています。好きな環境で、好きなものに囲まれて、必要最低限のものだけで暮らすことを、実体験してみたかったんです」

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リビングのソファに腰かけると目の前に広がる景色。四季折々の木々をこの窓から眺めるのがいちばん好き、と浅生さん。
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ダイニングテーブルと椅子は「カリガリス」。
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ブルーのデニム地と革、アイアンの組み合わせが印象的なチェアは堺市の工房のもの。手前はリンゴのオブジェ。共にネットで購入。

東京のマンションの半分のスペースにもかかわらず、住んでみると快適。広ければいいというわけではない。人には、心地よいと感じる「大きさ」があると知った、と浅生さん。

「引っ越しにあたってかなりの量の断捨離をしたんですが、結果的に半分も必要なかった。私にとっては、広さというよりも、快適で機能的、クリエイティブな空間であれば『十分』だということ。まだまだモノを抱えていますが、削ぎ落として小さく暮らすことで、自分自身が大切にしているコトやモノ、考えなどもクリアになって、余裕が生まれた気がします。鳥のさえずりや庭の木々、花の種類にも敏感になりました」

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寝室のライブラリーには浅生さんが所蔵するアートブックが。
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森道を駆け抜ける愛車はJeep。
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白×ブルーのタイルが愛らしいキッチンの床。最初からこのデザイン。

二拠点暮らしも7年目に突入。喘息やアレルギーは改善され、軽井沢コミュニティを通して、仕事やネットワークの幅も広がったといいます。

「軽井沢の魅力は、ソーシャルキャピタルの高さ。社交的なだけでなく、多様な方々が立場を超えて社会の課題を話し合ったり、アートや音楽の支援活動をしたり。生き方はもちろん、社会との関わり方など多くの学びがあります。メリットばかりでデメリットが思い浮かばないほど。強いていえば、都会へ出不精になってしまうこと、東京で仕事が終われば1秒でも早く軽井沢の家へ帰りたくなること、くらいでしょうか」

浅生さんのHouse DATA

場所…軽井沢駅から車で約5分。
建物…70平方メートルほどの平屋のアメリカンハウス。
間取り…2LDK/リビング、ダイニング、キッチン、寝室、水回り。
家族構成…夫とふたり。
訪れる頻度…コロナ禍はほとんど軽井沢。現在は、週の半分は東京で仕事だが、できるだけ日帰りに。週末は必ず軽井沢。
ここに決めたいちばんの理由…電車、車ともにアクセスのよさ。にもかかわらず、背後に山を抱く静かな森の中にあるということ。機能的でコンパクトな間取り。

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PHOTO :
川上輝明(bean)、篠あゆみ、Marco Bertoli
EDIT&WRITING :
田中美保、古里典子(Precious)