ミスズさん(42歳)とカズトさん(49歳)は結婚して10年。夫婦共働きで、2人分の年収は2000万円を超えています。子どもはなく、教育費がかかるわけではないのですが、なぜかお金が貯まりません。
ミスズさんは「それほど贅沢しているつもりはない」といいますが、2人とも月末になると口座にはほとんどお金が残らず、貯蓄額はゼロ。これまで貯蓄がなくても困ったことはなかったのですが、カズトさんは来年50歳。そろそろ老後のことも心配になってきたので、家計を見直して貯蓄できるようになりたいと思っています。
「レシート〇×チェックでズボラなあなたのお金が貯まり出す」(プレジデント社)などの著書があり、家計管理に詳しいファイナンシャルプランナーの八ツ井慶子さんは、前編でミスズさんとカズトさん夫婦が貯蓄できない原因を「収入と同じだけ、またはそれ以上に支出していること」だと分析。
【前編:年収2000万円でも貯蓄ゼロ!高収入家庭にありがちな「貯まらない理由」が判明】
「当たり前過ぎる答えですが、これが貯蓄できない根本の原因なのです。反対に支出を抑えられれば、収入の額に関係なく貯蓄ができるようになります」(八ツ井さん)
自分では「それほどお金を使っているつもりはない」と思っていても、それは主観的な思いで、「貯蓄がない」という現実が客観的な事実です。実際、ミスズさんとカズトさん夫婦は、給料やボーナスが入ってきた分だけ、すべて使っていたのです。
外食費やスーツ代、車、海外旅行などにお金を使っていましたが、ミスズさんは家計簿をつけていないため、何にいくら使ったのかハッキリとは分かりません。そのため、貯まらない原因がどこにあるのか見当がつきませんでした。
「でも、家計簿がなくても大丈夫です。レシートを分析して、買ったものを良い支出と悪い支出に分けて、『〇×チェック』していくと、レシートから貯まらない原因を探ることができます」(八ツ井さん)
八ツ井さんが提唱する家計管理の「〇×チェック」は、自分の行動を振り返りながら、買い物の質に注目して家計の見直しポイントを探る方法です。後編では、この「〇×チェック」の手順を詳しくみていきましょう。
レシートを費目別に分けて、よい買い物と悪い買い物をチェック
「お金は雑に扱えば逃げていってしまうし、大切に扱えば人生を豊かにしてくれます。支出を見直して1万円浮かすことができたら、必ず手元に1万円残ります。お金はとても素直に動きますから、扱い方によって結果がはっきり表れます。ちょっとしたお金の使い方によって、確実に差が出てくるので、貯蓄をしたいと思ったら、まずは日々のお金の使い方を見直しましょう」(八ツ井さん)
「お金を貯められない」と悩んでいるひとは、まずは使ったお金のレシートや領収書を集めて、「食費」「被服費」「交際費」「車両費」などの費目ごとに分類してみましょう。1枚のレシートに、2つ以上の費目がまたがって記入されている場合は、金額の大きい買い物の費目に分類します。費目ごとにきちんと分けることより、「使い方」を見直すことが目的なので、あまり細かいことは気にしなくて大丈夫です。
次に、分類したレシートを費目ごとに集計します。こうすると、家計簿をつけていなくても、何にいくら使っているのか、大まかに掴むことができて、使い過ぎている費目が分かります。
どこに無駄遣いがあるかは、その人ごとに異なります。集計の結果、合計額が大きかったり、買い物の回数が多かったりする費目が、その家庭の見直しポイントになります。支出額の大きい費目のトップ3を重点的に見直していきましょう。出ていくお金の額が大きいものは、見直し効果も高くなるからです。
そして、自分の行動を振り返って「よい買い物」には「〇」、「悪い買い物」には「×」をつけて、レシートにチェックしていきます。このときのポイントは、生きたお金の使い方をしているかどうか。
「金額が高いものが悪いわけではありません。高くても、生きたお金の使い方なら〇ですが、いいものを安く買えたとしても、必要のないものや買わなければよかったと思うものは、金額にかかわらず×です」(八ツ井さん)
たとえば、日常生活でよく登場するもの、生活を便利にしてくれるもの、使っていて満足感の高いものは「○」でしょう。でも、ストレスを発散するために、使いもしないのに洋服や化粧品を次々と買ってしまうのは、どんなに安くても「×」です。自分の行動パターンを振り返って、〇×チェックをしてみましょう。大切なのは、「何」を買ったかではなく、「なぜ」買ったかです。
「お財布日記」をつけて買い物の自分の心理を探る
この時、役に立つのが「お財布日記」です。買い物をしたときに、買ったものや金額と一緒にその時の感情を書いていくのです。
「長年、欲しかったものが手に入ってうれしかった」
「むしゃくしゃして、ついつい必要ないものを買ってしまった」
「買う気はなかったのに、デパートで勧められて買ってしまった」
このように、「なぜ、買ったのか」「どう思ったのか」を書いておくと、自分の行動や思考のパターンが分かって、「×」の買い物を減らしていくための具体的な対策が立てやすくなります。
八ツ井さんは「消費はマインド」だといいます。
「お金の使い方には、その人の心理、心の内側が色濃く表れます。家計の相談を受けていると、ストレスが貯まるとついつい買い物をして発散してしまうというケースに遭遇することがあります。でも、残念ながら買い物で心を満たすことはできないんです。ストレスに向き合って根本的な解決方法を探らないと、いつまでたってもストレスはなくならないし、無駄なお金を使い続けることになります。ですから、お財布日記をつけて、無駄遣いの原因をつきとめて、行動パターンを変えていくようにしましょう」(八ツ井さん)
〇×チェックの結果、ミスズさん、カズトさん夫婦の支出の多いトップ3は、1位:被服費、2位:外食費、3位:パソコン関連の費用でした。この中でも、とくに×をつけたレシートが多かったのは被服費です。
ミスズさんとカズトさんはスーツも、カジュアルな服も、クローゼットに入りきらないくらいたくさんもっています。それでもシーズンごとに、新しい洋服を次々と買うのがやめられません。
「懇意にしているショップがいくつかあって、新作が入ると電話がかかってくるんです。通っているうちに、お店に行くと他のお客さんよりも丁寧に対応してくれるようになって、自分が特別な顧客として扱われていると感じるようになりました。その優越感というか、気持ちよさが、私たちに洋服を買わせているのかもしれません」(ミスズさん)
ショップの店員さんに「お似合いですよ」と勧められると、自分ではたいして気に入っていなくても断り切れずに購入してしまうのだとか。でも、そうして買った洋服は、2~3回着た程度でタンスの肥やしになっているものもたくさんありました。ひどいものになると、一度も着ないで紙袋に入ったままのものもあったのです。クローゼットに入りきらない洋服は、本来は客間のはずだった和室に積み上げられ、掃除もままならなくなり、それもまたストレスの原因となっていました。
「お財布日記で振り返ると、洋服を買った理由の多くは、自分が欲しいという気持ちよりも、『店員に勧められて』『なんとなく』というものが多く、自分が着てワクワクするというより、他人からどう見られるかばかりを気にして選んでいたことに気が付きました。とても受動的な服選びでした。買ったあとも、『また、買っちゃった』という後悔の方が多かったことに改めて気がつきました」
そこで、×の買い物を減らすために、ミスズさんとカズトさんはショップの電話番号をスマホに登録して、通知された電話番号を見て営業電話には出ないようにしました。そして、新しい洋服が必要なときは、ファッション雑誌などで事前に流行や自分の好みをチェックして、予算を決めてからお店に行くというルールをつくりました。
同様に、外食費も、パソコン関連の費用も、下調べをして「おいしくて行ってよかったお店」「買ってよかったアイテム」と思えるものには惜しみなく使うけれど、これまでのようになんとなくお金を使うことをやめました。その結果、×の買い物が激減し、〇の買い物が増えていくようになり、 自然と使う金額も抑えられていきました。「なくても平気」なことに気がついたのです。
さらには、支出額の大きかった被服費、外食費、パソコン関連の費用を見直したことで、その他の費目の買い物をするときも、買う前に「これは〇かな、×かな」と意識するようになり、自分で支出をコントロールできるようになってきたのです。その結果、月末に少しずつ銀行口座にお金が残るようになりました。
消費をコントロールする力が、何よりのお金の運用になる
ミスズさん、カズトさん夫婦のように、レシートの〇×チェックとお財布日記で家計の問題点を具体的にすると、その対応策を考えられるようになります。そのうえで、〇の買い物を増やしていくようにすれば、生きたお金の使い方ができるようになって、その結果、無駄遣いを減らせるようになるのです。
「目標達成のためには、無駄遣いしやすい行動パターンを改めて、能動的に行動していくことが大切です。このとき、買い物の回数や予算などの目標を決めておくのも手です。決めた目標が達成できなかった場合は、なぜ達成できなかったのかを考え、お財布日記で自分の買い物のパターンを繰り返し振り返ることで、必ずお金を貯められるようになります。なんでもそうですが、家計管理もあきらめなければ、必ずできるようになります。そして、生きたお金の使い方を身につけるコツは、自分を好きになることです」(八ツ井さん)
家計管理で大切なのは、少し先の未来を見る力です。身近な例でいえば、車の車検や年払い保険料などは支払う時期に合わせて、前もって積み立てておけば、いざ必要になった時に慌てなくてすみます。教育資金、住宅購入資金、老後資金なども、それと同じです。必要になる時期に合わせて、予測される必要額を時間をかけて準備していくのです。それが「貯蓄」です。
「お金を貯めたい」「将来のために手持ち資金を増やしたい」というとき、投資をしたほうがよいのではないかと考えるかもしれません。とくに、マイナス金利で銀行にお金を預けても少しも増えないとなれば、投資に目がいくのもわかります。国も税制優遇して、個人のお金を投資に向けようとしています。
ただし、八ツ井さんは「市場の動向からすると、投資を始めてもリターンを得るのは難しい時代」と分析しています。
これまで安定的に資金を増やしていくためには、日本と世界の株式と債券にバランスよく投資する、国際分散投資が基本とされていました。値動きの異なるものを組み合わせて分散して投資しておけば、投資資金全体としては、値動きが相殺されて評価額が大きく動かずに、安定的に増やしていくことができると考えられていたからです。でも、2008年のリーマンショックに代表されるように、市場を揺るがす大きな出来事が起こると、世界中の株式や債券が同時に暴落して、分散投資のメリットが効かなくなってきているのです。
「投資のプロでも苦労しているので、投資に不慣れな人が運用で利益を得るのは難しい時代になっていると思います。投資をするかしないかは個人が判断することですが、デメリットも理解したうえで始める必要があります」
そんな時代は、減らさないことが何よりの運用になります。1万円あっても、ちょっと無駄遣いすると、あっという間になくなってしまいます。でも、普通預金金利が0.001%の今、1年間で1万円の利息を得ようとすると、12億5000万円の元本が必要になります。年1万円の支出カットであれば、月834円ずつ貯めれば簡単に達成できます。
「株式や債券のマーケットで得られるリターンは、個人がコントロールすることはできません。でも、自分や家族の消費は個人でコントロールできます。マイナス金利の時代は、まずは家計管理で消費をコントロールすることを先に行って、将来の支出に備えることを考えてみましょう」
- TEXT :
- 早川幸子さん フリーランスライター