
「バカラを選んでくださっている方のためにも、若い世代の方へのリーチを強化します」(蒲谷直子さん)
ーー2024年5月にバカラ パシフィックの代表取締役社長に着任してから、さまざまな施策を打ち出しています。中でも話題になったのは、2024年12月の260周年を記念した企画のプレゼンターとして、King & Princeの永瀬廉さんを起用したことです。これで、10〜30代の若い世代にバカラの認知が拡大しました。
前編(リンク)で詳しくお話ししましたが、バカラは「王者たちのクリスタル」であり人類の宝でもあるブランドです。私のミッションは、その存在とサヴォアフェール(匠の技)を皆様に知っていただき、次の100年、200年に繋げることです。
だからこそ、若い世代の方にバカラの存在を届けたい。そのためにインフルエンサーの起用を含めたSNSマーケティングや、デジタル媒体への広告出稿、交通広告などに力を入れています。あらゆる人の間でバカラが話題になってほしいですし、シェアされ広がってほしい。その一心で改革を行っています。
ブティックでは、今、バカラを愛用してくださっているお客様に、現在のライフスタイルに合わせた商品提案、ブランドの本質の伝え方などコミュニケーションの強化にも力を入れています。丸の内、六本木、梅田にあるバカラが運営するバー『B bar』でも同様です。
バカラは人生そのものを豊かにするブランドです。手にとっていただければ、その造形美に魅了されます。今、じわじわとバカラの存在感が増している。その手応えを感じているところです。

――個人的な話になりますが、私は友人や知人が結婚した際に『アルクール』を贈っています。バカラレッドの箱を手渡したときの相手の表情の輝きは「バカラならでは」だと感じています。
ありがとうございます。贈り物として選んでいただいているお客様から、「ある世代から、初めて存在を知りましたと言う人が増える」というお声も頂戴しています。
バカラを愛し、選んでくださっている方のためにも、若い世代の方へのリーチを強化していくのが今後の課題です。
「話しやすく建設的なムードは、ブランドにも組織の進化にも欠かせません」(蒲谷直子さん)
――蒲谷さんは以前、本誌のインタビューで「リーダーとして働く環境の心理的安全性を重視している」とお話ししていました。CEOに就任し、社内で行なった改革は「社内コミュニケーションの強化」だと伺っています。
ブランドを継承し、発展するには「伝統を守りながら、革新を続ける」という、相反する要素を両立させつつ進化しなければなりません。そのためには、スタッフが自由に話し合う環境が何よりも大切です。
ブランドや組織の課題は、最前線に立つ人が感じています。「本当はこうした方がいいのに」と感じても、それが口に出しづらい環境では、革新のスピードが遅くなります。これは組織にとって大きなダメージになります。
今、私は話しやすい環境のために、アサーティブコミュニケーション(お互いを尊重しながら意見を交わすこと)の文化を作っています。建設的なムードはブランド、そして組織の進化に欠かせません。
――組織内部のスタッフの思念とコミュニケーションが、ブランドを進化させるのですね。
はい。ブランドを運営する組織も、伝統を守りながら革新を続けなくてはなりません。ですから、今採用に力を入れて、人を育てる方向に舵を切っています。
バカラ パシフィックの組織の特徴は、本国オフィスではないのに、勤続30〜40年という長きにわたって勤務しているスタッフがいることです。彼・彼女たちの体の中にはこれまでに培ってきた歴史が入っており、知識、知見、理解が深い。私もいつも助けていただいています。こういう方はブランドの、そして組織の宝です。
そういう方と新しい知識や技術を持っている20〜30代のスタッフが、ディスカッションして、予想外の化学反応を起こしているシーンが増えるたびに、とても嬉しく思っています。
――トップは、社員に対して言いにくいことを伝えなければならないこともあります。
それについても、コミュニケーションが上手な社員がサポートしてくれています。あることを伝えようとした時に、彼女が「それを言うなら、これをセットにした方が、みんなも受け入れると思いますよ」とアドバイスをしてくれました。
私の提案を受け入れ、一緒に進んでくれているのは、社員全員がブランドへの愛情が深いから。皆がバカラを愛しているのです。外部から来た私を受け入れ、時代に合わせて変わっていこうと一緒に動いてくれています。このフレキシブルなところも、バカラというブランドの特徴なのです。
「クリエーターとのコラボレーションを続けて、技術は進化していくのです」(蒲谷直子さん)
――ラグジュアリーでありながら、フレキシブルというのはめずらしいことだと感じます。確かに、バカラには、10年以上前から「まねき猫」の置物がありますし、ドラえもんやポケモン、ハローキティなど、キャラクターとのコラボレーションも話題です。
創業者の名を冠するラグジュアリーブランドは数多くありますが、バカラは、バカラ村に集まった職人たちのブランドで「私たちはなんでも作ります!」という思いが強い。
日本とのコラボレーション第1号は、明治時代です。大阪の美術商・春海藤次郎が、茶器や食器をバカラに発注しました。それを復刻した『春海コレクション』のシリーズも、好評をいただいています。バカラは過去の商品を復刻することで、伝統の技術も磨き続けているのです。
春海コレクションを手に取ると、日本の茶碗でありながら、「バカラらしさ」が際立っています。これは揺るぎないサヴォアフェールがあるからだと感じています。

――革新的な試みも行っています。世界的デザイナーのフィリップ・スタルクや、『Off-White』の創業者でもあるヴァージル・アブローのコラボレーションも有名です。アブローは『ルイ・ヴィトン』のディレクターも務めたデザイナーです。
アーティストというのは、「もっとこうしてほしい」とクラフツマンに高い要求をします。彼らは「よし、やりましょう」とさらに技術は進化し磨かれていく。既存の製品をアレンジしたものがあるのですが、元のデザインの完成美が強固だから、アーティストのクリエイションを乗せ、色や形を変えても「バカラの美」を維持しているのです。フレキシブルさと余裕があるから、バカラの製品を使うと、心がリラックスするのかもしれません。

――蒲谷さんご自身も「型」を維持しながら、フレキシブルさが求められる剣道を16年も続けていると伺いました。
楽しいから続けているだけで、今は週3で稽古をつけていただいています。心身ともに鍛え続けている素晴らしい先生方が技に限らず、生きる道、社会の循環や生命観、自然の在り方などについて、多くを語らずとも教えてくださっています。
目に見えない「何か」を感じることは、バカラが自然界の4つの要素(火、水、空気、砂)で比類なき純度のクリスタルを作り続けていることへの敬意や、私のミッションにもつながっています。
今後の私の目標は、261年目を迎えたバカラが、それ以上の歳月を重ねるための礎のひとつとなることです。現在、約250人の社員と一丸となり、人類の宝でもあるバカラを広め続けていきます。
――バカラはブランドとして、サスティナビリティにも力を入れています。その一つが、規格外品をアップサイクルした『4エレメンツ アロマキャンドル』。バカラのクリスタルを作り上げる4元素(火・水・空気・砂)からインスピレーションを得たコレクションは、香りとクリスタルを同時に味わえる豊かな名品です。空間に取り入れれば、人生を豊かにする煌めきが、きっと生まれるはずです。

- PHOTO :
- 政川慎治
- WRITING :
- 前川亜紀