原作の翻訳やポスター写真にもこだわりを散りばめました
父は歌舞伎役者の女形の片岡孝太郎さん、祖父は人間国宝の十五代目片岡仁左衛門さんという上方歌舞伎の名門・松嶋屋に生まれた片岡千之助さん。人の目をそらさない柔らかな物腰の奥に、凛とした強い芯が感じられます。

──今回の髪型はシェイクスピアの『ハムレット』の世界観を彷彿とさせるものがあって新鮮ですね。ここまで伸ばされたのは初めてですか?
「初めてです。歌舞伎役者をしていますと襟足は長くは伸ばせないですし、もみあげもだいたい刈ってしまいますから。今は歌舞伎をお休みしているので、ちょうどこの舞台に向けて髪を伸ばせる状況にありました。ウエーブは天然です。ヘアメイクさんに『これはパーマでも出せないね』と褒めていただけたりするのでありがたいです」
──今作では翻訳家のキャスティングから関わられたとお聞きしました。
「はい。制作の方が『どうされますか?』と聞いてくださったので『決めさせていただいてもいいのですか?』と。初めてのことでうれしかったです。祖父の仁左衛門が演じた際の台本などいくつか読んでみたのですが、実際にセリフを口に出したときにしっくりくる感覚を重視して、最終的に松岡和子先生にお願いしました。おかげで自分の中でちゃんと落ちるものがある良いスタートがきれました」
──ご自身でプロデュースされたという『ハムレット』のモノクロのポスター写真もとても印象的です。
「すでに制作は進んでいたのですが、祖父が演じたハムレットへのオマージュがふわっと浮かび上がってきまして…。大変心苦しかったのですが、そのイメージを具現化したいとお願いしまして、改めて衣裳づくりから参加させていただきました。
カメラマンは8年前に撮影でお世話になった阿部裕介さんにオファーをさせていただき、ヘアメイクは尊敬する佐伯祐介さん、UDAさんにお声がけいたしました。みなさんお優しくて、お忙しいなか撮影のために駆けつけてくださり感激しました。演出の彌勒忠史先生もとても懐深くいろいろ聞いてくださるので、思いきってこだわらせていただきました」

──今回の『ハムレット』には「音楽劇」としての側面もあるようですね。
「彌勒先生の演出で、シェイクスピア活躍当時の楽曲を生演奏で取り入れています。歌唱はオフィーリアのみですが、ルネサンス・バロック音楽のスペシャリストが劇中歌を生演奏するという構成はほかにはない試みです。ぜひ音楽も楽しんでいただければ」
──ひとつひとつのプロセスを着実にかためてきた今、ご自身が演じるハムレットについてはどのように表現したいと考えていますか?
「まずは自分がハムレットをやる意味がきちんと伝わらなくてはと思っています。僕個人は“どこか儚げがある”と言っていただくことが多く、またハムレットの悲劇の中にある弱さや人間味は僕の個性と重なる部分があります。それがうまく融合できれば、千之助の色を纏ったハムレットが表現できるのではないかと。
お芝居の面で言いますと、舞台で“歌舞伎役者らしさを極力見せないこと”を意識しています。たとえばお客様に“発声や動作が歌舞伎っぽいね”と見えてしまうのではなく、演劇の舞台に立ったら演劇のフィールドで、自分らしい戦い方で真っ向勝負をしたい気持ちがあるのです。それは昨年から映画やテレビドラマ、現代演劇など歌舞伎以外のお仕事をたくさん経験させていただいている影響かもしれません。
そのうえでもちろん、これまで歌舞伎で培ってきた血や肉を舞台に役立たせる部分もあると思います。祖父の言葉を借りるならば『役の心を持たないと芝居はできない』ので、何よりも“ハムレットその人になる”ことを大切に日々稽古にのぞんでいます」
2時間半、ずっとお客様から愛され続けるハムレットになるように
──イギリスには“ハムレット役者”という言葉があるほどハムレットを演じる役者にかかる負担は大きいと聞きます。ご自身で特別に準備されていることはありますか?
「この等身大の自分そのままにハムレットを演じたいという気持ちがあるがゆえに、地声に近い舞台用の発声を改めて勉強しようとボイストレーニングを始めました。また、決闘の場面のために、フェンシング日本代表の皆さんの練習場にお邪魔して見学をさせていただいたこともありました。
また、幼いときから藤原竜也さんのハムレットのファンでしたので、蜷川幸雄さんが演出の藤原さんの舞台映像も改めてたくさん拝見しましたし、シェイクスピア博士と称賛される吉田鋼太郎さんの『マクベス』のお稽古場にお邪魔したときには、その緻密な演出と演技指導に圧倒されました。吉田さん演出の『ハムレット』も昨年観劇させていただきましたが、そこで柿澤勇人さんが演じられたハムレットの、心がほとばしるような熱量や強さみたいなものは僕の中のひとつの理想となっています。

ほかには、公演の成功を祈って神頼みもしてきました(笑)。芸能に縁のある奈良の天河大辨財天社へお参りに行ってきたのです」
──ご縁がないと行くことができないと言われている、あの“天河神社”ですね。
「そうなんです、たまたま行くことができたんですよ!巳年の今年に蛇との関係性が強い辨財天様に伺えたので、ひと通り落ち着いたらお礼のお参りをしに行かなくてはと思っています」
──たくさんの準備をされたのですね。大学での演劇の学びも活かされているのですか?
「大学では西洋演劇のゼミに入って、班の仲間とシェイクスピア作品を題材に発表したりしています。たとえばシェイクスピアの代表的な喜劇『空騒ぎ』と悲劇『ハムレット』で描かれる女性像の比較など。学びの場と舞台の現場で向き合う現実がリンクしている実感があります」
──片岡さんのハムレットがとても楽しみになってきました。
「人物造形として僕が見ているハムレットは、男の持つ愚直さもありながら、悩みに悩み、うじうじ考え、ああでもないこうでもないと頭の中で堂々巡りをしてしまうような青年です。 『なんて卑劣なんだ俺は』と自己否定し続けてしまうようなところも、人間くさくてすごく好きです。そんなハムレットの内面の脆さや弱さをしっかり表現することによって、お客様に共感していただけたり、何かしら心に残るお芝居ができるのではと思っています。

舞台は2時間半と長丁場ではありますが、苦悩や葛藤の末に己の信じる使命を果たし、最後には死んでしまうことがわかっているハムレットのことを、“それでもやっぱり死んでほしくない”とお客様に愛着をもって観ていただけるように、全力で頑張る所存でおります」
ゆっくりと言葉を選びながら率直に想いを語ってくださった片岡千之助さん。Vol.2ではそんな片岡さんの“転機”について伺いました。ご期待ください。
ルネサンス音楽劇『ハムレット』9月3日より上演!
原作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:彌勒忠史
東京公演:2025年9月3日(水)~9日(火)新国立劇場 小劇場
京都公演:2025年9月13日(土)~15日(月祝)先斗町歌舞練場
出演:片岡千之助/花乃まりあ、高田翔、山本一慶、朝月希和/福井晶一
料金:S席¥10,000 A席¥8,000(税込・全席指定)
問い合わせ先
- PHOTO :
- 熊澤 透
- STYLIST :
- 檜垣健太郎
- HAIR MAKE :
- 丸谷美樹
- EDIT&WRITING :
- 谷畑まゆみ