映画『寝ても覚めても』公開に合わせ、東出昌大さんがPrecious.jp単独インタビューに答えてくれました。「『Precious』はもちろん知ってますよ!」と、作品の話だけにとどまらず、夫婦との働き方や生き方についても語ってくださいました。
ーー東出さんは、『寝ても覚めても』でミステリアスな自由人「鳥居麦」と、真面目な会社員「丸子亮平」の二役を演じられました。二役を演じることについて、どう思われましたか。
お話をいただいたときは、柴崎友香さんの原作も同時に拝読しました。麦と亮平、ふたりが使うのは標準語と関西弁。セリフはまだわからなかったんですが、違う方言を使うということはある意味、飛び道具になるし、違いをわかりやすく表現できると思いました。
ところが、クランクインする前にワークショップをたくさんやったんです。最初の本読みで、僕はふたりの人格と育ってきた環境が違えば、自然と出て来る声音も違うだろうと、麦の声、亮平の声を大体のイメージで読んだら、濱口竜介監督が「そういうことをしないでください」とおっしゃったんです。
「東出という楽器から素直に出てきた言葉が、セリフが違うので、そのままで演じ分けになるので」と。そこから何百回も本読みをするという、濱口監督独特の演出方法に則って準備をしました。今回は演じ分けの難しさよりも、濱口監督の珍しい演出方法に則って準備することが、新しい試みでした。
ーーワークショップでは何百回も本読みをされたそうですが、どのような形で行われたんですか。
2~3か月にわたって、昼から夜まで何回も繰り返しました。本読みの仕方が変わっていて、ニュアンスを全部抜いて話すんです。例えていうと、感情を排したコンピューターが音だけで読むように。それを何百回もやり、自分の気持ちを込めたセリフは本番一回のみ。僕としても初めての試みで不思議な気持ちがしました。
多くの作品の場合、ワークショップはありません。クランクインまでに各々がセリフを覚え、役をつくって現場に行き、まず段取りをして、相手との呼吸やお芝居を確かめます。できたところで、カメラ位置を決め動きを決めていくのですが、今回はニュアンス抜く=感情のない段取りをやるので、動きがあまり生まれないんです。ずっと突っ立ったままなんですね。動きを演出され、段取りとテストはニュアンスを抜いて「本番だけ気持ちを入れる」という稀有な現場でした。
ーー麦と亮平という、性格は正反対のような人物をどのようにとらえましたか。
亮平は魅力的だなと思いました。こんな好青年は素敵だなと。ただ、腑に落ちたのはどちらかというと麦です。監督やプロデューサーさんや関係者の皆さんからは「普段は麦よりだよね」って言われます。多分どこか抜けているところ……。麦はちょっと危ないんですけど(笑)。マイペースさが似ているのかなと思います。
ーー本作は、今年の第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されました。ヒロインが麦か亮平かで悩み、終盤に取る行動は衝撃的ですが、フランスでは意外としっくり受け入れられたのでは?
そうなんです。「欧米においてこの話はありだけど、アジアの人たちに許容できるのか」とよく聞かれました(笑)。また、「フランスではわかりやすすぎる。フランスでは、もっとわかりにくくていい」と言われたこともありました。フランスと日本の観客では、全然映画の見方が違うんだなと実感。文化圏が違うと映像作品の見方も違うんだと驚きました。
ーー映画にドラマに、東出さんの顔を見ない時はないくらいのご活躍です。お仕事はどのように選んでいるのですか。
幸運にもご一緒したいと思う監督さんや、素晴らしい台本と出演オファーが重なってきたので、やらせていただいてきました。今後は1本1本をもっと大切にしていきたいと思っています。お仕事がある限りは自分のいいペースを掴みながら、仕事をしていきたいですね。
ーー弊誌「Precious」カバーでおなじみの妻の杏さんも人気女優。働く妻を持つ夫として、普段から心がけていることはありますか。
いや、それは永遠のテーマです(笑)。彼女を尊重したいと思うし、自分も働きたいとも思う。一言では言えないですけど、互いに言い合ったり喧嘩しあったりしても、まず一番は、夫婦になったら別れない。僕は最後まで寄り添うと決めているので、たとえ喧嘩しても、折り合いを見つけて進んで行こうよとその覚悟を持つことかなと思います。
夫婦間でスケジュール調整はできる限りするんですが、僕だけでは決められないところがあります。僕たちの仕事は必ずしも融通が利くわけではないので、日々、スケジュールは相談し合いながら決めています。夫婦でのコミュニケーションは大切ですね。
ーーご自分が成長しているためにしていることはありますか。
本を読む、かな。歴史小説だけではなく、ノンフィクションや小説、エッセイとジャンルはさまざまです。特に好きな本を選ぶなら、新渡戸稲造の『武士道』ですね。繰り返し読んでいます。俳優という仕事は偶然就いたし、やり甲斐を感じないわけではないんですが、職業と生き方はある意味分けられると思うし、分けないといけないと思います。
自分は役者だから、って好き勝手に生きるのは、かっこいい大人にはならない気がして。仕事を一生懸命やるということと、役者であることにあぐらをかくことは違うと思うので、一人の人間として役を纏ってない時にどういう本を読んでどういう人に話を聞いて影響を受けて、人間としての器を大きくしていくかが大きいと思います。
仕事に役立つ役立たないではないけれども、新渡戸稲造の『武士道』や三島由紀夫の『葉隠入門』などは、少し懐古主義なところはあるかもしれませんが、男の背骨みたいなとものを現代に伝えている、珍しい本だと思っています。
ーー最後にお尋ねします。東出さんにとって、最近購入したPreciousなモノは何ですか。
僕は長く使えるモノが好きなんです。麦茶を入れる水筒を持ち歩いていたんですが、最近、その麦茶を入れた水筒を、家を出るまでにちょっと冷やしておこうと冷凍庫に入れたら爆発したんです(笑)。それで同じ水筒を買い直しました。¥1,200くらいで購入できると思うので、プレシャスの読者の皆さんには不釣りあいかとは思うんですけど(笑)。でも、その青い蓋のついた水筒は僕にとってずっと一軍。愛用しています。
東出昌大さん
俳優
(ひがしで まさひろ)1988年2月1日、埼玉県生まれ。吉田八大監督の『桐島、部活やめるってよ』(12年)で俳優デビュー。第36回日本アカデミー賞新人俳優賞、第67回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞を受賞。主な映画出演作に『クローズEXPLODE』(14年)、『アオハライド』(14年)、『GONIN サーガ』(15年)、『デスノート Light up the NEW world』(16年)、『聖の青春』(16年)、『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(17年)など。18年は本作のほか、『OVER DRIVE』『パンク侍、斬られて候』『菊とギロチン』『ビブリア古書堂の事件手帖』など。映画のみならずテレビドラマでも活躍中。
『寝ても覚めても』
9月1日(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開
朝子は写真展を見た帰り道、ミステリアスな自由人・麦と運命的な恋に落ちる。「俺は何があっても、朝ちゃんのところに帰ってくるよ」と言っていた彼だが、その言葉も虚しく、ある日、靴を買いに行ってくると家をふらっと出たまま帰ってこなかった。傷心の朝子は大阪から東京へ。2年後、喫茶店で働く彼女が近所の会社にコーヒーポットを回収に行くと、そこには麦そっくりの亮平がいて……。愛した男にそっくりな男性に出会ってしまった女性を通して、恋に落ちる魔法を描く。監督:濱口竜介 原作:柴崎友香 出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知(黒猫チェルシー)、仲本工事、田中美佐子ほか。
公式ホームページ
この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。
好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉