夫の年金の半分をもらって離婚したい…。そう思っていたけれど、現実がこんなに厳しいなんて!

「夫の定年退職の日に、離婚を切り出そうと思っています」

カヨコさん(55歳)は、そう胸のうちを明かすと、ホッと息を吐きました。

離婚を考えているカヨコさんのケーススタディを元に紐解きます

【ケーススタディ】夫のシンペイさん(58歳)は、総合商社で働くエリートサラリーマン。1988年に職場結婚し、以来30年間、カヨコさんは主婦業に徹してきました。スミレさん(29歳)、タマミさん(25歳)という娘にも恵まれ、住まいは東京・杉並区の高級マンション。

はたから見れば、絵に描いたような幸せな暮らしですが、その間、カヨコさんの心のなかには、優柔不断なシンペイさんに対する不満が渦巻いていたのです。

「仕事はきちんとしてくれています。今では、手取り年収が1500万円になっています。でも、言い換えれば、仕事以外は何もしないのです」(カヨコさん)

住宅購入や子どもの教育問題など、大切なことを決めるときもカヨコさん任せで、何か起こっても知らん顔。家事や子どもの世話にも一切手を出さず、一事が万事、カヨコさん任せの30年間だったといいます。

「夫というより、大きな子どもがもうひとりいるような感じですね。だから、夫には何も相談しなくなりました。その分、頼りにしていたのが娘たちでした。でも、長女のスミレは、昨年、結婚。次女のタマミまで仕事の都合で、家をでてしまいました。夫とは今でもほとんど会話がないのに、定年退職して毎日ふたりっきりで家にいるようになったらと思うと気が重くて……。だから、夫が定年退職したら、離婚したいと思っているんです」(カヨコさん)

 離婚を現実のものとして考えるようになったカヨコさんの頭に浮かんできたのが、ひとりで暮らすことになった場合の生活費のこと。とくに気になったのが「老後の年金がどうなるのか」ということでした。

そこで、社会保険労務士の井戸美枝さんに、専業主婦だった女性が離婚した場合に、夫の厚生年金の半分をもらうための「厚生年金の保険料納付記録の分割(離婚分割)」の仕組みについて、前編記事で解説してもらいました。

【前編:「夫が定年したら離婚を考えています。夫の年金って、妻が半分もらえるんですよね?」】

離婚分割は、2007年4月に導入された制度で、婚姻期間中に会社員の夫が納めた保険料に相当する老齢厚生年金の一部を、妻名義の年金として受給できるようにしたものです(共働きで、妻が会社員の場合も離婚分割は可能)。

専業主婦の女性など、国民年金にしか加入していない人は、老後にもらえる年金は老齢基礎年金(国民年金)だけです。満額でも年間77万9300円(2018年度)なので、これだけで生活していくのは厳しいものがあります。

でも、夫婦での話し合いのもと、年金分割を同意すれば、カヨコさんは自分の老齢年金に加えて、シンペイさんの年金の一部を受け取ることができます。では、離婚分割した場合、カヨコさんはどのくらい年金を受けとることができるのでしょうか。本記事では、カヨコさんがもらえる年金額を、井戸さんに試算してもらいました。

専業主婦期間の長いカヨコさんがもらえる老後の年金は「月7万円」

「2階建て年金」の1階部分は基礎年金、2階部分は厚生年金

 会社員の公的年金は、一般に「2階建て年金」と呼ばれています。1階部分は、職業にかかわらず誰もが加入する全国民共通の「基礎年金(国民年金)」で、会社員はこれに加えて2階部分に「厚生年金」にも加入しています。

 老後にもらう年金も、会社員は「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」の2層構造で、国民年金だけの自営業者やフリーランスの人より多くなります。離婚分割の対象になる年金は、2階部分の「老齢厚生年金」で、婚姻期間中に夫が納めた保険料に対応する年金額の最大2分の1まで分割してもらえます。

 在職中に支払う厚生年金保険料は、毎月の給与やボーナスに一定の保険料率をかけたものが天引きされており、給与が高く、加入期間が長いほど、もらえる年金額も多くなります。こうした仕組みから、老齢厚生年金は「報酬比例部分」とも呼ばれています。

 カヨコさんは、20歳から5年間、勤務先の厚生年金に加入していましたが、結婚を機に退職したため、その後はずっとシンペイさんに扶養される「第3号被保険者」という立場で国民年金に加入してきました。

 第3号被保険者は、会社員や公務員などの第2号被保険者に扶養される配偶者(専業主婦、年収130万円または106万円未満パート主婦など)のことで、保険料の負担なしで国民年金に加入できます。ただし、夫が退職して会社員や公務員でなくなったり、離婚したりして、第2号被保険者の夫に扶養されなくなると、同時に妻も第3号被保険者としての権利を失います。

カヨコさんが離婚を希望しているのは、シンペイさんが60歳になって定年退職する2年後です。離婚と同時に第3号被保険者ではなくなり、第1号被保険者になります。その時点で、カヨコさんはまだ58歳です。公的年金は60歳になるまで加入義務があるので、保険料を負担して国民年金に加入する必要がでてきます。

離婚後、きちんと保険料を支払って国民年金に加入すれば、満額の老齢基礎年金がもらえます。では、カヨコさんの年金額はいくらになるでしょうか。

【カヨコさんの年金】

1963年6月1日生まれ(現在55歳)。20歳で就職し厚生年金に加入。25歳で退職し、その後は第3号被保険者となり、国民年金に加入。離婚後は、自分で保険料を負担し国民年金に加入する。

・厚生年金の加入期間:5年間
・国民年金の加入期間:40年間(予定)
・加入中の平均月収:15万円

●65歳からもらえる年金は?

年額83万3400円(月額約7万円)
(老齢基礎年金77万9300円+老齢厚生年金6万4100円)

※年金の支給開始年齢は、原則的に65歳からだが、1963年生まれのカヨコさんには、報酬比例部分の年金が63歳から支給される。

「老齢基礎年金は満額でも77万9300円。カヨコさんの場合、結婚前に5年間の厚生年金に加入しているので、老齢厚生年金が6万4100円上乗せされますが、合計でも83万3400円。月額7万円程度なので、これだけで暮らしていくのかなり厳しいものがあります」(井戸さん)

 一方、シンペイさんの年金はいくらになるでしょうか。

【シンペイさんの年金】

1960年5月1日生まれ(現在58歳)。22歳で就職し、以来ずっと厚生年金に加入し、定年まで今の会社で働く予定。そのうち、独身の期間は6年間で、婚姻期間は32年間で年金を試算。

・厚生年金の加入期間:38年間(予定)
・国民年金の加入期間:40年間(予定)
・加入中の平均月収:22~27歳までの6年間は36万円
          28~60歳までの32年間は52万円

●65歳からもらえる年金は?

年額205万8400円(月額約17万円)
(老齢基礎年金77万9300円+老齢厚生年金127万9100円)

※年金の支給開始年齢は、原則的に65歳からだが、1960年生まれのシンペイさんには、報酬比例部分の年金が64歳から支給される。

「シンペイさんは、22歳で就職し、38年間厚生年金に加入する予定です。総合商社勤務で収入も高いため、報酬比例部分だけでも約128万円になります。老齢基礎年金も合わせた総額は205万8400円で、月額17万円になります」(井戸さん)

 総務省統計局の「家計調査報告(家計収支編)」(2017年)によると、65歳以上の高齢単身者世帯の1カ月の家計支出は15万4742円。シンペイさんは年金だけでも赤字なりませんが、カヨコさんは毎月8万円以上不足することになります。

離婚分割してもらってもカヨコさんの家計は「赤字」のまま!

カヨコさんひとりの家計は赤字に

では、シンペイさんの老齢厚生年金を分割してもらうと、カヨコさんの年金はいくらに増えるのでしょうか。

「シンペイさんの老齢厚生年金は127万9100円ですが、分割してもらえるのは、そのうちの婚姻期間中のものだけです。このケースでは、夫婦の婚姻期間32年分の老齢厚生年金は109万4400円なので、その半分の54万7200円が分割してもらえる上限額になります」(井戸さん)

 54万7200円。この金額を聞いたカヨコさんは、「夫の年金を分割してもらえば、もっと年金が増えると思っていたのに…」と、肩を落としてしまいまいました。

 カヨコさん自身の年金83万3400円に、この54万7200円を加えると、合計138万600円になりますが、1か月あたりの年金額は約11万5000円。分割してもらっても、前述の高齢単身世帯の家計支出に届きません。

 離婚して家を出るとしたら、新たにマンションなどを借りる必要が出てきますし、それ以外にも公共料金や食費などの基本生活費もかかります。ときにはお友達とランチをしたり、旅行に行きたくなったりすることもあるでしょう。でも、離婚分割をしてもらっても、大幅に年金が増えるわけではないので、これらの出費を年金だけで賄うのは難しそうです。

「高収入のシンペイさんですら、この金額なので、夫の年収が低ければ、妻の取り分はもっと少なくなります。つまり、離婚分割をしても、バラ色の未来が待っているわけではなく、専業主婦だった女性が年金だけで暮らしていくのは厳しいのが現実なのです」(井戸さん)

 ちなみに、50歳になると日本年金機構から送られてくる「ねんきん定期便」に、将来もらえる年金見込み額が記載されるようになるので、気になる人は確認してみましょう。

離婚によって夫婦共倒れになる可能性も

離婚分割をすると、シンペイさんの年金額も151万1200円(月額約12万6000円)に減ってしまうので、前述の高齢単身世帯の支出を基準に考えると、赤字家計に転落します。生活にかかるコストは、離婚してひとりなったからといって、半分になるわけではありません。夫婦で暮らせば、ふたり分の年金でなんとか暮らしていけるけれど、離婚が引き金となり、共倒れしてしまう可能性もあるのです。

また、夫が65歳になったとき、65歳未満の妻(年収850万円未満)がいると、年間38万9800円の「配偶者加給年金」が夫に支給されます。加給年金は、妻が65歳になると「振替加算」というものに代わります。もらえる加算額は、生年月日によって異なり、カヨコさんの場合は年間1万5028円です。でも、離婚すると、加給年金も振替加算ももらえなくなります。公的年金は、もともと夫婦単位で支給することを前提としていたため、離婚すると不利になることが多いのです。

熟年離婚に踏み切る場合は、財産分与の話し合いを

熟年離婚に踏み切る場合は、財産分与の話し合いを

「年金があるから」と、後先考えずに離婚してしまうと、「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねません。まだ若く、次の仕事がすぐに見つかればいいけれど、カヨコさんのように専業主婦期間が長いと、簡単に希望の職種につけるかどうか、わかりません。また、高齢になると、体力的に思うように働けないこともあります。

ですから、熟年離婚は感情に流されず、本当に離婚しないと解決できない状況なのかを冷静に考える必要があるでしょう。夫婦で解決策を話し合い、できるだけ離婚を回避できる道を探ってほしいと思います。それでも、どうしても離婚しか道がないなら、熟年離婚は財産分与についてよく話し合ってください。

離婚する場合の財産分与の割合は、夫婦それぞれ2分の1

民法の規定では、夫婦の財産は「夫婦別産制」といって、「夫の収入でつくったものは夫の財産」「妻の収入でつくったものは妻の財産」になります。原則的に、夫名義の財産は、夫のものとみなされるので、収入のない専業主婦の女性は不利になってしまいます。

でも、夫が働いて収入を得られたのは、妻の内助の功があったからなので、結婚後につくった財産は、たとえ夫名義でも潜在的には共有財産とみなされます。離婚する場合の財産分与の割合は、以前は妻が専業主婦だと3割程度しか認められませんでした。でも、現在は夫婦それぞれ2分の1が原則となっています。共働き、専業主婦に関係なく、2分の1を主張できるので、結婚後に増えた預貯金や株式、不動産などを洗いざらい出して、半分の財産をもらうようにするといいでしょう。

離婚を考えると、別れたい気持ちが先にたち、「お金のことなんて、どうでもいい」となりがちですが、いまや人生100年時代。女性の平均寿命は87.26歳(2017年)なので、カヨコさんが58歳で離婚した場合も、その後に30年という長い年月が待っています。経済的な裏付けなしで離婚してしまうと、生活が困窮して、辛かった結婚生活以上に惨めな暮らしを送ることにもなりかねません。

離婚分割でもらえる年金を試算してもらったカヨコさんは、現実の厳しさを知り、夫との離婚を冷静に考えることにしたとか。

「離婚を回避できる方法はないのか、本当に離婚するならひとりで生活できるめどは立てられるのか。夫の定年まで、あと2年あるので、その間によく考えて、結論をだそうと思います」

【連載:「今さら聞けないお金のお話」バックナンバーはこちら】

井戸美枝さん
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー
(いど みえ)公的年金をはじめとする社会保険に精通し、厚生労働省の社会保障審議会企業年金部会の委員も務める。新聞や雑誌、ネットサイトでの連載、またテレビやラジオ出演、講演などを通じて社会保険制度や資産運用、ライフプランについてアドバイスしている。「難しいことでもわかりやすく」がモットー。『大図解 届け出だけでもらえるお金』(プレジデント社)、『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる!』(集英社)など著書多数。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。