芸人が慕う名講師が語る、大喜利の基礎とおもしろさ

古典的な大喜利は5人で行うチームプレーが基本。与えられたお題に対して、上手側に座る大オチ担当の人が爆笑を起こさせるように、下手側から順番に4人がフリの回答を重ねる。※出演者によってネタフリ、小ボケ、オチの座り位置や人数は変わる。

大喜利をお茶の間に浸透させたという意味で、『笑点』の功績は非常に大きいと思います。故・立川談志師匠が、企画からお題に至るまで、すべての面にかかわられていて、50年以上も続く人気番組になりました。『笑点』の大喜利には、司会者の出題に対して回答者が言葉遊びで答える「とんち」、ほかにも「なぞかけ」「あいうえお作文」「写真(あるいは絵など)を見てひと言」「替え歌」など、さまざまなお題が存在します。

大喜利は、同音異句の言葉が多い日本語の特徴を生かした言語遊戯。「駄洒落」なんかは特にそうですね。「おいくつですか?」という問いにどう答えるかというのも大喜利です。これは、日本語の曖昧さと繊細さを逆手にとったもので、一般的には「年齢」で返す人が多いでしょう。ところが、大喜利で考えると「靴のサイズ」「血圧」「身長」など、いかようにも答えられますね。

『笑点』以降、さまざまな番組がつくられてきました。しかし、テレビのバラエティ番組は、実はほぼ大喜利の構造を踏襲しています。たとえば、『人志松本のすべらない話』は、「すべらない話」がお題で、話者のエピソードが回答です。『踊る!さんま御殿!!』や『アメトーーク!』のように、タレントが“ひな壇”に座るトーク番組も、毎回変わるテーマがお題となった、いわば『笑点』の人数を増やしたバージョンといえると思います。

大喜利脳を鍛えると世界の見え方が変化する!

大喜利は、見ているだけよりも、「自分がもしあの場所にいて、投げられたお題(質問)に答えるとしたら?」と想像すると、格段におもしろくなります。トークバラエティでも、司会者の質問(フリ)に自分だったらどう答えるかを、何パターンか考えることで、かなり“大喜利脳”が鍛えられると思います。 

雑誌や映画、広告、街を歩く人に対して「つっこむ」「ボケる」「ほめる」「けなす」「その人になったつもりで発言する」などは、ふだんはしないことですが、凝り固まった思考や口癖を取っ払うには、実はもってこい。日本語に対しても敏感になりますし、物事を見る視点が増えてくる。お手本は“大阪のおばちゃん”です。思ったことを取捨選択せず、すべて口に出す。その感覚で日ごろからツッコミ癖をつけると、世の中の見方も変わってきておもしろくなりますよ。

大喜利の時代変遷をおさらい

プロによる大喜利の技をテレビなど見るだけでなく、ツイッターやウェブサービスなどで、素人も参加して気軽に楽しめる時代に。長い年月を経て、大喜利はどのように進化&変化してきたのでしょうか?

江戸時代の大喜利が最初

寄席の最後に、その日に出演した噺家たちが再登場して、お客様へのサービスとして行った余興が「大喜利」の始まり。観客からお題をもらうのが、定番のスタイルだった。大喜利という名称は、江戸の末期、歌舞伎や狂言の最終幕最後の場面を「大切(おおぎり)」と呼んでいたことにちなんでいます。

『笑点』でお茶の間に浸透

寄席で楽しまれていた大喜利は、1966年に放送が始まったテレビ番組『笑点』(NTV)により、お茶の間に広く浸透した。司会と6人の回答者、座布団係が織りなす安心感のある笑いが支持され、放送52周年を迎えてもなお高い視聴率を誇る超長寿番組。毎週日曜日17時30分より放送中。

個人戦へと進化した大喜利に

『笑点』以降、『着信御礼!ケータイ大喜利』『IPPONグランプリ』など、大喜利を題材にしたテレビ番組が多数放送。団体技から個人技へと進化しています。また、お笑いコンビ“バッファロー吾郎”が主催する大喜利イベント『ダイナマイト関西』も’99年から行われて、大喜利ファンに支持されています。

※本記事は2018年11月7日時点での情報です。

本多正識さん
漫才作家、吉本総合芸能学院(NSC)講師
(ほんだ まさのり)1958年、大阪府生まれ。著書に『吉本芸人に学ぶ 生き残る力』(扶桑社)ほか。年内に小学館から新刊『笑おうね 生きようね』を出版予定。
ILLUSTRATION :
SMO
EDIT&WRITING :
須永貴子