情熱ひとつで飛び込んだその先に、また新たな野望が見つかった

情熱ひとつで台湾へやってきて、また新たな挑戦の時期を迎えているという伊藤さん。

伊藤篤臣さん、38歳。東京都出身。長年勤務した外資系コーヒーチェーン、伝統産物を中心に扱うセレクトショップ店長を経て、現在台湾在住7年目。台湾の農園で育てられる有機栽培の珈琲豆「阿里山珈琲」を広める伝道師として、各地のマーケットを行き来するデュアルライフを約10年前から実践されています。日本ではどんなことをしていたか、台湾や台湾珈琲との出合い、現在のスタイルを選んだキッカケ、伊藤さんが今注目している「台湾の人気レストラン3選」もお伺いしてきました。

■Chapter1:これは「呼ばれたな」ってくらい、運命を感じた

——日本と台湾を往来する忙しい日々を過ごされていますが、今のスタイルへの架け橋となった出来事は?

僕はもともと、東京で外資系大手のコーヒーチェーンに長らく勤務していて、その後、故・藤巻幸大さんからのお誘いでセレクトショップ(藤巻商店)の店長を務めていました。台湾との出合いは元同僚から「台湾には珈琲農園がある」という話を聞き、旅行がてら見に行ってみようと。最初はそんなノリだったんです。

その後、初めての台湾旅行で実際に珈琲農園を訪ねました。衝撃の出合いはそのときです。サイフォンで淹れてもらった“ライトロースト”なコーヒー。当時の僕は“深煎り”タイプの豆をメインに扱っていて、むしろ真逆なタイプの味に驚いたんですよね。「豆の本来のフレーバーを味わう」ってこういうことなのかと。粗削りではあるものの、魅力と可能性を感じて。それが、台湾と僕との関係の始まりです。2008年のことですから、丸10年が経ちました。

——台湾に拠点を置く。そこまでする、決め手は何でしたか?

台湾珈琲をもっと知りたい、この衝撃の味をもっと広めたいと思っても、当時の僕には何もツテがない状態で。でも、やりたかった。あるのは情熱だけ。中国語もまったくわからないなか、台湾現地の一般旅行社、それも台湾人社員の方に助けてもらいながら、阿里山にあるすべての農園を訪ね歩きました。深く調べるほど僕のなかでは可能性が確信に変わっていくんです。阿里山は高級茶の産地としては有名でも、生産コストや手間暇のかかる珈琲豆の栽培は衰退しつつある。このまま世に発掘せずにいるのはもったいないと、何度も何度も台湾に足を運んで、ついに移住することになったのが、2011年のことです。

フルーティーな見た目も鮮やかな、阿里山珈琲豆。

あれから約10年が経って、あらゆる人生経験を重ねた今になって思うことですが…まったくわからないことが多かったからこそ、心動かされるままに行動に移せていたところはあります。珈琲豆そのものや、台湾珈琲を取り巻いている環境を長い間見続け、詳しく知りすぎていたとしたら、ここまで何かを起こせただろうか。あのときいただいたコーヒーの味がもつ意味に、僕は気づかなかったかもしれない。そこには何かタイミングや縁のようなものは感じているんです。もしかして「呼ばれた」って、こういうことなのかなって。

■Chapter2:情熱との向き合い方、視点が変わってきた

——移住後に当初のイメージとのギャップはありませんでしたか?

考えたことはすぐ実践に移せるようになりましたが、情熱だけでは難しい壁も、よりリアルに迫ってきます。自分自身の内なる声と向き合う時間は長くなりましたね…。台湾は喫茶文化も独特で店も乱立していますし、カフェのみでは厳しいと感じ、豆にフォーカスしたブランドづくりに舵を切りました。

台湾で人気のセレクトショップや、感度の高い人達がよく訪れるな雑貨屋さんや飲食店などを中心に営業をかけ、空港でも商品を置いてもらえるようになって、お土産需要を中心に火が付いてきた。サードウェーブコーヒーブームも重なり、タイミングには恵まれたと思います。

豆の焙煎を始めた当初は、失敗続きで心が折れそうになったこともあるそう。

…ただ、しばらくして「現地に移住してまで、台湾現地の珈琲豆を普及しようと頑張っている日本人がいる。だから応援しよう」という、ストーリーや情熱の部分が先行しすぎているんじゃないか、と思い始めて…。もちろん、話題性に惹かれて来てくださるのはありがたいことです。僕としては、そこにプラスして本来の豆の魅力を伝えられていないのでは、移住してまで「阿里山珈琲の伝道師役」を心に決めた意味がないんです。

話題性やブームの先にあるものを見に行きたい、と伊藤さんは語る。

ワインなどと同じく嗜好品であるコーヒー好きのコア層へ、最高の商品を届けるにはどうしたらいいか。ここ数年ずっと研究し続けていました。取材も断り、クオリティーコントロールを優先して店舗数も絞りました。スタッフにも、数々の資格や大会での受賞を語るより、お客さんがちゃんと「スタッフの人柄そのもの」や「コーヒーの味わいそのもの」について来てくださってるかどうかを重視してもらって。こだわりと収益のバランスを取りながら、いまようやく次に目指すところがみえてきた感じです。

■Chapter3:移住して気づいた、家族が一緒に暮らせる幸せ

——移住や多拠点生活が、伊藤さんにもたらしたものは何ですか?

僕には妻と小学校1年生になる息子がいます。台北の郊外の天母という、外国人居住者も多いエリアで職住が隣接した暮らしをしています。生まれてすぐ台湾に来た息子は現地の小学校に通っていて、中国語も僕より全然上手に使いこなしている(笑)。これからを生きる彼に、ユニークな才能や感性を育む環境はつくれているかな。

言葉や文化の壁がないわけじゃない。僕は台湾に通うようになってから、スタッフやお客様との会話中心で習得していきました。専門性の高いところは通訳を使うこともありますが、ワークショップでは、ほぼ自身で話します。必要に迫られると自ずと身についてくるものってある。知りたいと思う、伝えたいと思う。コミュニケーションとは何か? その本質的な部分を、改めて感じています。

未知だからこそ、見えなかったことがあり。近すぎてもまた、見えなくなることがあるのかもしれない。

今ならインターネットを通じて、リモートで遠隔地に住む家族と接することも簡単です。僕だけ単身で半々の生活を選んでも良い。ただ僕は、家族3人が一緒に台湾へ来たことで今がある、と思ってます。家族も仕事を手伝ってくれて、お金がないときも笑顔で暮らせた。大変なことも多かったので、たぶん単身では厳しかったですから。

最近はまた、今年新たに出店計画中の京都をはじめ、日本の各都市との往来も増えていますが、家族が一緒の方向を見て、酸いも甘いも分かち合える幸せを実感できています。海外で一緒に起業したら、仲の悪い夫婦も仲良くなるかもしれないですよ。共通の目標ができると結束力が高まりますから(笑)。

■Chapter4:いまの自分にとってプレシャスなもの

——オフタイムはどんな過ごし方をされていますか? 情報のインプットはどんなところで?

僕はオフの日も、珈琲に触れます。日本でお世話になった師匠、故・藤巻さんには「オン・オフに区別をつけるな」と教わりましたから。台湾に来てから、本当に丸1日珈琲から離れた日はないと思います。

これまでは競合店や商業施設をよく視察しに行き、お客様やスタッフの様子を観察することも多かったですが、最近では「ルーツは違えど、近しいところをもつもの」に着目しています。台北と日本を行ったり来たりした先に、改めて日本人であることや日本だからこその魅力を客観視することもありますから。

いま気になっているのは、創作系のレストラン。クリエイターやアーティストである一方、ビジネス視点にも優れたシェフとの会話はとても刺激的です。業界の中だけで閉じず、違う世界を見ることは大切だと思っています。「阿里山珈琲」も、コーヒー単体でなく料理全体の中でのポジションを確立したいな、と。自分自身ももっと引き出しを増やしていきたいですね。

シェフの情熱が味わえる!台湾・台北「創作系レストラン」3選

伊藤さんが最近注目している創作系のレストラン。なかでもオススメのお店を3つを教えていただきました。

■1:台湾と「和」の架け橋をつくる│祥雲龍吟(ShounRyuGin)

海外でも名高いトップシェフ山本征治氏が率いる六本木発の日本料理店。

東京から台北へ進出された、和食料亭の荘厳な雰囲気をもつお店。香港に続いて海外2店舗目となる台北店の料理長は稗田良平シェフ。台北店のコンセプトは、台湾の食材を活用して日本料理の魅力を伝えるということで、東京や香港とメニューも異なります。同世代でもある、稗田氏からは本当にいつも刺激を受けています。ミシュラン台北2018では二ツ星を獲得。僕のブランド「阿里山珈琲」とは「阿里山コーヒープリン」等コラボメニューの開発も取り組ませていただいてます。(伊藤さん)

店舗名/祥雲龍吟(ShounRyuGin)
URL/http://www.nihonryori-ryugin.com.tw/
住所/台北市中山區樂群三路301號5樓

■2:料理と飲み物のペアリングが最高│LONGTAIL

一押しの「フォアグラと鴨肉コンフィのワンタン、魚醤とピーナッツ、文旦和え(NT$680)」。中華のワンタンがベースにありながら、外観は四川料理、調理手法はフレンチ、味付けは東南アジア風にMIXされた楽しい一皿。

台北では今、料理と飲み物のペアリングが絶妙なお店が人気です。2018年に台北ミシュラン一ツ星を獲得したLONGTAILは、リラックスしてナイトライフを楽しむことができるレストランバー。

シェフ・林 明健氏が旬の食材を色んな国の料理手法で、無国籍モダン創作料理に仕上げています。カクテル、ワイン、クラフトビール等アルコールメニューも豊富。シェフとはひょんなことから料理談義で意気投合し、よく足を運んでいます。もうひとつご紹介するレストラン「Cho Cho」のシェフでもある彼のセンスに感服。それぞれ異なるコンセプトで繊細緻密に行われる、ワインやカクテルとのペアリングは最高です。(伊藤さん)

店舗名/LONGTAIL
URL/http://www.longtail.com.tw/
住所/台北市大安區敦化南路2段174號

■3:まるでアート!視覚も食感も楽しめる│Chou Chou

人気メニューの「鴨のコンフィ」。シェフが選んだ台湾東部の宜蘭(イーラン)産の櫻桃鴨を用い、さまざまな香辛料に12時間じっくりつけ、再度低温でゆっくり12時間火を入れることで、肉が本来もつ豊満な肉の香りと滋味が味わえます。ランチセットは前菜、主菜、デザートに珈琲又はお茶付き(1名様NT$980+10%~)。ディナーセットは更にスープ又はサラダが選べる(1名様NT$1,480+10%~)。

2018年台北ミシュランにも選ばれたChou Chouは、シェフ・林 明健氏による伝統のフランス料理手法に、さまざまな種類のバニラを取り入れた新鮮かつ奥行きのある風味が特徴のひとつ。現代的な調理方法と、旬の台湾の食材を用いた斬新なモダンブラッスリーが人気です。

食材や食感、色覚や質感、料理と飲み物の最高の組み合わせ方が考え抜かれていて、食べるのがもったいないくらい。「ペアリング」というと、ワインや日本酒を合わせることのように思われていますが、僕は相対的にコーヒーやお茶のポジションをあげていきたい。シェフとはそんな話でも盛り上がります。(伊藤さん)

店舗名/Chou Chou
URL/https://www.chouchou.com.tw/
住所/台北市忠孝東路四段170巷6弄22號1樓


ご紹介してくださったお店には、いずれもキーマンとなる料理人が存在します。ミシュランでも高評価を獲得するような人気店の秘密。それは、キーマンの情熱が静かにたっぷりと注がれているからこそ。さまざまな発想で新たなものを生み出すためには、ひとつの考え方や拠点に留まらず、新たな視点や取り組みに接する機会を自ら増やしていくことが重要なのかもしれません。

実は今年中に京都で阿里山珈琲の新店オープンを控えているという伊藤さん。台北だけでなく、日本国内で活躍するシェフにも直接会いに行き、いろんな刺激を受けているそう。次に見据える展開では「お茶やコーヒー」をもっと「料理」という大きな物語の中の「名脇役」に引き上げ、主役級の存在感を放つものへプロデュースしたい、と語っていました。

誰もが毎日必要とする食事のなかに登場するものだからこそ、斬新な発想でつくられた商品や、新たな味わい方の登場を楽しみにしたいところですね!

伊藤篤臣 さん
台湾珈琲ブランド「阿里山珈琲」ファウンダー、カフェ「GOODMANS COFFEE」代表
(いとう あつおみ)高級ウーロン茶の産地としても知られる阿里山で栽培される、上質で深いコクのある珈琲豆と約10年前に出合い、その魅力に惹かれるまま台湾へ移住して7年目。自身の手がける珈琲ブランド「阿里山珈琲」やカフェ「GOODMANS COFFEE」などを通じ、阿里山珈琲の伝道師として活動している。
http://goodman-company.com/

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EDIT&WRITING :
飯塚美穂