レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんに聞きました! 「なぜ今、シェフたちは『自然との共生』に向かうのでしょうか?」

料理人が食材にこだわるのはあたりまえ。自ら生産者を探し歩き、これだと思う食材を「東京で」提供する時代から、より産地の近くで料理する時代へ。自然の中で自然を食すことに価値を見いだし始めたシェフたちが向かう先とは?

■1980年代半ば〜後半:「スターシェフレストラン」が登場|「○○さんのつくったトマト」のような、生産者の名前を冠したメニューが話題に

「それまではシェフといえば、有名ホテルの料理長という時代。1980年代になり『バスタ・パスタ』の山田宏巳シェフ(現『テスト キッチン エイチ』)や『アルポルト』の片岡護シェフ、『オテル・ドゥ・ミクニ』の三國清三シェフなど、個性を打ち出した個人レストランが誕生。

リストランテ アルポルト
リストランテ アルポルト 情報提供:ヒトサラ『シェフがオススメするお店』

共通するのは、徹底した素材へのこだわりです。大量に食材を使うホテルでは安定した供給ができる大規模な生産者が必要ですが、個人レストランなら小さな生産者でも対応が可能。シェフたちは食材を求め、自分の足で生産者を見つけ料理に使うことで、良質なものをつくる個人生産者たちにスポットが当たるように。

同時に『○○さんのトマトのカッペリーニ』など、生産者の名前を冠したメニューも話題になり、小さな生産者(畑)とレストランがつながった最初の時代といえます」と犬養さん。

バブル期ゆえ、高くてもいいものなら人々はお金を払いレストランが育ったとか。

■2000年代前半ごろ〜:まずは「イタリアン」が地方へ|山形・庄内の食材を生かしたイタリアン「アル・ケッチァーノ」に全国から多くの人が

こだわりの食材を全国から取り寄せ、東京でスターシェフが腕をふるうレストランが流行するなか、生まれ育った地元・山形県庄内の野菜に注目したのがイタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ。

アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ。

「素材を大切にして、素材そのものを生かすイタリアンは、野菜(畑)との親和性が高いですよね。実際、イタリアでは畑をバックヤードにもつレストランが多数。シェフも食す側も、産地と食す場所が近いことに価値をおいていますから」と犬養さん。

2000年にオープンした「アル・ケッチァーノ」はじわじわと話題になり、2004年には全国から多くの人が訪れる人気レストランに。

「その地の水で育った野菜をその地の水でゆでて調理する。あたりまえのことのようですが、その贅沢さに気づき、狭く深く地元の食材を掘り下げたレストランの走りです。ここがいわゆる『ファーム トゥ レストラン』にいたる火つけ役では?」

■2010年ごろ〜現在:「地方レストラン」の時代|東京や海外で修業したシェフたちがよりよい素材を求めて、地方へ

「『アル・ケッチァーノ』の成功により、大都市だけではなく地方でも、その土地の野菜や食材を武器に、レストランができると、シェフたちが自分たちの“足元”に意識を向け始めました。以降、海外や東京で修業をした若きシェフたちが、東京や大都市ではなく、故郷に戻ってレストランや宿を続々オープンしています」

イタリアのミシュラン二ツ星レストラン「ドラーダ」で働いていた笹森通彰シェフは、お店で聞いた「教会の鐘の音が届くところまでが人生のテリトリー」という考え方「カンパニリズモ(郷土愛)」に感銘を受けたとか。2003年、地元・弘前で開業した「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」はその精神を今も実践しています。

「その土地の風土を知り、学び、愛し、味わい尽くす。欧米の美食家たちの間では昔から、たとえ遠方でも、そんなシェフの哲学を感じるひと皿を求めて、都市から遠く離れたレストランにわざわざ足を運ぶのはあたりまえでした。さらに1900年、ドライブ文化をより安全で楽しいものにするために、タイヤ会社が始めたミシュランガイドが「地方のおいしいレストランを訪れるために旅をする」文化を後押ししました。

そして今、便利で速い時代に疲れ始めた人々が、自然の中で自然の恵みをいただく意味、旬のものを本当においしいタイミングで食す贅沢さに気づき、豊かな食卓、豊かな暮らしを望む傾向にあるのは当然のような気がします。ベースには1970年代、カリフォルニア州バークレーに誕生したレストラン『シェ・パニース』を開業したアリス・ウォータースの食への考え方もあると思っています」

■現在〜これから:新・オーベルジュの時代|宿泊施設を併設した地方レストランが続々オープン

「今でこそ『地産地消』という言葉は耳慣れましたが、イタリア料理はもちろんフランス料理も、根底にあるのは地産地消。その土地の個性や風土、つまり『テロワール』を大切にするという考え方です。ジャンルを問わず、よりよき素材、地産地消を意識してシェフたちが地方へ移動。本当の意味で、地方レストランの時代が始まりました。

しかし、せっかくおいしく食べて飲んでも、近くには泊まる場所がない。そこで今、敷地内に宿泊施設を併設した、宿泊できるレストラン=オーベルジュに注目が集まっているのです」

■さらにその先へ:「自産地消」の時代へ|シェフ自らが畑をもち生産者となる時代へ

次なる動きは「シェフ自らが畑をもち、畑を耕すなど、生産者になること」だと犬養さん。

アコルドゥ
アコルドゥ 情報提供:ヒトサラ『シェフがオススメするお店』

「『アコルドゥ』の川島シェフは自家菜園でハーブやエディブルフラワーを、『とおの屋 要』の主人・佐々木要太郎さんは遠野地区でどぶろくをつくっています。『ダ・サスィーノ』の笹森シェフは、野菜づくりだけでなく、弘前でチーズやワイン造りを始めて約15年。そのほか、山や海で狩猟や釣りを自ら行い食材を調達、丸ごと使いきるシェフも。

いずれも、地元の農家や漁師さんを巻き込み、地域の食文化に貢献しているのです」


犬養裕美子さんが注目する「ファーム トゥ レストラン」4選

■1:地産地消・郷土料理、農家レストランの草分け|「職人館」(長野県・佐久市)

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「職人館」の一皿

開館は1992年。「野菜からそば粉、調味料まで地元の旬、無農薬・有機栽培のものを使用。北沢正和シェフは生産者と料理人を結びつける達人で、今や地産地消レストランのリーダー的存在です」

レストラン_2
「職人館」の外観

■2:全国から食通が集まる奇跡の自給自足イタリアン|「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」(青森県・弘前市)

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「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」の一皿

野菜からチーズ、生ハム、ワインまで。「畑を耕し烏骨鶏を育て、独学で葡萄をつくり醸造する。できる限り食材は自分でつくり、料理する。究極の地産地消を地でいくのが笹森シェフだと思います」

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「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」の内観

■3:始まりはどぶろくからユニークな和のオーベルジュ|「とおの屋 要」(岩手県・遠野市)

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「とおの屋 要」の一皿

100年以上続く「民宿とおの」の4代目・佐々木さんが2011年に開業したオーベルジュ。「自家栽培の無農薬米で造るどぶろくと、遠野の海と山の幸、発酵食品や熟成食品。その感性には脱帽です」

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「とおの屋 要」の内観

■4:野菜にジビエ、サクラマス。福井の食の新しい発信地|「レ・クゥ」(福井県・福井市)

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「レ・クゥ」の一皿

「阪下幸二シェフは地元農家とともに西洋野菜の生産に取り組むなど、地道に生産者と連携を強化。2016年のリニューアルで、店も料理もよりスタイリッシュなフレンチに進化しました」

レストラン_8
「レ・クゥ」の内観

問い合わせ先

  • 職人館
  • 営業時間/11:30~15:00、17:00~ 水曜・木曜休み
  • メニュー/「そばと何か ほしい膳」¥2,800(税抜)ほか
  • TEL:0267-52-2010
  • 住所/長野県佐久市春日3250-3

  • とおの屋 要
  • 宿泊料金/1名¥32,000(2名利用時/1泊2食付き)1日1組限定
  • TEL:0198-62-7557
  • 住所/岩手県遠野市材木町2-17

  • レ・クゥ
  • 営業時間/11:30~14:00、18:00~22:00 水曜休み
  • メニュー/ディナーコース¥6,000(税抜)~
  • TEL:0776-53-4858
  • 住所/福井県福井市高柳1-712 

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PHOTO :
中嶋大助、前田宗晃
EDIT&WRITING :
田中美保、佐藤友貴絵(Precious)
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